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先日のプチ講演

経産省を中心とした職員有志のみなさまの私的な勉強会の講師を
御用命いただき、官庁街まで出かけてまいりました。

「歴史から見た現代女性の姿」をテーマに、現代と過去のデータをざっくばらんに「対話」させていくようなイメージで進めました。プロジェクターにつないだPCで画像をみていただきつつ、60分くらい「講演」、その後は「質疑応答」を30分ほどという構成でした。

今、いちばん日本で視聴率の高い番組=朝ドラで好んでとりあつかわれる
のが「半世紀くらい前」の時代(戦前~戦後)の女性像であり、現代モノが
概して視聴者の反発を招く理由とは、みたいなところから、「女は文盲なるをヨシとす」
とまでいわれた江戸時代、おそらくは中小規模の武家の女性は馬にのって闘っていた戦国時代(戦国の馬は小さかった、体力がなかった、しかしサラブレッドよりも温厚だったので戦場には向いた……という話を含む)、男性社会が女性に期待してしまう「あたらしさ」の罠……孝謙・称徳天皇という女性天皇のあまりのラディカルさについて、当時の宮廷・もしくは時代くだって平安時代の宮廷でも働いていた、女性職員たちの実像について……というような話をしました。ご静聴ありがとうございました。

画像は自分用に録画した動画から。


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本業(書籍執筆)との兼ね合いになるのですが、タイミングさえあえば、講演・トークショーも定期的に行えたら……と思ってはおります。

2016年夏時点での講演・トークショーへの出演については、このように考えております(応相談)。



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 (告知) 2016年7月20日 乙女の美術史 日本編 文庫版」、カドカワから発売! 書き下ろしの「恐い世界史」は三笠書房、王様文庫から9月発売予定…

by horiehiroki | 2016-07-16 10:17 | 仕事 | Comments(0)

13日は、すみだ女性センターにて

「百人一首から知る女性のキャリア」と題した2時間におよぶ

講演会をおこなわせていただきました!



まず最初に、持統天皇のお歌にからめては、女帝はおろか、男性にまじって宮中ではたらく

正規の女性職員が当然のようにたくさんいた古代日本特有の文化風土
について

色々とお話いたしました。当時(万葉時代)の女性は服装(まるでパンツスーツにそうとうする胡服 )からして、活動的でアウトドア系だったんだよ、というような話もしました。



一方、中国・半島から暦や政治システム、儒教道徳などがもたらされていくと、それは女性たちをめぐる仕事の環境にも大きく影響をしました。平安貴族の女性たちの姿として思い付く、通称・十二単などは室内着です(あとお話した、結髪令を巡るやりとりも思い出してください)。

つまり女性は平安時代にはインドアな存在に囲い込まれていったということですね。



また、たとえば、紫式部・清少納言といった「女房」は「歴史の中のキャリアウーマン」として有名です、が、実は彼女たち「女房」は、いわゆる正規の職員とか、正社員というわけではありませんでした。



本人の才能や資質を売りにした、現在でいうところのハケンに相当したのだ・・・というようなお話もさせていただきました。



当時も「女蔵人」など万葉時代以来の伝統にのっとり、天皇の片腕として働く女性公務員たちがいましたが、多少、限定された存在になっていた、といえるかもしれません。



万葉時代には男女ともに同じ日に任命式(除目という)が行われていたのが、男除目、女除目(および男性の下級役員の除目)・・・とわかれて行われるようになった(女性の除目は1月8日、とか)・・・というあたりにも象徴的だというお話もいたしました。



女房たちには、9世紀以降、現金給与もとどこおりがちだったのです。かといってブラック勤めというわけでもなく、女房になるということは、給与をたくさん稼ぐのが主目的というより、まずはセレブリティのサロンで働くことで、家庭環境・結婚生活の失敗、もしくは兄弟、父、夫の早すぎる死、などで経験した人生のエラーを改善すべく、己の才覚ひとつで社会の壁に穴を開ける行為だった…みたいな傾向が強かったと思われます。



