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ひよっこ

録画はしていたものの、内容がつらそうで旅先のホテルでチラチラ見た以外、
ぜんぜん見ていなかった「ひよっこ」。


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…が、この前からひょんなことで試聴を思い立ち、
4月の放送開始分からおいかけるように録画を消化し始めました。

そうすると早かったですね。

人生に突然訪れる、自分のチカラだけではどうしようもない不条理な事件に翻弄されつつ、
けれどユーモアを忘れずにがんばる人々の姿
激しく心ゆさぶられるモノがありまして引き込まれていました。

とくに、おとうちゃんの突然の失踪と、その事実を受け止めようとするお母ちゃん役の
木村佳乃さんによる、みね子への「わたしはおとうちゃんを信じてまっていようと思う」
というシーンの演技に強く打たれました。

その後は……毎日3,4回は消化するのを目標に、「ビートルズがやってきた」くらいまで見ました。


有村架純さん演じるみね子というキャラクターも当初、あまり何がいいのかよくわからなかったのですが(失敬)、今では大好きになりました。人生って多かれ少なかれ、不条理に支配されているなぁと思いますよね。
どんな顔で生きていられるか。
自分は正直いって、みね子みたいには笑えないので、すごいなぁと思いながら見ています。

当時の流行歌をまぜこんだり、時の流れの描写がとてもよい、と親などは話してくれます。
聞いたことのない話をしてくれるきっかけにもなったドラマでした。

自分が生まれるわずか10何年前の世界の話とは到底思えないというか、過去の再現=ドラマではないのですが、空気に人間の活力というか、熱量が溶け込んでいた時代を感じてしまいます(というか、自分もずいぶん長く生きてしまったなぁというようなことも…
by horiehiroki | 2017-08-19 10:10 | テレビ | Comments(0)

ゆとりですがなにか

「ゆとりですがなにか」を録画して見ております。
ウチから遠くない公園がたぶん使われてたりして
ビックリ・・・。
ぼくはその公園からほど近いところで
スミレの種をもらってきて家で育てているのですが・・・って関係ないですね

当然ながら
モンスターゆとり、の青年を演じる太賀にまず注目が集まったけど
個人的には岡田将生の変貌にけっこうビックリしました。
なんというか、自分自身を楽器みたいに吹き鳴らしてて
物凄いなぁ、と。もっとシンプルにキレイな人、ってしかイメージなかった。
出演作でまったく存在感が異なる安藤サクラも本当に上手いんだけど、
ドラマに出てくる主要キャラ(なづけてゆとりオールスターズ)たち全員が
相手のセリフを受けて、
それに反応して見せるというお芝居がものすごく上手いなぁーということに
感動しましたわ

世代でかんがえんなよ!ってのが、ゆとりドラマのメッセージなんだろうけど
みなさん1980年代後半に本当に生まれ、育った俳優さんだからね。
やっぱり、何かを考える前に詰め込まれたわれわれの世代(70年代後半とかそれ以前)とは
違うのかなぁというようなことも思いました。基本的な学力については諸説ある話だけど
(よい)ゆとり教育は、大学の(質の高い)ゼミみたいな良さがあって、
それを通り抜けた人たちには
必要あらば貪欲に吸収、吸収するだけのパワーが備わっていたのかもしれません。

まぁ、……それは才能があるから、という大前提あってのことかもしれませんね。
いくらでも甘えられるシステムだったのかもしれませんから。

よく出来る人=自分で考えられる人

できない人=自分では考えられない人ですら
最高のレベルに高めることができるのは、ツメコミかもしれないし。
でもツメコミばっかりしていては最高の才能は伸び悩む。

話がまたずれましたが、80年代後半生まれの俳優さんはすごい、と。
台本渡されて、多少のアドリブはあるんだろうけど
自分も相手も「何をいうか」がわかってた上で、あれだけ
(たぶん自分自身とはかなり違う)キャラを掘り下げて
表現できてるのは凄いことだなぁーーー……と思いました。

……とその上で、岡田将生の変貌について色々考えてみると
(清盛以来、そこまで見た記憶なかったけど)
昨年、ニナガワさんの舞台で鍛えられたみたいなんですねぇ。
肉体は消えても、なお影響力を持ち続けるニナガワ、ホントに凄い方でした。
なんかね、やっぱりセリフひとつひとつに求める読み込みの深さ、理解の深さってのは
テキトーに流してはいけない要素だなって痛感しました。
あれが悪い、ってのではないんだけど、やっぱりニナガワさんが演出した
三島だったら、ライ王のテラスもまた全然違うものになったと思うし……

教育ってホントに一生大事にかんがえるべき要素ですね。
他人に育ててもらう、仕事に育ててもらう。
そして自分自身を育て直す必要……

ということですが、そろそろ用事なのでもうサヨウナラです!

