最近のウェブ仕事まとめ!

※現在編集中

うらやましい!? 昔の銭湯は男女混浴&アンダーヘアのケアも当たり前の場所だった
 


玄人=黒人とはちがう、しろうと=白人こと 町娘についても書いてみました。
出会いスポットとして、混浴の銭湯は使われていた……というお話です。銭湯で、視線をあつめて公然と行うこと自体に、モテを誘おうとしていた意図が見えてしかたありません……w

出会い探しは現代も同じ! 1日に何回も銭湯に行って、縁日にでかける女子の行動

銭湯と神社の境内の行き来は、リア充志向のお江戸女子の定番コースだったのかも… 遊女以上に素人娘もけっこうなしたたかモノだったんだなぁ。


支払われるお金は「線香代」!? 舞妓さん=会いに行ける10代美少女アイドルだった時代

当時もロリコンはよろしくない趣味として認識されており、ローティーンの少女たちは売春はできません。それはとくに三大遊郭など、官許を得た遊郭では特に、です。
しかし、やはり年若い女の子をホッする殿方はおり、その時に生まれたのがアイドル的な存在なんですね。ティーンアイドルとして活動すると、その後の人生が江戸娘のばあいでもくるいがちというのも興味深い話題ですw

身体も売っていたと判明! 遊女から派生した存在「芸者」は遊女の商売敵だった
 
稼げなくなった女性を安売り! 客を芸者に奪われた遊郭の最後の切り札は「お徳用遊女」

これに関しては、先日、吉原衰退期といわれる江戸時代後期の、ある吉原の芸者屋の支出記録を見ることができました。その芸者屋の年間売り上げだけで1億近くです。遊女屋がどれくらい儲けていたかを知る資料はすくないのだけど、ミカン伝説のある材木商の紀伊国屋文左衛門などと張り合ったライバルの中に、大坂・新町の遊女屋経営者がおりまして、彼はとんでもない贅沢な屋敷にすみ、その個人宅が新町名物になるほどでしたし、吉原に旅行して散財もしていました。……人気の遊女屋ひとつ経営するだけでそれほど儲かった、という話なんですね。
(1)その水準に迫るほど、儲けがあがらなくなった あるいは(2)芸者屋はともかく、遊女屋は売春も隠れてするようになった芸者がいるため、儲けが少なくなった。しかし、幕府から求められる税金や賄賂の類は変わらず苦しんでいた ……このあたりのどちらかではないでしょうか。
書面上、幕府は吉原に対し、各種使節が江戸に来たときの接待など労役を中心とする租税を課していた……とのことですが、それがお金を納めることで免除されていたことも事実のようです。
税金についての具体的な資料はほぼ、ないとのことで残念ですが……。


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by horiehiroki | 2015-05-25 01:21 | お知らせ | Comments(0)