まぁ、裕福なお屋敷に女房として働き口を見つけ、そこで活躍できることは、バブル時代にバイト先のラジオ局で勧められて女子大生DJするとか、マガジンハウスとかオシャレ出版社に女子大生フリーライター見習いとしての籍をゲットする!みたいなそういうイメージですよ



女房の仕事も清少納言「枕草子」などには理想化されて描かれていますね。

清少納言は平安時代のキラキラ女子です。

枕草子なども、現代のキラキラ女子たちが

フェイスブックに写真をUPしていくように、視覚的にきらきらしく、まとめられているような気がします。



清少納言が仕えた中宮・定子も、ゴージャスで、面倒見がよく、いわば女ヤンキーみたいな血の熱さ(兄弟も武闘派で気が短い)も兼ね備えた女性だった・・・というようなお話をしました。兄弟が捉えられたところを見た定子は、すべて終わったと感じ、その場でハサミで自分の髪をザクザク切って出家してしまう、とか。



一方、紫式部の仕えた彰子(後に皇后)は、パパ・道長から紫式部や和泉式部などなど、きら星のような才女たちを女房として集めてもらいながらも、徹底的に意識して「地味さ」を貫きました。そこには権力をカサに、やりたいことをやりたいようにする横暴な父親・道長への愛憎があったわけで(道長のおそれをしらぬ態度については、お配りした拙著「ドラマティック百人一首」の三条院の和歌のあたりもご覧下さい)、



逆に彰子の関心・尊敬は、己の信じる正義のためならば、道長に対してでも批判的な態度を貫ける藤原実資(さねすけ)など、学者肌のきまじめな人物にむかっていきました。



当時から尊敬されていた学者であり、有能な政治家でもあった藤原実資の日記「小右記(しょうゆうき・おうき)」を見ていると、彼が夜勤を連発、早朝からも平気でバリバリと働き(暦における不吉な、物忌みの日が、いわば休日扱い)、遊んでばかりいる軟弱なお公家さんのイメージを覆す忙しさで動き回っていたことがわかります。



またそんな実資と自分の主人・女主人とのあいだを取り持つ女房たちの仕事も、また現在でいえば新聞社や緊急病院に勤めるスタッフのように深夜早朝をとわず、24時間体制で(寝てるひとは寝てるんでしょうけど)動いていた・・・というようなことも見えてくるわけです。



会場でも少しだけお話した&お配りしたプリント内にも触れた、清少納言の健康に関する発言についての”筆者の再発見”はこちらもどうぞ







一方、「更級日記」の菅原孝標女が演出なしで描いた女房ライフは地味、残念女子そのものです

それだけでなく、苦労しながらも新しい生活を手に入れようと苦戦中の娘のチャレンジ精神を、親が「アノ子にはアノ子らしさがある」とかなんとかの理由でしょうか、先回って潰してしまう様なども描かれます。

誰の手助けも借りずに才能が丸見えになっている人ならともかく、みんな試行錯誤の中で好きなこと・才能あるジャンルを見つけていくわけなのに、こういうことをされても…。何時の時代も女性の抱える職場の悩み、家庭の悩み、親との関係…には微妙に共通するところがあるんですね。



また、遊女といえば非常に限定された性的産業の女性というようなイメージがあるかもしれませんが、平安時代中期以降、女性が人前に姿や顔を見せることを恥ずかしがるようになると、遊女=フリーランスの(芸能関係)女官が必要とされ、芸能のプロとしての遊女像が確立されていったのでした。遊女たちは基本的に女性をリーダーとする集団を結成し、各地に定住/漂泊していたようです。



さて、百人一首は藤原定家が、裕福な(”武士”というより、当時のことですから軍事貴族といったほうがいい)親族・宇都宮家の頼みで編纂したものです。そこには万葉・奈良時代から定家が生きた平安時代後期(院政時代)までの名歌人たちの作品が選ばれています。



和歌という文学は、古代~中世ではテーマにそって詠まれる=題詠ことも多く、一説にはそれが大半だったとも言いますが、なにぶん三十一文字で全てを読み切る瞬発力には実感が必要です。

定家の恋人説もあり(否定されてはいますが)、実際に定家の父・俊成の弟子でもあった(つまり定家にとっては姉弟子だった)式子内親王の和歌「玉の緒よ・・・」も実は、文学史的には男性の気持ちになりきって、「忍恋」というテーマで詠まれた・・・というのが「ただしい」のです。