それではみなさんごきげんよう
by horiehiroki | 2016-06-09 11:28 | テレビ | Comments(0)

とと姉ちゃん

とと姉ちゃん、舞台を深川あたりに移してから
一気に面白くなった気がします。
16-20日の週では、ビジネスをはじめるとのことで
描かれる視点が面白かったです。ニーズを調べて、歯磨き粉を作って売り出してみたりするあたりも。
片桐はいりの朗唱がよかったなぁw

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女性は太陽であったと謳う「青鞜」の一説が引用されたのも乙なもんでした。
あさが来たでは女子大学が設立されるまでが描かれてましたが、(226事件などが起きる)昭和前期が舞台の本作では、志ある女性が(本当は女性ってより、婦人って単語で言い合ってたとおもうんですけど)、女子大にいくケースも出てきてるってことですね。いちおうあさが来たにも出てきた(?)平塚女史の著作が出てくるのは興味深く思いました。

なお「専業主婦」という言葉自体は昭和後期にうまれたものだそうです。

専業主婦とそうではない主婦は違うものですね。

そうではない「主婦」という概念は何時くらいに出来たのか……ということを考えたりします。

手元に法政大学の学長さんの田中優子氏のコラム
「江戸から見ると(毎日新聞今年2月17日付)」には、
江戸時代は上級武士の奥様や公家などでもない限り、女性は働いていた……
との一節が出てきます。
その手の左うちわの「奥様」になることが、庶民の妻にも
許されるようになったのが昭和も後半くらいだった(日本経済の黄金期!)……
ということなんでしょうかねぇ。

この前、料理研究家たちの一代記を集めた「小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代」
という新書を興味深く読ませていただいたのですが、とくに前半部分に登場する「主婦」が「料理研究家」となって働き始めるケースの場合、かなりの社会的上流階級の方々が出ていることにきづきました。ロシア貴族の奥様、外交官の妻(離縁)、見た目としゃべりは九州のおっかさんキャラでも熊本藩の重役の血筋を引く女性(皇族の料理教師にも)……というように。

でもこの人たちは「主婦」として使用人たちに全部任せているわけではなく、逆に使用人に対して主導権を握るために、彼女たちを監督、プロデュースする大仕事がありました。
特別な料理の知識などもあります。

ですから、恐らくですが、いわゆる左うちわの主婦っていう文化は(上流層においても)そのころはほとんど、まだないんですよね。
類推するに、それ以前、江戸でも「上級武士や公家」の奥様なども、けっこうやるべきことは多かったと推測されます。ただし、使用人頭が強い家にいってしまうと、「何もしなくていい」=「何もさせてもらえない」場合に不満を抱くケースも多々あったかと思います。
(ヘタしたら夫や先代当主の男性と”顔なじみ”の)使用人頭と、「新参者」の奥様の確執はおそらく頻繁だったでしょうし、当時でいう嫁姑戦争に近いものだったかもしれませんが……そういうのを外部にもらすのは「恥」ですから、よほどのことがないかぎり(家庭の中にも女性関係をもちこもうとする、夫の乱れた女性関係を突く!って手記を公表せざるをえなくなった柳原白蓮などのケース以外)、記録は出てこないでしょうがねぇ……。

話ズレますが、自分も一軒家を買ってから、家事を意識して勉強することにしました。
小さな家にしても、う家事一般やることは多いことにビックリしています。
園芸もわりと一軒家の運営と密接にかかわっています。
家を引き継ぐ場合、オーナーの生活哲学みたいなのが隅々にまであり、それをムシしたら家ってぜんぜんよく見えてこないんですよね……。ウチの家は園芸してないとダメなんですよ。ということで趣味も変わった次第なのです。
家事はすごいですね。
この家にくらしはじめて5年に入りますが、毎日掃除すべきところは掃除していると、ぜんぜん痛まないし、変わりません。風呂場とか。黒カビを取る方法なども学びました。片栗粉とハイター1:1でまぜて塗るやつでございます。

