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真田丸「黄昏」

前回書いてたことが、今回、ドラマにでてきてビックリ。

>実際、ドラマにもでてきた伏見の大地震の際、最近ドラマに出てない(=ウラで秀吉にうとまれて遠ざけられた)
加藤清正が、カオなど見せるな!といわれてるのに、いのいちばんに倒壊した伏見城にかけつけ、「そういう仕>打ちをあなたから受けたけどわたしはあなたが心配だったから!」とかいって、大いに秀吉夫妻に喜ばれる、>なんてことがありました。けっこうね、加藤清正ってその手のたらし込み方がうまいです。

いまいちど自分が韓国に渡って、暴れてきます!とか言ってたけど、
もともと、加藤さんは秀吉の半島攻めに大変クールな態度を取っていました。
もともと半島で加藤さんは「なんで日本国王(=秀吉)は半島を攻めようとするのだ?」と講和の使者から問われ、
「国王? 秀吉は王などではない。
王は別にいて(※帝のこと)、人格者でおられる(=秀吉は人格者などではないからこういうことをするんだ。私らはそれに従わされているのだ)。
秀吉などは(ホントは)関西地方に号令できる程度の男さ」
という回答をしたというのが朝鮮・明側の記録にしっかりと残されてしまっているのでした。(くわしくは乙女の真田丸をどうぞー)

けっこうこの手のウラオモテがある人物だからこそ、おなじくウラオモテがある秀吉とパートナーシップを組んでいられたのだとおもうんですよね。
今回の真田~の加藤さんは非常にウラオモテのない人間として描かれてるので、こういう黒加藤は出てこないでしょうが。

※というか、前回が「異変」今回が「黄昏」なのでした。

黄昏というより、もはや完全に日没、深夜って感じの秀吉さん。老残無惨。
ビックリしたのはどんどん小さくなっていっている秀吉の様子を表現している小日向さんの演技力で、老人メイクや姿勢だけでは「あれ」はぜったいに出せないですよね…
by horiehiroki | 2016-08-02 08:44 | 大河ドラマ | Comments(0)

前回「異変」では、太閤秀吉が超典型的な認知症患者であるという描写がこれでもか!!
と出てきましたねぇ…

怒りやすくなる、何度も同じことを言う、食べ物の好みが変わる、その他モロモロ……。
小日向さんの芝居の上手さが光りました。

前に拙著内でも触れたんですけど、豊臣家って秀吉を頂点とする、女子校みたいなノリの団体なんですよね。
徳川家のシステムとはぜんぜん別。秀吉は子どもにもチューするぞ!みたいな手紙を書き残すほど、文章表現に長けてた人なので、しゃべり言葉での愛情表現も巧みだったはず。彼から評価されるには、そういうノリをキープし続ける必要がある。そして、その中で居残るのはけっこう大変だったはずです。信長の家臣としての大変さとはまったく別の意味で大変。武士武士いってられなかった……はず。

実際、ドラマにもでてきた伏見の大地震の際、最近ドラマに出てない(=ウラで秀吉にうとまれて遠ざけられた)加藤清正が、カオなど見せるな!といわれてるのに、いのいちばんに倒壊した伏見城にかけつけ、「そういう仕打ちをあなたから受けたけどわたしはあなたが心配だったから!」とかいって、大いに秀吉夫妻に喜ばれる、なんてことがありました。けっこうね、加藤清正ってその手のたらし込み方がうまいです。

それに比べて……信繁さんから「お義父様」みたいな呼び方に変わった大谷吉継、ドラマでもクビのあたりに斑点ができてましたが、基本的には適応障害っぽい描き方かも、ですね。
医者が原因を見つけられない、とかなんとかいってるのも。
「病」も当時の史料からは「目がわるいこと」ということだけがかろうじて
わかっており、カオが崩れたとかそういうのはないのですよ。たぶん心身症だったような気が(拙著にも書きましたが)。

それととにかく攻めてるなぁと思ったのが、この放送が始まって以来、公家の出、公家の出、
公式プロフィールの類にも「公家の出の誇りを忘れない母」とかかいてあった記憶のつよい、
カホルさんこと、「(真田兄弟の)母上」が菊亭晴季の娘などではなく
菊亭さんの母親の侍女だったという真実が、今頃になって暴露されるという恐ろしさ。……