が、やはりあの歌に漂う切迫したしらべは、斎院として青春時代を過ごし、その後も生涯を独身でいきるべき、いきたほうがよいという運命を生きざるをえなかった皇女としての彼女の人生観が感じられるのです。



そういう文字と文字の間を想像の翼をひろげ、よみとっていくと、文学は魂のタイムカプセルになりますね・・・
というようなところでまとめさせていただいた・・・・・・気がします。



以上のような内容を二時間にわたり、ツラツラとお話してきましたが、実は……何を具体的に話すかはすこしは決めていたのですが、どういう風な順番で話すかなどは完全ノープラン、ノー台本、会場の雰囲気や皆様の反応次第で調えていきました。ですので、内容や表現がいちぶマニアックになりすぎてるかな、と思われる部分もあったかもしれません・・・・・。



しかし、みなさまに書いていただいたアンケートを拝見したところ、たくさんの感想を熱心に書いていただいたことを知り、とても嬉しかったです。また、みなさんが集中して聞いてくださったおかげで、非常にお話もしやすかったです!



動画などもそのうち編集して(いちおう、音声だけでも完全に撮れてるっぽいので)、YOUTUBEなどにUPできたら・・・とおもっております。



それではまた皆様、どこかでお会いできることを楽しみにしております!!



by horiehiroki | 2016-02-14 12:22 | 仕事 | Comments(0)

小説は(現時点で決められてる一行あたりの文字数、一ページあたりの行数で考えると)
だいたい200ページくらいになりそうです。
いちおう解題も自分で書くはずなんですけど。
ページというのは、原稿用紙に換算するともう少し多目になりそうですが。

長編小説を書いていて気付くことがありました。
中編までの規模ならともかく、
長編小説を書いていく行為は、
「完成したビジョン」がないと出来ないということ。

日々の創作は、その「完成品」を、ダウンロードしているイメージです。
逆説的にいえば、書く前に完成していなければならない。
音楽でいえば推敲を繰り返したベートーヴェンとそうではなかった、とされることがおおいモーツァルトは対比されるけど、ホントの話、二人は同じことをしてるに過ぎないんです。
つまり書く前に出来上がってるビジョンをいかに正確に文字にできるか、なんですね。その時の方法が多少違うだけ。あと時代が微妙にちがうぶん、音楽というものに求められる価値が異なった。ただそれだけのことなんだって気付きましたよ。

・・・・で面白いことに、小説って人間にとってもっとも身近な言葉というものをつかった芸術だから、誰でも読んだり、批評が出来る。

長編小説の”ただしい批評”は、自分もその規模の作品を起承転結いれて作りうる人間にしか、無理なんだということもなんとなくわかりました。

大河ドラマの批評も、あれを書いたものにしか無理なんでしょうね。
ぼくも色々、スタミナ切れだのなんだのツラツラ言ってきましたが、反省します(w


さて、じゃあどうやって作家は書いていけるのか。
それはペースを掴むことです。

自分の場合は、とにかく「ココまで!」って流れがあるので、
それを一日の中で必ず終わらせるようにしてます。
というかほんとに試行錯誤の連続なんですけども


それに、作家それぞれの個性が出るんです。

たとえば谷崎潤一郎は、みずから贅沢な食生活に興じたり、
夫人の松子さんの着物を選んだり、若い女の子の言いなりになる自分を演じて楽しんだり・・・ああいうのがすべて彼の創作の源・・・どころか、文字を書かせる原動力なんだと感じます。
一方、村上春樹なんかは、作品が完成するまでの毎日毎日、短くない時間を作品のために費やし、ノンストップで積み上げるようにして作品を仕上げていくそうですな。
マラソンとか登山みたいな感じ。
当然、ものすごく疲れます。
そのための体力気力を温存するため、村上は走ったり泳いだり、身体を鍛えて精神を集中させ続けるポテンシャルを維持している、と。さらには文壇付き合いもほとんどしない。それは自分のペースが乱れる事が、作品作りにとって致命的だからでしょうね。ほんとにマラソンとか登山みたいな感じ。