この手の手仕事は主婦といえる人がいない、人手がたりない場合は成人男性=働き手もやっていた(娘に家事をきびしく教えた幸田露伴の例など)ことがいえるとおもうのですよ。とくに歴史上の人々の生活とか恋愛とかその手のことをテーマに色々話する自分のようなモノとしては、読書、執筆その他モロモロだけしていて、何がわかるだろうか……ということに気づき、目覚め、一軒家購入後はすすんで家事を手伝うようになりました。

買い物、掃除、洗濯……今は洗濯のシーズンですので、ソファーのカバーとかカーテンとかを洗ったりしています。ソファーカバーは干し方がまずかったのか、なんだか……伸びた気がします……。
こうするとモノの素材やその特質、さらには売り物の物価の上下などもよく分かるようになり、なんとなく書くモノにも影響を与えてるのかな、という気になります……。というかずいぶんと女性像なども変わってきたかなぁ。

一方、前に住んでいたリノベの古いマンションでは母に家事を押し付け、だいたいの時間をお仕事、読書、教養を積む時間に費やしてましたが(それこそ貴族的なw)
ときどきフラフラ遊びにいったり、ときどき床を掃除機で掃除するだけ…程度の家事だったので。
しかし、そういう時には形而上学的な教養は身に付けやすいものですね。

現実に立脚してしまうとどうしても、実存的な思想回路、趣味嗜好に落ち着きがちで、そこらへんが作家という職業の場合、作家=職人と考えるなら「合格」なんだろうけど、芸術家として考えた場合……問題もある気もしてきております。

いわゆる「人間活動」=アーティストの活動とはやっぱり少し別なのでは……とも。普段の活動が作品に反映されるのはどのジャンルも同じですよね。


とと姉ちゃんにお話しがもどりますが、青鞜を読んでるか、読んでないかはともかく、あのドラマに登場する女性キャラクターの大半が、男性に混じって互角に働く主婦たちであり、誰かの光に輝かされている月というわけでもなかった、ということです。
結局、家庭=店を動かしていく努力をせざるをえないのが社会のあらゆる階層の実像であり、逆に親や夫、兄弟の考えで、なにもしないで飼い殺しにされてしまう、それこそ月のように生きている、人形の家のノラのケースのような例は、珍しいんだろうなぁと思われてならないのです。
それを逆に社会は恵まれているのに~などと言ったこともあったでしょう。
三食昼寝つき、今日は帝劇、明日は三越……みたいな生活が保障されているのなら、それはそれでラッキーだったのかもしれませんがねぇ…。

だからこそ、青鞜のグループメンバーに対して「(気楽に暮らせる身分を捨てるとは何事か!)現実を知りなさい!」と、親族男性が激怒、ある場合は吉原遊郭に連れて行かれ、「職業婦人」の理想と現実を学ばせられる……なんてことがあったのかもしれません。

そこまでして飼い殺しにしなければならない理由って一体なんだったんでしょう。男の見栄。男の甲斐性ってやつですかね……?
by horiehiroki | 2016-05-22 10:01 | テレビ | Comments(0)

視聴率

5%代に視聴率が固定されてしまった
「まっしろ」のプロデューサーがわたしの責任でございます、と
ツイッターで謝ったとかなんとか。
追い詰められたのでしょうねぇ。

そもそも視聴率って、その時間にテレビの前にいて、番組をずっと見続けた人の
割合ですよね。だから、そういうテレビとの接し方をする人といえば
中年以上、なわけですが、
その中高年にウケがいい内容のわけがなかった(笑)

第一回を少しみましたが、あのドラマ、悪くはないんですよ。
でもあれ、深夜ドラマに売り出し中のアイドルの子とかが
いっぱい出てきて
わいわいがやがや、やってたよーな内容を、
もっとプロフェッショナルに綺麗にした感じです。

DVDレコーダーに録画されて試聴されてるんじゃーないかなーと
思うんですよね。帰ってくるのが遅いOLさんの風呂上がりとかに。

番組満足度を重視するほうがいいかもしれませんねー。
でもDVDレコーダーだとCMはすっとばされてしまうか……。
となると、番組満足度ってNHKのドラマ用の評価基準かもしれませんね!


by horiehiroki | 2015-02-19 09:44 | テレビ | Comments(0)

「問題のあるレストラン」

最初、画面がいかにもNHKっておもってみてたら、CMが入ったのでビックリ。
実はフジテレビだったという(笑
朝ドラ&大河のOG、OBばっかじゃん\(^o^)/
ゴッソリ移動している。民族の大移動か。
問題」って、そ、そういうことなのか。