いや、たしかに真田の父上がいってたように、信玄公の真似をしたくてても、実際のところ、武田家と(そのころの)真田家では格がまったくちがうので、菊亭レベルのすごい公家の娘さんが嫁してくるということは難しいんですよ。前々回くらいかなぁ。

関白・秀次の自害が描かれましたが……その娘(ドラマでは、海外に渡航することになったという設定)と信繁の間の娘が、後に出羽亀田藩主・岩城宣隆の正室となり……というような後日譚が紹介されましたね。

……岩代家の正室ともなれば、存在はしていたのでしょうが、その出自、とにかく謎だらけです。というのも、秀次は関白です。ああいうことになってしまいましたが、(いくら五摂家出身ではなく、いわゆる豊臣家にせよ)関白の娘を(すくなくともその当時は)一介の武士が側室にできる……というのは、身分制のルール上、うーーーんという。

じっさいのところ、明治時代になってからも名門の公家につらなる娘さんが、大名家の支流スジと結婚してくれなかった(できなかった)ので、内縁の夫婦に終わった、とかいうような例を知ってるといえば知ってるので、戦国時代ではもっともっともっと難しかったのではありませんかね。

簡単にいうと、江戸時代にはすでに真田信繁はそういう階級社会のお約束をすべて超越するくらいのヒーローになっていた、なれていた……ということなんでしょうけどね!

……とツラツラ書いているのも時間潰しなのです。

実は……自転車前輪が(史料を取りに図書館に向かう最中)ピストルで撃たれたような音を立てて破裂しやがりました!!
前に色々自力で修理しようとして果たせなかったヤツ…けっきょく取り替えになってしまいました……無念~~~。

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by horiehiroki | 2016-07-26 11:08 | 大河ドラマ | Comments(0)

真田丸

この前は瓜売りが登場…(てか最近、毛皮のベスト着てませんね、父上)

だいぶ攻めた内容になってますね!

しかし「通説」より、「実際はこういうヒトだった」という事実から
キャラづくりがスタートしており、面白く拝見しとります。
これまでも、秀吉と信繁さんが出会うところで高位の遊女を出したり、
阿国をまぜこんできたり、歴史の行間を読んで世界を作り込んでいくのが
達者でございます。
というか、事実を自分の世界に織り込むのが三谷幸喜センセはうまいですなー。
前回、ドラマを見ていて特に感じました。
ひとが「笑わねばならない時」に流れている、
絶望のニオイ……
朝鮮出兵の膠着しきった戦況、しかしそれをあえて直視せず
仮装大会をしてワザと明るく振る舞わねばならない
名護屋での日々、本当は誰も笑ってなどいない……
終わりのはじまりの空気をサラッと、しかし
ハッキリと描いていて、
やっぱりわかってるヒトが台本を書くといいなぁと思っとりましたわーー

ずいぶんこれまで大河ドラマに出てきたキャラとは違う
加藤清正などが特徴的ですが
「通説」より、「実際はこういうヒトだった」という部分に注目してる方、
拙著の「乙女の真田丸」もよろしくでーーーす!

__________





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by horiehiroki | 2016-07-07 12:09 | 大河ドラマ | Comments(0)

真田丸「挑戦」

先週の真田丸「挑戦」、やっと見ました。

本能寺の変が1分で終了……というあたりに話題が集まってましたが、
やっぱり分かって作ってる人のドラマはおもしろいということを痛感しました。
人物が生きて動いている。
シラを切りとおす真田の父上に、徳川殿がまさかの追求をしてくるシーンの迫力! 
「真田丸」を知ってしまったあとで、資料の内容を器用にまとめてハイ、終わり的な歴ドラはもはや見られたもんじゃないね、と感じました。
三谷さんが脚本、監督もしてる「清洲会議」などの作品より、「真田丸」のほうがよっぽど面白いのは(失敬)、「チーム大河ドラマ」だから……かもしれませんねー。
by horiehiroki | 2016-02-04 14:31 | 大河ドラマ | Comments(0)