谷崎にくらべると素晴らしくストイックだけど、それが彼が文字を紡ぐにあたっての条件なんでしょう。
コアな小説家志望の人以外、長編を、出版の当てもなく書くという行為はなかなか無いかもしれませんが、あれを書いてみると、創作とは何ぞや、と非常に良く理解できる気がします。
創作の条件は作家の数だけあるとおもうんです。

この前、北村有起哉さんが井上ひさしを演じた「劇作家・井上ひさし 誕生の物語」というのがあって(画像・下)

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おそるべき形態模写だったんですけど。

この人はとにかく、書斎にこもって、タバコをふかして「狂気が降りてくるのを待つ」。
でもそれ以前に徹底的なリサーチを行い(一日何冊も本を読んだのは有名)、家族には「これら資料の本を一週間で読んで、ヘンだとおもったところに付箋をつけて!」と頼んだり。
面白いじゃなくて、ヘンなところに注目して、そこから描こうとしてる人物(たとえば歴史上の人)のツボを見つけるまで、決して書けないって姿勢を貫いてました。
で、まぁよく言われてるように、奥さんに対しても手が出てました(苦笑 (殴り返されてましたけど 

そのツボがわかればすごく早いんだけど、それが分からない限り、まったく書けないっていうんです。
このドラマの演技では、井上ひさしはちょっと口べたで、頭はきれるんだけど、それを上手く伝えられない・・・なんて人物で、だから手が出るんですけども。
実物が出てきてインタビューに答える姿は非常にトツトツとした感じはあるけど、たぶんに雄弁で、しかも話がおもしろく、このひとは絶対に小説を書けるなってしゃべり方するんです。
よく話が面白い人は小説書きに向いているっていいますよね。まぁその典型。
でもその人が書けない・・・というのは、すべてがすべて明るく照らし出されていなくてはならない、という井上さん流のスイッチがあるからなんだろなーと痛感した次第です。

いや、書けない!って白紙の原稿用紙をまえに悩むのも一興ですが、
手を動かしてればいいのにねーって僕も思ってました。
エッセイだとそれができるんです。
でもね、小説、戯曲、その類だと難しいんですよ。

恐ろしいことに、完成品に何か、人為的な理由で
(全体では○○ページにしないと、とか)
付け加えよう、減らそう・・・ということをしようとしても、
無理だってことがこのたび自分の例ですごくよくわかりました。
それで、そういう計算をすべてすてて、プロットで作り上げた筋のとおりに
筆を進めると、要るところには要るだけ、文が作られていくんです。

新人賞の類が150枚以上、300枚以内って
ものすごくアバウトに決められてたりするのは、
ようするに小説とはそういうメディアだから。

テーマやプロットの時点で、必要な枚数はある程度決定されている。
それを動かすことは(=水増し、あるいはカットすることは)出来ない。
出来ても作品のクオリティは一気にさがります。
ちょうどピアノを弾くことは音の意思を実現させてやることだ。
こう響きたいって音が言ってることを守ってやることだ・・・なんて
いいますけど、文章もそのとおりなんです

つまり完成された何かを、わたしたちは文字にして、
もういちど完成させているだけなんですね

井上さんは、「頭痛肩こり樋口一葉」の第一稿を
構造の致命的欠陥を理由に破棄したそうですが
それもすごくよくわかった。

ちなみに「頭痛~」は初演の1週間前、
脚本がようやく出来たみたいだけど、
これだ!って思ったらその後は
火のつく勢いで書かれたみたい。
これまで、遅筆遅筆ってよくいわれるから
あの流れるよな劇の構成を、どうやったら
滞りながら書けたんだろう…って思ったけど、
書かないってことも遅筆のウチに入るんですねー。



そして新人賞ですけど、一説に応募されてくる作品の9割が、規定の文字数を守れていない(たぶん足りてないんでしょう)。
話が終わっていない。とかそういう感じらしい。
漫画の場合は、その32ページだかの枚数で作品を入れられないって人が一杯らしいですわ。やたらと世界観だけが巨大化してて。でも構造のない世界だから、ふわふわで文字にも絵にもまとめられないだけっていうね!