とか思いつつも明るい真木よう子って
初めて見るので興味津々でした。

しかし
「私は…緑です」に始まる淀殿(役の女子。官兵衛の。)
の長台詞を聞いてたら
やっぱ「最高の離婚」の脚本家だったのか…と。


ドラマ「最高の離婚」についての二つの過去記事。
http://hirokky.exblog.jp/19786081/
http://hirokky.exblog.jp/19678987/

いわく

「最高の離婚」は、クズ男のレベルの高さ(つまり最低の男っていうこと)で当家では話題になりました。

しかし、見続けてると、致死レベルのクズ男とダメ女による、まるでマムシの絡み合いみたいな内容であることが分かってきました。

by horiehiroki | 2015-02-08 01:47 | テレビ | Comments(0)

今季のドラマは書き下ろしで忙しかったこともあり、わりと熱心に見てた(見てる)のは、「ダウントンアビー」の第二シーズンと、「素敵な選TAXI」くらいかなぁ、と。
「素敵な選TAXI」は、今季ではこれ、イッタク(一択)、というかなんというかw

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竹野内豊の新機軸だなぁと思いました。ああいうコメディが意外と合う俳優さんなんですね。
年齢をかさねても、シリアスな役だと、なんだか嘘くさく思えるほどの美形ですから、あれれ、大丈夫かと思ったんですが、いいんですよねー。

選TAXIの運転手・枝分として映ると、それだけでなぜだか笑わせられるというか・・・そういう、特に何もしてないのに、出てきただけで笑える人って、芸人さんでも(故)ポール牧とかそういう手合いの風格が必要なわけですよー。竹野内豊はすごい、と。
彼は独特の声音で、美声ってのでもないと思うんだけど、ナレーションのときの抑揚がすっごくイイと感じます。
みなさんはどうでしょうか。
あとね、竹野内さんについては意外な、というと失礼だけど、すごいアンサンブル力のあるひとだったんですね。
役者として耳がいいんだと思う。他の共演者さんとのミョーな掛け合いのリズムの良さは、声音のトーンが合ってるからで、それを無意識のうちに調整し、間合いを整え、色々とやってる。そこらへんの空気感がスキで楽しんでみていました。

「官兵衛」では第二話でしんじゃった南沢奈央ですが、彼女もイイ味だしてるんですよね。
湊かなえが脚本書いてたドラマの音楽教師役かなんかで南沢さんをはじめて見ましたが、今回、いちばん素に近いであろう姿で(?)演技を拝見してると、かわいい人だなぁーと思えてしまうんですよねー。

あと今回のブログ記事のタイトルにもなってる脚本力。
日本のドラマって芸能人の顔ぶれと、タイアップ内容押し!!ってのが中心なのに、選TAXIは脚本の構成がおもしろかったです。バカリズムさんの才能があってこそ、と。とくに最終話直前の銀行強盗が乗り込んでくる回はケッサクでしたw

このタイミングで
竹「人生には~ 様々な分岐点がある~」って始まるのか! 的なアレ。
よく考えたら、最近冒頭であのナレーション、竹野内豊やってないよな、と。
自分もマイナビのコラム、最初では「ごきげんよう」ってたけど、朝ドラも終わったし、いつのまにか使ってないなぁ、とか思い出しましたw
続けていく中で、なおもキラッと輝ける要素を出せる人って才能あるんだよなぁ、とバカリズム氏の脚本力に尊敬を感じた次第です。

ダウントン・アビーは、それで検索してウチにきてくれる人も多いので、書かねば・・・と思ってました。
実際にこの前、NHKの特番であのお城のモデル・・・というか、お城そのものが実在してあり、ホンモノの英国貴族の伯爵夫妻が住んでるというのを知りました。

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これ、背景の騎馬像。
前のシーズンの時始めて見たのですが、親と「うわー凝ってる。大道具さん頑張ってるねぇ。ヴァン・ダイクのつもりかな~」とかノンキなこといってたんだけど、実はホンモノらしいですねw

もともと中世の修道院だった建物(ダウントンのアビー,abbeyっていうし)をリメイク、ああいう風にお城にして住んでるのかな、と思ってたのですが、真実は真逆。
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これの三階の一部・・・というか、四階部分(屋根あたり)が増築されてるんですよ。