楫取素彦の銅像がピンチ

群馬にて楫取素彦の銅像建設がピンチとのことです。
大河ドラマ館の入場者数も目標の半分にも満たないという大爆死ぶり。
ロケもほぼしてなくて、小春日みたいな日差しを人工的につくりだしたスタジオの映像だけで
(清盛とか龍馬伝に暗いとか汚いとかクレームつけすぎた視聴者がこれは悪いのかも)
生糸、生糸、生糸ばっかりいってるドラマでしたから
そりゃー……ねぇ?(笑

気の毒なのは山口県の防府市ですけど
ドラマの世界が再現されてます
(※ワンシーンもありませんでした)
って…。
先走った地場産業にここまで組みこまれてしまうのは(しかも正式なタイアップ相手でもないのに)
おそろしい、のひとことですねぇーーー…(苦笑
こんなことになるくらいならスポンサーになって、最初から内容監修できればいいんですけど
NHKだからそれも無理ですしねぇ。

たかだかテレビドラマなのに……ってのが
製作者の本音でしょうけど、大河に本来期待されてるのは
国民的産業の要って要素なんでしょうか。
NHKサマの大河とは歴史を作るべき、というね。

いろんなところでちょいちょい書いてきましたが、
「歴史モノ」は伝統芸能と同じで
数字が集まる演目、人物っているんですよ。
今回はそれを完全に無視してドツボというやつです。
ファンがほとんどいないまま終わるというのはコンテンツとして最大の
失敗だとおもいますね。そのテーマ、人物をよく描く、わるく描くってのは演出の問題で
描き方次第で支持はどうでも集まるんですが、
今回のように魅力を(大多数が)感じられないように描くってのは
最大のミスだとおもいます。楫取素彦はたしかに魅力的な人だとはおもいます。
製作者サイドとしては「篤姫」が「再発見した」小松帯刀のような人物に相当すると
思ったかも知れませんが……もう少し周囲を見渡すことが出来てたらよかったですよね。
絶対的に数字を持ってる松陰さんなり、松下村塾の主要メンバーの個性すら、まったく描きわけられていない中で、
そこまでキャラの立ちかたをしてない楫取さんだけを猛烈プッシュするのは失策だったと。
高杉晋作あたりで太く短くグイグイ押したほうがよかったかもしれませんねー。

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by horiehiroki | 2015-12-24 00:23 | 大河ドラマ | Comments(0)

「花燃ゆ」最終回…

先週、ついに「花燃ゆ」が最終回を迎えました。
ネットで「ドレスで光の世界!未来へ王手」
という奇妙な日本語のサブタイトルがすこし話題になったからか、
視聴率は12.4と年間平均をすこしだけ超えました。
もともと開始直後から鹿鳴館で踊って未来への希望を歌い上げて終わり、
と最終回ありきでしたからね…
史実での文はもう中高年なんですが、ドラマでは徹底して「文 ◎歳」
とかいう要素は排除していましたし(数字は記号です的な感覚でしょうか)、



鹿鳴館シーンでも

「群馬の生糸がフラーンスの生地をつかったこのドレスに?!  オホホホ~」
なんて会話が展開されてるソファー席の側に
ドーンと(たぶんフレンチ)チェンバロが置いてありました・


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……でもフランス本国にもあれだけの状態の楽器、当時、ありましたかね…という。
チェンバロは欧米では革命前の貴族社会を象徴するような楽器でして、
19世紀はじめ頃にはすでに流行遅れになって廃棄されるか、
物置にほうりこまれてた楽器が大半じゃないかと思います。

余談ですけど、1909年(明治42年)頃、指揮者で作曲家という
クラシック音楽の当事者そのものであった、グスタフ・マーラーが
自分の編曲した「(通称)バッハ組曲」のために、
「大きな音が出るスピネット」なるナゾの楽器をピアノ会社・スタンウェイに
用意してもらった……と手紙で書いています。

そもそもスピネットは家庭用の小型チェンバロのことですし、
画像のチェンバロよりもさらに小さな音しか出ないのに、「大きな音が出る」とはどんな仕掛けの
どんな楽器、しかもチェンバロと楽器構造がまったくことなるピアノの専門会社の
スタンウェイに頼んで用意してもらっているのは何故……とナゾがナゾをよぶ記述なわけです。
(この日に使われた楽器は残されてすらない。おそらくはピアノを改造したものだとおもいます。
ピアノの弦を叩くハンマーに金属のビョウかなんかを差しこんで、ソレッぽい音がするようにしたんじゃないですかね)