作品を完成させられるって時点で、あなたのライバルは相当数減ってるみたいですねw


by horiehiroki | 2013-12-27 14:39 | 仕事 | Comments(0)

小説執筆中・・・

12月ってやっぱ出版業界、荒れてるんでしょうか。

11月あたりまでバタバターって話がいっぱいあって、それにレスを返して、今は向こうからの投げてくる反応を待ってるんだけど、年末という大きな関所が(サラリーマンとしての編集者には)あるらしく。

どうせ色々書いたりしつづけなければならない作家としては、ああめんどくさい。
それに尽きるのが年末です。

めんどくさといえば、あまりの乾燥がつづき、わたくし、鼻の粘膜が二回も切れました。キレ癖がついています。こわいこわい。

てかみなさん、みなさん

知ってました? おせちって、かならず、自宅でたべなきゃ意味が薄れるんですって。田舎の実家で食べても意味がないんですって!!!!!!

おせちって重箱に盛りつけなくてもよくて、奇数、皿に載せるだけでいいんだって。かずのこ、くろまめ、ゴボウ、とか。かまぼことか。

それ、ほぼ既製品で大丈夫的な(ボソ

以上、ポストに投函されてるこの前の「産経リビング」の知識からでした




ホントはおくらなきゃいけないデータなどもあるんだけど、ついつい小説を進めていってます。


テーマは殉死です(w
わりと、ほも です。


キャラが動くって感覚、おもしろいですね。
ノンフィクション+αでいつもはエッセイ書いてるんだけど、
それにはない。
歴史上のモデルはいますが、キャラ自体は創りものですから、
生きています。
そのヒトたちが動くにまかせて小説は進んでいってる。


八重の桜、キレイに終わりましたねー。
最終シーンはあのロケの時に録画されてたもんなんでしょうか。
また近々書こうとおもいます。
八重の桜で山口・鹿児島がケチョンケチョンだったぶん、
再来年の大河では今度は徳川とか会津がケチョンケチョンにされるんだろうか。
バリバリの朝ドラ大河を目指してるのであろうことが、キャスティングからも伺えます。

来年の黒田官兵衛ドラマの予告もはじめてみましたけど、竹中直人が案の定、実に濃いですね。

あの方、スタジオとかですれ違ったときは、けっこう細くてダンディでオシャレな感じなんですけど、夢見のわるそうな秀吉です。

たぶん秀吉と官兵衛のドラマになると想うんですよね。


赤い衣のえらそうな坊さんがうつってたけど、あれは足利家のヒトであろうか。


再来年の大河の情報も公開されましたよね。

無名(ヒロイン)を使うこと=主人公なのにどうしても傍観者になってしまうから、個人的にはヤバイ気がしてなりませぬ。

いくら有名でも、歴史的データに空白の多い人物を使うこと(例・清盛)が、キャラが定まらないってことでヤバかったみたいに。

むかしは大将その人のドラマをやったじゃないですか。
信長、とか。
でもさいきんは、男性主人公も軍師とか、スタッフ枠を主人公にすることのほうが多い。でもそれと無名ヒロインってのは別じゃない?


松陰先生の妹、というのはいいんだけど、吉田松陰も、久坂玄瑞も、有名所はとっとと亡くなってしまいますからねぇ。なんか迷走してる気がする。大河ウォッチャーとしては、迷走してるといわざるをえない。

男性と女性を交互に主人公にせねばならない、というルールはかなり過酷だろうなぁと思えてならんのでございますよ!