19世紀前半~半ばごろにかけての各界を席巻した懐古主義というか、ゴシックブーム(に便乗して、いわゆる城館を背景にしたゴシックホラー、吸血鬼ドラキュラとかフランケンシュタインとか、そういうのができたんだけど)によって、それまでは何の変哲もなかった館が、英国国会議事堂(ウェストミンスター宮殿)を任せられた建築家の手でリフォーム、改築され、中世のゴシック様式を摸した、修道院風の飾りが付けられていったのだそうですよ。

でもその分、維持費は膨大な額になったはず。

当主の中には、エジプトでツタンカーメンの王墓発掘に全面協力、わが眠りを妨げるものは・・・というあの有名な”ファラオの呪い”のせいで、「盗掘」直後に突然なくなった・・・・とされる人もいました。

第5代カーナヴォン伯(カーナーヴォン、とも表記)がその人。今、確認したところカーナーヴォン伯爵位に現在の伯爵家の祖先が叙任されたのは18世紀末。1793年ですから、モーツァルトの死後直後、フランスでは革命が起き、時節的にたいへんきな臭かった時代ですねぇ。
また初代カーナヴォン伯は、”第8代ペンブルック伯爵トマス・ハーバート(英語版)の五男ウィリアム(英語版)の息子であった”ということで、11世紀からつづくペンブルック伯家の血筋だったそうです。名門だといえると思います。

でも初代からコッチ、男系が(極道モノすれすれの)”夢見人”が多い印象の一方、現在につづく伯爵家の栄光と伝統は、そのロスチャイルド家から嫁いできた(・・・とされる)第5代カーナヴォン伯の妻・アルミナの莫大な富と堅実さゆえに守られた、と僕にはおもえるのです。

実際、第五代の父親世代などは、家と不動産しかまともな財産がない状態にまでなっていたそうですしね。
第5代カーナヴォン伯こと、ジョージ・ハーバートは、”29歳の時の1895年にアルミナ・ウォムウェル(Almina Victoria Maria Alexandra Wombwell)と結婚した”。


”彼女は戸籍上はフレデリック・ウォムウェル(Frederick Charles Wombwell)の娘だが、実際には(ユダヤ系の大富豪)ロスチャイルド家のアルフレッド・ド・ロスチャイルドの娘ではないかといわれる”らしいです。NHKの特番では、アルフレッドの娘と紹介されていました。

アルミナはオシャレで、趣味がよく、さらに気前よくカネを使える才能の持ち主で、平和な時代にはヴィクトリア女王の極道息子でエドワード7世・・・・・・に後になる、大英帝国の皇太子をわずか数日ほどの滞在で6000万円ほど経費をかけて接待、カーナヴォン伯爵家の威光を世界にアピールしたようです。

当時の王侯貴族の事情では、一国の皇太子を厚遇したからといって、それだけで権勢が得られるような気楽な状態ではないのですが(全体的に、斜陽系)、なりあがりの爵位持ちの実業家の娘(実質的な平民)と、カネ目的で結婚してしまった名門貴族という誹謗をはね返すための行為だったはずです。

また、こういう抜本的なチャレンジ、決断ができる人がいないかぎり、家、血筋というものは衰えます。これは日本でも同じ。貴族とだけしか付き合わず、”プライドを固守”する人々の姿は(フランスの話ですが)「失われた時をもとめて」にも出てきますねー。

・・・が、貴族としての「誇り」とはなにかの解釈を、伝統的なところに求めてしまった人の大半が第一次世界大戦後、第二次世界大戦後・・・と時の流れの中で、所領、宮殿をうしなっていってしまったようです。特番の中でも(新たな税が課されたり、老朽化した建物を補修できず)20世紀中盤にとりこわされる城館の姿が映ったりしてましたので。

実際、カーナヴォン伯爵家が現在でも優れた財政状況を維持できているのは、メディア対策(屋敷を撮影に提供、旅行ツアーを企画)ゆえでしょうけど、その根本には、大富豪の女性・アルミナとの結婚を選択したという「リベラルさ」があったからなんでしょうね。
またアルミナは、ホントの意味でノブレス・オブリージュを実践できる女性でもあったのが大きい。
ドラマでも城館を病院として解放する・・・なんてことが今、話題になってますが、実際にこれもアルミナ時代にはあったことのようです。

そういう歴史的な事実や設定を的確に反映してるのがダウントン~の脚本のリアルさ、面白さに直結しているのは間違いないですねぇ。

個人的には、第二シーズンのように戦争など文字通りドラマティックな要素を挟んで盛り上がるより、第一シーズン的なホームドラマのほうがスキなんですが・・・。

またこれについては、別のブログ記事で書けたら、と!