ようするにナニをいいたいのかというと、
マーラー自体が「バッハという古い時代の音楽を古いスタイルで
演奏したい」んだけど「古い時代の音楽の知識は20世紀初めの欧米の音楽家ですら
ほとんどなく、楽器自体もまともに演奏できるものがなかった」から、
プロの中のプロであるマーラー本人も
「なんとなくソレっぽいもんをつくってもらって、ソレをならして満足した」
程度だった……という感じなんでございます。

今回の大河に出てきた、日本の鹿鳴館時代はさらにそれ以前であろう、
1883年からのごく短い期間のことなので(以下略)

あのチェンバロに象徴的なように、
要するに「花燃ゆ」はこう描きたい!という
「見映え」最重視の映像がウリなんであって、
歴史ドラマとしては最初から作られてないんです。

「花燃ゆ」を見つづけた方が
何人おられたかしりません。
まぁね、このドラマ、自分も、親もアレをみていて
「一体ナニをいいたいんだろう?」
と疑問に思うことは多々ありました。
ナニをいいたいかどうかが問題ではなく、元来ならば
おそろしく血なまぐさい残酷な内容になるべきものを
明るく綺麗な映像をお届けするということにこだわって
あのドラマは制作されつづけたんですねぇ。
熱烈な支持もされないだろうけど、ソッポ向かれるような
事態になるのだけは避けたわけです。



歴史エッセイストとしての自分が花燃ゆの印象についてナニかいうとすると
ツボというものを完全に外して、えんえんとロングマッサージされつづけてる感じ。
……でしょうか。

途中からハッキリと気付かれたでしょうけど、
そもそも、チョンマゲ&キモノの人物が出てきてはいますが、
歴史的コンテンツとしてあのドラマは作られてないのですよ。

もし、あの素材をつかって、歴史ドラマとして、それれも女子ウケする大河として
まとめあげるとしたら……ということは、
拙著の「乙女の松下村塾読本」の中でやらせていただいたので、まだお読みでない方はぜひ
脳内で大河っぽく再生してみてくださいませよ。

大河といえば地元と連動するというのがこれまでの図式でしたが、山口編は
ともかく、ドラマの中盤くらいからロケの映像が
ほぼまったく出てこなかったですよね。
後半は「富岡製糸場」とタイトルしたほうがいいんじゃないかってなくらいに生糸押しでしたけど、
機材がオリジナルかな?と思えたほかは、まったく(多分)群馬ロケはなかった。
ぜんぶスタジオでの映像です。
ホンの上がりが遅かったのか、難航したのか……でもやっぱりすべて
制作陣のねらいだと思うんですよ。
「理想の見映え」が必要という。それが評価されるかどうかですけど、
歴史コンテンツとして制作しつつも、
最終回になればなるほど大河ファンにソッポむかれて
数字を堕としていった清盛よりは、
歴史的コンテンツであることをほぼ放棄してはいるが
大河ファンから清盛ほどは見捨てられなかった
(と数字的にいえる)花燃ゆは優秀だった……と
放送局的には結論づけられているような気もします…



by horiehiroki | 2015-12-17 02:44 | 大河ドラマ | Comments(0)

最近の花燃ゆ

第27回くらいからまったくノータッチの花燃ゆ…(笑
いちおう見てはいます。
ここではなんも言うことはないかな…的な感じで放置プレイでした。
しかし……。最終回を前にしても、あのマッタリ進行にただならぬモノを感じております。

え、結局、生糸の話?みたいな笑

清盛を抜いて、花燃ゆが史上最低視聴率大河の記録を更新、という
カタチで終わりそうなのですが、こうやって比較してみると
どんどん人心が離れていった清盛(史実でもおなじでしょうか…w)に対し、
花燃ゆは数字自体は低めながらも安定してるのには
注目したいんですけどねぇ。※グラフは”Audience Rating TV ~ドラマ視聴率~”様から。