それにくらべると、朝ドラの時代物はすごく自由だなあと思えてなりませんのや。「あまちゃん」みたいな現代物もよろしいですけど、朝ドラは明治大正昭和。この時代を扱ってキラキラ輝く気がします。
「ごちそうさん」もずーっと見てますけど、みんなの演技のアンサンブルがいいですよね。
それにしてもかづえさん、嫁いだのにはビックリした。
かづえさんが不在で浮いたギャランティ分の代わりに、関東大震災で東京のみなさんが転がり込んでくるんだろか(いやらしいおとなのかんてん


そしてまったくブログ更新もしなくてごめんなさい(汗
それなのに見に来てくださってて嬉しいです。

これから気を引き締めて頑張ります。


by horiehiroki | 2013-12-17 08:18 | 仕事 | Comments(0)

いろんな仕事が。

来年は、小説書くかもしれません・・・・・・。

忙しくて八重さんレビューどころじゃなくなっちゃって

グッバイまた会いましょう状態ですが

おゆるしくだされ汗

by horiehiroki | 2013-11-30 01:43 | 仕事 | Comments(0)

急にバタバタと



書籍化にむけ原稿作業中ですー!
タイトルも決めていかねばなりません。

タイトルって難しいね。

図書館で

「ロマンティックな旅へ アメリカ編」

って借りてきたんですけど、アメリカの話のほうが少なかった(w



by horiehiroki | 2013-11-19 01:27 | 仕事 | Comments(0)

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「うたもゑ」でお世話になった芳文社さんを初訪問してきました!

目下のお目当ては社屋の見学・・・

ハッキリいうと


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10月末公開のまどマギ(劇場版)特製イラストの拝見することでございました\(^o^)/

・・・なんですが、これを撮影してると、駅の近くだし東京ドームも近いもので、
各種搬入物を滑車に載せて運んでる人から
ものっっすごく白い目で見られるのだ。

いや、まどマギもあったけど、水戸様ゆかりの後楽園の近辺(江戸の知名でいうと江戸川町)などを自分の足で歩いてみたかったり。大名庭園の場合、とにかく大きな川を水源にし、傾斜地に庭園をつくることが多かったんですけど、想像以上にあのあたりの地形は平坦でした。・・・というか後楽園自体が今の規模の何倍もあったから、別に人間の足で10-15分ほど歩いてまるで平坦であることくらい、関係なかったのかも。

また、水辺ゆかりの諏訪神社が昔も今もあったりするようです(見つけられなかった・・・)。昭和中期ごろまでは、諏訪町という知名にもその名が掲げてあったそうな。

それにしても山手線のうち側って独特の華やかな空気がありますよね~


気を取り直し(w、芳文社のロビーに入らせていただきました。

中は軽く昭和テイストを残しつつも、ぴかぴかです

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白と赤の椅子がかわいい(奥のほうにみえる看板は、まるなま百号記念のレアものです)

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そして、この本社ビルの某階には通称・けいおん!カフェなるものがありますw
編集部あるいはロビーでの打ち合わせは堅苦しいのですが、ここならリラックスして打ち合わせできそうです。
他の編集部の方が作家さんとの打ち合わせに使っておられました。

白いビニール膜は、大通りにメンしてるので遮音にかなりやくだってます。
消防法的な関係で、ジップとかファスナーがついていて、窓のように開けることができるんですな。

開くとJRAなんかの黄色いビルが”御簾ごし”に見えるかんじでした。

これは「うたもゑ」などの企画を持ちかけてくださったNさんのアイデアで生まれた場なんだそうです。
コーヒーなどにくわえ、抹茶もセルフで飲めます(※打ち合わせの人のみ利用可※)

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エアコンも完備。
漫画の持ち込みしたらココを使えるかもしれません。

さて、その後はムーミンカフェに移動・・・

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北欧文化が結構スキでして、トーベ・ヤンソンさん本人が監修したパペット・アニメーション(岸田今日子が全員の声を担当)も持ってたりするわけですよ。

こちらは小さなテーマパークといった模様で見た目もかわいいし、こういうぬいぐるみを
スタッフの方が「ミィちゃんが遊びにきてくれました!」とかいって椅子に置いてくれたりします。
帽子はムーミンパパのシルクハットだとおもうんですが、近くのテーブルの上にあったのでかぶせてみました。
案外似合う(w

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で、ニョロニョロ。フィンランド名なんだったけ・・・。
これは表面にこまかい毛がビッシリとはえていて、こういうのを触りながら打ち合わせするのは乙なものです。
ネコカフェ的な何かかな・・・