あとはね、晩ご飯の時間がそうなった場合には「女はそれを許さない」と「ディア・シスター」などをチラチラみて、あとは綾瀬はるかのアレ、ですね。見てるのは。
「ファーストクラス」はみてない、とw 


「マウンティング」とか仕事で使ってるわりにはスイマセン。
「マッサン」も土曜日の連続放送のヤツをみてます。
「マッサン」・・・主人公のダメっぷりが凄まじい何週間かをまんぜんと見させたのち、ぶじ再就職。よかったねぇ、となってたはずなのに、いきなりエリーの流産など深刻な内容に転じすぎて、驚いてますけど。
by horiehiroki | 2014-12-17 10:21 | テレビ | Comments(0)

アゴと、血と、暴力、そしてうねる黒髪の画家が、岩佐又兵衛です。

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作例をまとめるとこういう感じ。


くわしくは拙著「乙女の美術史」日本編をどーぞ。


岩佐又兵衛【いわさまたべえ】
1578‐1650(天正6‐慶安3.6.22) 江戸前期の画家。名前は勝以(かつもち)。伊丹城主荒木村重の子。母方の姓を称す。<浮世又兵衛>の異名で知られる。2歳のとき一族は織田信長に滅ぼされたが,救出されて京都で成長。武門での再興をあきらめて画家となる。1616(元和2)頃から越前福井で藩主松平忠直,忠昌に仕え,37(寛永14)将軍家より江戸に招かれる。将軍家光の娘千代姫と尾張藩主徳川光友との婚儀に際し調度品の下絵を制作したと伝えられ,40年川越東照宮に家光が奉納の「三十六歌仙図額」も制作。極彩色の細密画による「山中常盤絵巻」などの古浄瑠璃絵巻群,和漢の故事人物を描く連作,飄逸な水墨画や,時様の風俗画・美人画など,その画域は広い。子の勝重(?‐1673)も画家として福井藩に仕えた。

岩波日本史辞典


どちらかというと、ゲテモノ趣味なんていわれてた伊藤若冲をスターダムにのし上げた、辻惟雄の評論の中で「奇想派」の一人として取り上げられ、次第に知名度をあげていったタイプの画家です。奇想派というグループがあったわけではないので、そこらへんだけは誤解なきよう。

ドラマの内容については時間がなくてなかなか触れられないんですが、今日の(元)荒木村重、はじめて澄んだ目をしていたのが印象的だった。
史実では、村重親子はあったともあわなかったともいわれるけど、あんまり会話らしい会話もなかった・・・というようなのをどっかで読んだ覚えがあります。たぶん、今回の大河ほどハーフォウォーミングなことはあり得なかった気も、する。




by horiehiroki | 2014-08-18 01:49 | テレビ | Comments(0)

第6回 「通い合う想(おも)い」


1914年5月。補欠選挙が始まり、シビルは政治への関心をますます高めるが、その熱意が騒動を引き起こすことに。イーディスはメアリーの代わりにストラランとドライブへ。イザベルは下僕ウィリアムの母親を治療中だが、息子には内緒にしてほしいという意志を尊重することに。トーマスは性懲りもなく、今度はベイツを自分が盗んだワインの犯人に仕立てようと、自分に好意を抱いているデイジーを利用して、ウソの証言をさせる。



はい。ちゃんと書きます。スイマセンでした。


性悪ほもと、オブライエンさんのタッグがただのアホ漫才に見えてきた昨今・・・。

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性格わるいけど、ホントはシンプルなんだねーってのがわかってなんとかかんとか。

↑の画像は性悪ほも役の俳優さんの普段の肌の色と表情、らしい。

NHKがあんまり画像をうpしてくれてないから、ダウントンアビーで検索したら↑の画像がすぐにみつかっちゃうくらい。ブログに気軽に使えないのが悲しい(そもそも使ってはいけませんってツッコミはやめて♥



それで、一大事事件としては、メアリお嬢様がマシューから結婚を申し込まれたけど。

同時に、いつのまにかしれっと時間が経過してて、◎年後、みたいになってるんだよね。
トルコ人を失った哀しみも、一夜の過ち程度にメアリの中では「風化」している。
でも、あの時代、いくらドラマとはいえ、マシューが(大英帝国の美徳を支える中産階級)、
そんなことを聞いて受け入れてくれるの?とおもう。
男は自分は汚いことやってても、それを棚にあげて、相手のことはガーって攻めたがる
生き物だからね(w


