バレエ『人魚姫』

これは本当に、本当に、凄い作品だなぁと思いました。
さすがは天才振付家ジョン・ノイマイヤーの作品だと。

アンデルセンの「人魚姫」といえば、哀しくも美しい物語というイメージでしょうかね。本作品は、原作(の行間)に潜む、コンプレックスと苦しみの物語としての「人魚姫」を炙り出してるなぁ、と思いました。

どこまでいっても救いのない、恐るべき鬱展開バレエです。

憧れていた美男子の「友人」が結婚することに衝撃をうけた詩人(アンデルセン本人を思わせる)の魂が、人魚姫というキャラクターを産みだし…という冒頭からして印象的です。

人魚姫は(いちおう)女性ですものね。

男性と大手をふって恋愛ができる存在(かもしれない)。


しかし、人魚姫も海では堂々としたプリンセスだけれど、陸の世界では挙動不審のただのおかしな奇妙なコにしかすぎないわけです。いったん尾ひれを失い、いちおう人間の姿になってはみたものの。

美男子の心をつかみたかったから、せめて美男子を奪い合った女たちと同じ恋の戦いの舞台に登りたかったという一心の「詩人」がうみだした、偽りの女にすぎない。

しかも、人魚姫は偽りの女にせよ人間になることで海での家族を失い、海での生活基盤をうしない、尾ひれを失い、また王子の愛を得なければ死んでしまうという呪いまで背負って陸に上がってきてるというのに。

王子は目の前にあらわれた人魚姫のことをおもちゃのようにしか扱わないのですねー。

人魚姫は、どこまでいっても彼の眼中になど入らない女なんです。

バレエでは尾ひれを失う時の痛みや恐れなどなどが恐ろしいくらいに克明に描かれました。

一番わかりやすい喩えでいうと・・・

全身を美容整形する痛みや苦しみに耐えて、生まれ変わったけれど、相手の取り巻きの一人になれただけ。女性としては見向きもされない。

主人公が恋のために変身する話はあるけれど、すべてを賭けた変身が失敗し、苦悶するなんて考えるだけでも恐ろしい話は、人魚姫以外になかったと思いますね。

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この場面の画像見てください。

白い軍服の王子はピンクのスーツを着た意中の女性と、それは朗々と踊っています。

しかし人魚姫といえば、陸に上ったばかりのため、手足の自由がきかず、なんとクルマイスに乗せられている。

奇妙な姿勢でクビをつきだし、恋人たちの姿に嫉妬しながらも凝視せずにはいられないその姿に、海のプリンセス時代の威厳はありません。その人魚姫の分身である詩人もまた、静かで物悲しい目をして自分(たち)にふりむかない王子を見つめている。

人魚姫さん、大失敗です!

またこのDVDで、人魚姫を演じてるのはヤンヤン・タンというアジア系のダンサーなんですよね…王子は金髪碧眼の北欧系の美丈夫。
とくに海の世界の住人たちに、歌舞伎風の隈取りメイクとか、オリエンタルな所作が見られたので、そのあたりもあるんでしょうが、なによりも人種間の壁・・・あざとい演出といえばそうかもしれないけど、そういった問題をさらにえぐり出すような人選だったと思います

(もともと、このDVDをリリースしたサンフランシスコバレエはいろんな人種のダンサーがいるんですが。それでもやっぱり金髪碧眼の王子専用ダンサーは大量にいても、チョコレート色の肌とくるくる天パな黒髪の王子が圧倒的にすくないっていう現実はあるかと思います)


王子にとっては、どこまでも変なコにすぎない人魚姫は、意中の相手に一度も振り向かれることもない。物理的に近くにいけた、だけ。そして「本物」のお姫様が王子をかっさらってるのを間近で見て終わってしまうのです。

このDVD(ブルーレイ)の映像がただの舞台の記録ではなく、優れたバレエ映画になってると思いました。たとえば王子は人魚姫の好意にまったく気付かない。

でも彼の恋人の女「だけ」は人魚姫が王子のことを愛していることに気付いてるんですね。

それが表情の節々で分かる。でも、彼女は、人魚姫のために何もしてくれない。・・・とか舞台を見にいくだけでは見落とすような深い演出が要所にちりばめられている。


二人の間にまともな戦いなどはありません。成立しようもないから。女という点だけは同じでも、女として同じステージにのれていないから、ですね。

ラストになればなるほど救いはなくなります。

彼女を人間の姿にした海の魔法使いにふたたびそそのかされ、この短剣で彼を殺せといわれる・・・というシーンも当然、きれいごとではすみません。

バレエ版の人魚姫はやはり自分に振り返ってくれない憎いのでしょう、躊躇いながらも、本当に彼を殺そうとしてますもん。
そりゃ彼女は全てを失って陸にあがってきたんです。なのに王子ときたら・・・

でも、恋することで生まれた彼女の魂が、良心がそれを実行することを拒むんですね。

しかし、「あぁ、よかった。泡になってしまったけど、魂は天に昇りました(そもそも洗礼をうけていない精霊の類、もしくは動物などの類に魂など存在しないという立場をキリスト教はとりますから、これだけでも破格の扱いです)、めでたしめでたし」・・・とはバレエ版ではならない。なるわけがない。

人魚姫の愛しいというきもちが裏返しになった、殺したいという激しい思いですら、王子にはふざけているようにしか見えてなかったんですね。


この全身の力が抜けてしまうかのような結末。もうどうすればいいの・・・と(最初から、どうしようもなかった)

こうして深い深い諦念の海底に沈んだ人魚姫(そして詩人)は、その諦念ゆえに、泡ではなく星の高みに登っていく・・・みたいな謎めいたエピローグが付いてました。

ま…ぁ、どこまで見てもまったく救われた気分にならないんですけどもねー。


でもこれが現実なんですよね。

あなたがいくら愛しても、絶対に振り向かない相手はいる。


相手のためにどれだけ犠牲を払っても、片想いなら、それはただの自己満足。

あなたはあなたの範囲の中でしか変わることはできない。

あなたはあなたであることから逃れられない。


メルヘンの世界を隠れ蓑にしないと絶対に見つめることなどできない、現実の中の現実です。


DVD(もしくはブルーレイ)で見られます!



 出演:
 ヤンヤン・タン(人魚姫)
 ロイド・リギンス(詩人)
 ティート・ヘリメッツ(王子)
 サラ・ヴァン・パタン(王女)
 デイヴィッド・カラペティヤン(海の魔法使い)
 サンフランシスコ・バレエ団
 演奏:マーティン・ウェスト指揮、サンフランシスコ・バレエ管弦楽団

 収録時期:2011年4月30日~5月7日
 収録場所:サンフランシスコ、ウォー・メモリアル・ホール(ライヴ)
 監督:トーマス・グリム
by horiehiroki | 2013-05-07 02:49 | 観劇 | Comments(0)