ちなみにこれ、イギリスの近衛兵の帽子みたいにかぶることができます(w

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ハロウインの季節なので室内のしつらえもオシャレ

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特製マグカップがお土産にもらえるムース(味は日替わり)と、ノルウェー王室御用達で、ノーベル賞のパーティの会食後にも出されるという紅茶をいただきました。
この紅茶、アイスにしてもすごく美味しい。ヤグルマソウの花の香りが効いていましたね。

ちょっと環境を変えたからか、いろんなアイデアが打ち合わせでは出まして、新しい企画が動き出しそうです。
by horiehiroki | 2013-10-11 07:58 | 仕事 | Comments(0)

発売中のFRIDAYに



発売中のFRIDAY(2月8日号、講談社)に

1月ドラマ 「見どころ&撮影ウラ話」教えます

っていう記事で(コメントが)出てます!

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表紙はこちら。

ちなみにFRIDAYってことで、ただのドラマの感想だけじゃなくて、撮影ウラ話が入ってて、これがおもろい(w

あと、取材されたヒトたちの採点が平均された、ドラマの「見るべき度」ですね。



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本日の夜行観覧車の第二回目。

ひばりヶ丘に(むりくり)馴染もうとする、鈴木京香演じる主婦のメイクが激変。
世間のかんがえる「鈴木京香」に近付いてきた。アイメイク(マスカラ)が鈴木顔のポイントなんだなって。


しかし、今回もいろんなトコに配慮が足りてない。

娘にああいうコト、言うか? とも思った。被害者面する隠れ加害者。
それにしても娘さん、ムダに元気やなぁ・・・って思ったり。十代のパワーってああいう感じっすかねー()
そして女のテリトリー争いはホント熾烈ですね(w


てゆうかーてゆうかー ご祝儀の相場の「1」が「10」の世界ってすごいな(w

家を買うまでって、誰しもが鈴木京香のポジションで、家を買ったらとたんに夏木マリみたいになるんだよね……ここらへんはリアル。口には出さないけど。

以上、アンコウ鍋食べながら見てましたw

昨日も、ご飯のあとはバウムクーヘンに紅茶をお供として「最高の離婚」第三回目を見てたり。親は瑛太が演じる男が「鑑賞に堪えないほどクズすぎる」って理由で、もう見ないそうで食後、二階に上がってしまいました(w

真木よう子のモノローグ(独白)なっげーー!!!

親がわすれていったミネラルウォーターのビンを二階まで届けて、一階に帰ってきてもまだまだ続いてるし!!!!

でもおかげで肝心のトコは聞けました。

生きるための糧だった音楽を、恋人に「花柄の便器カバーみたい」・・・・・・・って言われたら、もう、ダメだよね。

てゆうーーーか、花柄の便器カバーって! 

脚本家がこれまで受けてきた心の傷が反映されてるような気がしてなりませぬ(笑

自分が知ってる自覚症状なきクズ男は、他人の趣味にはそういうこと言うんだけど、自分の趣味(のドラマとか本とか)には涙ダラダラ流して反応するんだよね。

しかも反応する範囲がものすごくせっっまい。

その反応範囲も、全部ヒトが考えた「○○系」でくくれるもんが好きだったりする。アマゾンの「これもおすすめ」、全部買ってまうんやろ、的な。

ほんとに男がクズだらけで凄いドラマだなっておもう。
by horiehiroki | 2013-01-26 01:01 | 仕事 | Comments(0)

なまえ

芳文社で連載してる、 「うたもゑ」ですが、いわゆる「貴人」しか出てこないマンガなんですね(近日、「うたもゑ」の単行本発売日などについて、正式にアナウンスできると思います)


「清盛」では、即位した瞬間から○○天皇と呼んでるし、
女性の場合も、璋子さまだの、得子さまだの、諱(いみな)で
呼びかけていました。

すくなくとも○○天皇というのは、…後○○天皇という場合以外、
ちょっとありえません。

あと貴人の女性の場合も、とくに目下ないし身内以外から呼ばれるときも、すくなくとも昔の語感でいうと、○○子様 というのはないんだろうなぁ、と。中宮様とか、そういう感じだと思うんです。