マシューにはイーディスを混乱から救ったってことで、想いを寄せられてたりする(マシューもてもてやなー)から、危険な可能性も感じられるわけです。


それにしても社会主義の貴族女という危険すぎる属性を付与されてるイーディスが心配。


それで最近の官兵衛、よーやく歴史の本流とお話が合流して楽しくなってきましたね。
今週(22日)から、朝廷の面々が出るようになってきた。
純と愛って連ドラで、夏菜の義父役の俳優さんが・・・

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明智を手玉にとった朝廷の陰謀説(というか社会粛清陰謀)
ってのは、ときどきドラマなどでは描かれるんですが。
辛酸なめ子さんとのトーク本「天皇愛」なんかでも触れました。
興味あるかたはそれをどーーぞ。





by horiehiroki | 2014-06-20 15:02 | テレビ | Comments(0)

トルコ人にむりやりもちかけられた初体験の瞬間、相手に腹上死されるという屈辱の中の屈辱を味あわされ、酒井○子のように「この辱めをどうしてくれるの!」と震えまくりの
西野カ○、ではなく、メアリお嬢様。


なげー源氏物語よりセンテンスなげー


あらすじ

第4回 「移りゆく心」

バイオレットは限嗣相続制打倒を模索し、あろうことか弁護士である相続人マシューに調査を依頼。女性の権利向上を支持する三女シビルは、新調するドレスを母の意見ではなく自分の好みで選ぼうと考える。村で祭りが開催され、使用人たちも出かけることに。ウィリアムはデイジーを誘おうとするが、トーマスが邪魔をして先に誘う。トーマスに憧れているデイジーは大喜びだ。家政婦長ヒューズは昔の恋人と再会し、将来について悩む




このドラマ、メアリお嬢様が主役だよね、と。

まぁ、めんどくさい女だよね(笑

今回は「お父様が、弁護士のマシューのことばっかり!(そして弁護士にちょっと惹かれてる自分がゆるせない!)」みたいな複合ヒステリー大爆発でした。

彼女って男性的な権勢欲のほかに、自分の魅力で男にチヤホヤされたいという日本の女子世代的な欲求も強く、ついでに妹たちへの「アンタたちにあの男、渡したりしないわ?(本命でもないけど)」的なマウンティング行動もお盛んという、非常に非常に複雑なキャラクターです。


あ、けっきょく、女伯爵だの女公爵だのそういう存在がありえたことも事実なんですよ。
制度上。
でもそれは別の御家の話ですわ

メアリさん家では無理なだけ。
でも、父から血統をうけついだ、生粋の貴族の女性であることに誇りをもちながら、女の自分には相続権がない。遠縁の弁護士にトンビにアブラアゲをかっさらわれた気分で、しかもその男と結婚するしか、自分に爵位という栄典が転がり込むあてもない。よその貴族の男はもっとあてにならない。

・・・という八方ふさがりですがな。
そこにトルコ人との腹上死事件がからみました。

だから今回は激しく情緒不安定が進んでおりまして、泣いたり、「私はいないのもおなじ!!」みたいなことを叫び出したりしました。そりゃお母さんが、彼女をニューヨークの叔母のとこにでも島送りにしたい気持ちはわかるわなw センチメンタルジャーニーでもしてオトナになって戻ってほしいもんね。


メアリお嬢様の伯爵家は、(そのうち語られるかもしれませんが、何らかの理由で経済的損失をこうむったのでしょう)代々の所領を維持できなくなり、現伯爵がアメリカの富豪の娘・コーラと結婚して、その持参金を所領の一部として組みこむことで、なんとか体面と経済的基盤を整え得た・・・いわば、没落貴族となる一歩手前から奇跡の生還を遂げた・・・・・悪くいえば、ゾンビ貴族なんですわね。
今回の放送ではじめてソレがわかったけど。

ということで、どーーーしても、所領の一部となった、お母さん・コーラの財産をとりだせない、というか、お母さんの財産=伯爵家の基盤そのもの、ということがわかりました。
そりゃお父さん(伯爵)はげんしそうぞくせいを打倒、なんて考えもしないわな。
おばーさんは、まだそこらへんを認識したくないというか、・・・・夢みたいんでしょうねえ。