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赤文字が花燃ゆ
黄緑が清盛です。
清盛を見てると、いちおう制作サイドとしては中盤で一番盛り上げる!と
公言してた保元の乱あたり(20回)をさかいに多くの視聴者の気持ちはどんどん離れていって
(馴染みがなさ過ぎたのでしょうか。個人的にはけっこう好きだったんだけど)
最後らへんはキャラもエピソードも出尽くして、主人公の清盛君が表だったことをするたびに数字が減るから
早く死んでください的な酷いことになってたのを思い出します…。
たしかに何をどうしたいのか(主人公が魅力を落としていく大河ってのもすごいとおもうけど)
わからない内容ではありましたが。

それにくらべると花燃ゆは10%プラスαの一定のファンはつねにいることが証明されているんですねぇ。
明治編になってから一時は上昇した数字も落ち着いてきてるし、内容的にも朝ドラ的な平坦さに
落ち着いてはきています。確実にかき回さないのをモットーに作られてる気がします。
史実的な設定もぜんぶ捨てて、とにかくかきまわさない。
フツーに考えてどんな理由があれ、義理の兄と結婚するのはアレだとおもうんですけど(伏線としてドラマでは
初恋の人的な感じでしたけど)、そういうのは文(美輪ではなく美和)の内面的葛藤として描かれるべきだとおもうんですけど、今回はぜーんぶサラーっと流していく感じ。
小道具・大道具はさすがの充実っぷりで……ときどき(徳川)将軍「が」行幸するとかいいだしたり、まぁまぁに激しい考証ミスしてたりしますけど)、映像自体はキレイですがね。


大河の主人公に選ぶべき人物は、表面的に数字をひっぱれるであろう「イケメン」でも「女性」でもなく、
シンプルに「人生のあらゆる時期に魅力が溢れてる人」。
それから「興味深いわき役キャラが周囲にたくさんいる人」。
これに尽きると思います……。




by horiehiroki | 2015-11-25 10:56 | 大河ドラマ | Comments(0)

今回の内容を端的にまとめると、久坂玄瑞、寺島忠三郎、入江九一たちが討ち死にするにいたった「禁門の変」の回でした。見てる分には途中で止めるなんてことはありませんでしたけど、途中から常に「勿体ないなぁー……」と思っていました。

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すべての情報を生かすのは出来ないことなんだけど、そのはしょり方がどうなの、と。

俳優のみなさん熱演だった分、ほんとうに勿体ないと思いました。自決の前の時点に、あんまりドラマではくわしく描かれてませんでしたが、戦闘は本当にはげしく、六名しか生き残れていない状態でした。

松下村塾の面々だから一緒にいたわけではないのです。六名しか生き残れなかったほど、ものすごい攻撃にさらされたわけです。たとえば久坂は足を歩けないくらいにやられているし、歩けない位になってはじめて死を遂げる場所はココだという決断を下すにいたったわけです。余力はありません。彼らの間の強い絆の描写もスポーンと抜けてるので、もう少し、ちゃんと描いて欲しいなぁと思いました……。

たとえば、久坂と共に死ぬことを選択した寺島忠三郎についても、前回・前々回くらいから、もう少し久坂について思い入れの深さを示すような感じがほしかったです。僕、昨日まで寺島忠三郎演じてる男性が、品川弥二郎役だとずーーーーっと思い込んでたのでw、いきなり刺し違えて絶命したときには悶絶しましたです……が。

いや、あまりにも何も描かれませんもので。

衆道っていうとイコール男性同性愛みたいに取られがちですが、恋愛・性愛関係の有無が問題ではありません。自分の魂が強く相手の魂に共鳴できているかどうかが重要という「より濃い世界」なのです。まさに今回のような歴史的事件的背景があるとそれがハッキリとでます。誤解を恐れずにいえば、元・松下村塾のメンバーたちにはそういう衆道的な要素は確実にあります。

だから、そういう部分がちゃんと描かれてないと、いったいどうして彼らが「共に」死ななければならないのかという話しになるのです。入江が、自決を控えた久坂の乱れた髪を直してやったとか、まさにそういう感情のキビが伝わるあたりも飛んでしまってるし…。ほかに、高杉自身の手紙でのこされている夢のエピソードですわな。本人の手紙という一次資料の情報を斬り捨てるとはもの凄い判断だなぁとおもいます……。