で、今回、男版メアリーことトーマス(寿退社を夢見すぎてる性悪ほも)が大活躍で、
この人も全ての好意を自分に惹きつけて起きたいんだよねー。
まぁ、うん、そろそろ「花がなくなるころ(BY バア様)」だろうしね、この人も。

トーマスはなあ。かなりわかりやすいタイプだとおもうんだけど(w
あの金髪のメイドはわかんないんだなあ。

平○堅にガチで恋する乙女ってかんじだな。しししししし失言すいません

そしてオブライエンさん感じわるすぎるけど、オブライエンさんに仕事なすりつけて、昔の恋人に会いに行く、女中頭もなかなかのタマだなっておもった。どうみても、どうころんでも「イイ人」って枠に収まるんだけども・・・!
オブライエンさんはその逆だしね。

あとタイプライター女は残念だった。書類で断られるなんて。

そしてそして、三女ですけど、最後のシーンで、家族が彼女の新しいドレスに度肝ぬかれてたけど、あれはたぶん足を見せてることが×だったんだな。
欧米では乳よりお尻、そして足を見せることがNGでした。足の存在を感じさせるパンツルック(しかも屈辱をどーしてくれるのトルコ人を思わせるあのパンタロン)はいかんですわー。うん。たぶん。可愛かったけど。

つーか社会主義者の運転手とか危険すぎる。三女、いい人だからパンフレットとか渡されてるしw

日本でも運転手と二回連続で身分違いの恋して、最終的には勘当され、恋人とその母に看取られるなか、失意で早死にしちゃった吉川鎌子さんって華族令嬢がいたけど、なんとなく思い出しちゃう。




えーと。最後に官兵衛を片付けておくと、
(読者も官兵衛についてワタシが語るのとかあんま興味ないんでしょ?
ご白状なさい! ←柳原白蓮風)

無事シャバに復帰なさったんですが、メイクがすごいな。
官兵衛って、なんか執着を残せないドラマなんですよねー。
ながいながい総集編見てる感じで。
何かが抜け落ちている。
見てる時は役者が熱演してるから、わりと面白くみてますよ。
もちろん感情移入もできるんだけど、終わったあとに、さて書きましょうか、と思わせないんですわねー。
もうそろそろ「小物大河」って、限界ではないでしょうか。
「大きな物語」が圧倒的にたりてない。
清盛的な「圧倒的なマニアック」路線か、オオモノ大河に復帰すべき時期だと思います。
たぶんそれを許さないのは、プロデューサー氏の強気あるいは弱気かと。
強気というのはオレが大河の歴史に一ページをつくっちゃる!(そして大爆死)というアレで、
弱気というのは僕なんかが徳川家康なんて大人物を扱えるのかな、というアレです。
あるいは超有名人の家族、スタッフというのではなくて、そろそろオオモノによるオオキナモノガタリが見たいものですね~♪




by horiehiroki | 2014-06-04 11:00 | テレビ | Comments(0)

死と乙女と煎餅と

昨日の1週間まとめて放送の「花子とアン」みてたら、
ひさしぶりに仲間由紀恵がコメディ女優というか
全力で笑わせに来たので(?)、ウチのお茶の間は
爆笑の渦と化しました・・・
なんとお座敷演奏会にて、弦楽四重奏団に
「死と乙女」(シューベルト)を演奏してもらってたところ、
仲間由紀恵えんじる、レンコさんのダンナさんが
センベエぽりぽり食べ始めたとです。
それをみて仲間由紀恵が激怒したとですよ!
まぁ確かにシューベルトの「死と乙女」の第一楽章って
不協和音がここぞとばかりになりひびいて冒頭から
大迫力ですから腹が減ったのでしょう。

来週は女中頭に平手打ちシーンがあるみたいで
ますます眼がはなせんとですばい(w

史実の柳原白蓮のダンナさんは、
白蓮、ダンナさん、愛人女性の三人で川の字になって
眠るように強制したり、非常にアレな御方でしたから
(NHKでは放送できない内容ですけどもw)
花子とアンのダンさん(デンスケはん)は
わりとまともというか、本当はいい人のような気がして
ならんと。
あそこまで毛嫌いせんでもよかよ。
カネでなんでも話のつくひとはアタマのなかも
クリアですばい。
ま、げーじゅつとかなんとかカタチでしか愛してないし
根っからの商人は何みてもカネにすることしか考えない人種ですから
カゴの鳥に自分を喩えてしまう
おひめ様のお相手としては難しいかもしれないけどね!





by horiehiroki | 2014-06-01 10:40 | テレビ | Comments(0)