今回の高杉と久坂は最後まで、心の底では仲良くない(そう見えない)というか。
史実では、二人の手紙ではっきり文字化されて残されているほどなのですが。
「義兄弟になってもらおうとおもってたのに! (BY 高杉)」的なアツさがまるで感じられず、
(まぁね、実際のところも、高杉が久坂に手紙を送って、久坂がノータッチのまま、文面上では処理されてしまったりしてるのですけど)、こういう部分をすっぽかしたあたり、非常に残念ちゃんでした。


史実では高杉が(久坂が文とともに暮らしていた)杉家に送った有名な手紙がのこされています。それも複数回にわたり、高杉は久坂の安否の情報が杉家に届いていないかを問い合わせるほどでした。
高杉の枕元に(禁門の変で亡くなっているはずの)久坂が現れたことに不幸があったことを直感し、不安に駆られたのですねぇ。お互いを思いやる彼らの絆の強さ、切なさを際立たせる、一瞬の美しいエピソードが完全にぶっとばされてしまっており、さらにその穴を埋めるだけの創作がなされるわけでもなく。
男子を描きたいといいつつも、この体たらくで、一体誰にむけてこのドラマは作られているのか?……と残念でした。

前々から思ってたのですが、美味しいエピソードにかぎって刈り込んでしまい、それに変わる鮮烈な要素の創造にたどりつけていないあたり、今回の大河は確実に味付けを間違えてる気がしてなりませぬ。

あと、久坂を拒む関白・鷹司卿ですが、帝と公式に面会をひかえての参内にあたり、あの格好は(経費的な問題かもしれないけど)ないわーという印象を受けました。たしか束帯に着替えをしてるところに、入り込んで、拒絶されてるって資料を読んだ記憶が・・・そして鷹司邸は薩摩の放った大砲が屋根に命中したせいで、一説に久坂らが火を放ったともいわれているけれど、すでに燃え上がっていたという証言のほうが「(直観的に)正しい」ような気が筆者にはしますので(※薩摩側は否定)、その今回の演出は良かったとは思いますが。

文という名ではなく、美和という名も、僕が思うに、久坂本人から文に贈られた通り名だと思います。この不運だらけの名を捨てるとかどうとか、うまいこと毛利家の奥に入るあたりに設定をつなげていきましたけど(どうだかなーとはおもいつつも)、少しにせよ期待しましょう。

もし不適切な表現箇所がありましたらお許しください。

by horiehiroki | 2015-07-06 10:00 | 大河ドラマ | Comments(0)

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花燃ゆがオトナのドラマに!(゜ロ゜)(゜ロ゜)(゜ロ゜)
というまさかの展開におどろいた視聴者のひとりです

不貞云々ですが、玄瑞さんはああいうふうに贖罪を求めて告白してくるというか、その手のあまちゃんなタイプでは無かった……です。史実では。だからこそ周囲も困るわけですが。

ここらへんは関係者が全員、口を閉ざしてる辺りなのですが、脚本家がとつぜん水を得た魚のように自由自在に書いてて、個人的にはけっこう引き込まれました。ドラマの辰路はんは……

イモ……を洗ったりしている」とかいわれてる文さんに勝てる相手やおまへんな~
とはおもうけど、ドラマの玄瑞さんはもっとしっかりした方がよいです。最低だ……て
おまえは碇シンジか(旧劇場版)
余談ですがついでに2015年6月6日ですが、碇くんが14歳の誕生日を迎えられたそうですよ。そろそろ空から変なものが振ってくるんじゃないですかね。

そして今回のラストあたり、不貞云々とどうじに転がり出てきた養子問題ですけど、あれは実際のところきっつい話だったと思います。久坂って彼の手紙を読んだりしてる分には、檄を飛ばすというような事以外に、揺らぎというものが感じられない、実に安定した人間なんですけど。すくなくともそういう印象が僕にはあるのですが。
ドラマみたいに彼の想いがなかなか実らない、形にならないということが続くと、ああいう風に濁りが生じても致し方ないか、とも想いました。そこらへんは「このドラマはフィクションです」からね。

それにしても鈴木杏さんって上手いですよね~。声からして業の深さが浮き出していて(褒めています)よろしいですなぁ。
芸子はんって芸はうっても身体はうりまへん!みたいなこといいますけど、実際のところは枕営業もアリ、遊女から色街の首座を奪っていくような存在なんですけども。江戸も京も芸者のいる花街はじっさいのところは遊女もいるし、芸者も色を売っているしで、官許の遊郭にとっては怖いライバルでした。今回もお布団が登場しておりましたしね。

あとねー…ここらへんをいうのは(京阪の花街における)「月(ガチ)」、江戸でいう「無粋」ってやつかもしれないんですけどね。

三條さんはじめ、七卿落ちのシーンが描かれました、が、実際のところは、気持ちが萎えるひともいる一方、運命共同体、われわれは受難者であるみたいな感じ。ウワーーッてテンション高まってる人も多かったのでは、と感じるのですがねぇ。
今回は、少なくともあの時点では長州と一致団結していた公家衆なので新しい描かれ方でもするかな……と思っていたのですが。七卿といわれますが、実際のところ、公卿の位(官位にして三位以上)の人は少なかったです。
人の官位をああだこうだいえる僕ではありませんので、ここらへんは流しておきます。

黙ってても出世できる高位の公家の子弟はあまり行かなかった学習院に入り込み、現実の身分制度に不平不満を感じている若い公家衆に取り込んだのが久坂さんらでして。彼らは運命共同体だったはずです。少なくともあの時点では。
だけどわりとステレオタイプな描かれ方をしてるのが残念ッスわねー。


by horiehiroki | 2015-06-08 10:27 | 大河ドラマ | Comments(0)

花燃ゆ 第十五回

ついに!
ヒトケタ代に墜落!ということですね~。
5%を割るのも間近というサインかもしれませぬの。

花燃ゆってか、これでは花萎む


清盛がヒトケタを出すようになったのは
主人公が「この世はワシの世ぢゃ~」とかなんとか
怨念にさいなまれ
意味不明な言動を取るよーになって(例・キョプルギス)
一体何を目指してるのか、それすらよくわからん状態になって
それが演出ではなく、「脚本が荒れてきたなぁ~」ってのが如実に分かるようになってからでしたw

それが、今、ですかー。

…この手の数字は、回復は難しいです。
「去る者は追えず」なわけでいったん見なくなった視聴者は
もう期待できませんからねー。

今回の大河は、人間の感情をムシして吹き荒れる歴史のうねりに対して、
英雄史観ではなく、ひとりのフツーの「女子」のフツーの視点を通して
なんらかのリアリティを与えようとするものなハズ。
その視点はよかったし、期待されていたモノだと思うのです。
3月以降の放送ではドラマとして、ようやく熟した内容が放送されはじめているので

残念のひとことですねー。それこそ戻ってきてー!!な感じですけど。

文が「昔のトラにいに戻って欲しい」「戻ってきて」
という台詞まわし、グッとくるくらい、いい演技だったと思いますし。

一方で、アレは大河ではなくアニメでやるべき内容だな、と思いましたわ。
大河でやると、たとえば入江九一と弟さんにしても、もうどれもこれも
(多少の小道具づかいはあっても)同じビジュアル、髪の色、
魚屋以外にまったく区別がつかないのですわな。

さらに頼みの綱の吉田松陰が、トラウマにさいなまれる発達障害のオッサンですからね……。
だいたい吉田松陰を崇敬する気運が高いからこそ、
小学校から吉田松陰の言葉を暗誦したりしているような地域で、
アレが流れることの恐ろしさね(w
現地・山口ではほとんど盛り上がってないみたいですし、
その他地域でも元・山口県民の口コミや組織票、期待できないのは痛いと思います…。

大河ってただのドラマではなく、地域おこしの側面も期待されてるはずなのですが。

それが、「長州が誇る最高の偉人」で、歴女的には幕末最高の萌えコンテンツであるところの
松陰先生が、登場人物の間ですら持て余し気味、「早く戻ってきて~!」といわれるような加減では……。

傍観者にすぎない、主人公不在感も大きいですわな。


大河って色んな意味で「王道」ですから、良い意味での裏切りはOKでも
悪い意味での意外性は期待されてないどころか、毒そのもの、ということが今回、立証されました。


6月売りの週刊女性で、大河ドラマについてトークした内容が袋とじ記事になるんですが
(エロい話というわけではありません)、その時まで見ている人がいればいいなぁ……とか
思う気持ちでいっぱいです。


by horiehiroki | 2015-04-18 01:31 | 大河ドラマ | Comments(0)