ただし、とくに女性の場合は……いわゆる初名(しょめい)という家族から呼ばれていた名前がベースになって諱が生まれてる例が、たとえばお江の(生前の)諱が江子だったりする戦国/江戸(近世)以前から、ちょくちょくあるよう……な感覚が。

たとえば、頼長さんのお姉さん(異母姉)の諱は泰子っていうんですけれど、初名の時点で勲子(やすこ)でした。

ちなみにこの泰子さん(とあえて呼ぶ)は、鳥羽さん(とあえて呼ぶ)の「正妻」としては少々格下のファミリー出身ですので、得子さんのうんだ内親王の養母として、鳥羽さんに入内。


当時の年齢で30代後半という彼女は得子さんのうんだ鳥羽の娘の養母になるためだけに、皇后の位を得てる(=中宮の璋子さんを退けて)・・・・・んですね。

大河には出てこなかった・・・きがする・・・・・・・けど

ここらへんはもっと事例をあつめて研究してみるべきではあるんですが。


江戸城の大奥とかでは、将軍と御台所が「わたし」 と「あなた」で呼び合っていたとか、あるいは公の場で、家臣が「上様!!」と呼ぶことはなかった、というような証言を「旧事諮問録」だったかで、読んだことがあります。


また、上様と呼びかけるではなく、その場にいて敬語を使われるべきなのはその人オンリーだから、敬語で敬意を示す、感じる・・・というような感覚でしょうか。

ちなみに 将軍 については、大樹 なんて言葉で文章には書きます。これは室町幕府、義満の時代の公家の日記から、和宮さんのお側の人がかいた日記まで、共通。将軍様というのは北朝鮮の語法です。


いまとはちょっと、というか、かなり違う。

名前を呼ぶ、という行為は現在の日本語では会話の中心になってるけれど、これも維新後、相手の名前をしきりに呼ぶ習慣がある西洋の文化・話法が日本語の中に取り入れられ、現代の「美智子さま」とか「雅子さま」という手合いの呼称にまで発展していったんじゃないかなあ・・・。
マスコミでも「○○子さま」っていう呼称が定着してますよね。ときどきそれはおかしい、なんて書かれてますが。

大学の頃だったか、ぐうぜん機会があり皇后陛下とお話をしたことがありました。そのとき美智子さまといってしまって、親に報告すると「皇后陛下とよぶべきであった」と注意されました。親の世代はそういう語感がついてないみたいです。



ーーーーというようなことをつらつらと考えます。歴史系の漫画の場合、きほんはエンタメ漫画とはいえ、原案のひとは考えたり勉強する機会は多いのです。
そして、これもいっとくべきですが、われわれが感じるリアルさ と 真実 は重ならないことも多いです。
by horiehiroki | 2012-12-08 07:04 | 仕事 | Comments(0)

早稲田へ

今日は母校の早稲田大・戸山キャンパスをひさしぶりに訪問。

レビューを書いた映画「マリー・アントワネットに別れをつげて」の記事に掲載するための著者写真撮影と、早稲田大でお世話になった小沼純一先生の授業に飛び入りで参加してきましたー。

たぶん、あんまり望まれてないのに、けっこう喋ったような(笑


※「マリー・アントワネットに別れをつげて」などのレビューは、マガジンハウスの「クロワッサン」(12月10日発売号)に掲載されます


今日お邪魔したのは、文芸・ジャーナリズム論系の授業だったのですね。

小沼先生は「オーケストラ再入門」という新書を上梓されたので、マガハのTさんによる著者インタビューを公開取材というかたちでおこない、出版業界をめざされてる生徒さんの参考にしてもらえれば……という願いがこめられたクラスでした。

インタビュー内容は同じくマガジンハウスの「クロワッサン」に(近日中に)掲載されるみたいです。

あと、クロワッサンのフェイスブックに会の記事や写真があがるかも。

小沼先生には非常にご無沙汰になってしまったんですけども、拙著のあたらしい「源氏物語」の教科書を読んでくださってたり、嬉しかったです。


早稲田の通称:(元?)文キャンもかわったなぁと思いました。


(あいかわらず工事現場だらけですけど)

いまや自分が卒業した第一文学部とか◎◎学部という括りは存在せず、「◎◎論系」などのザツクリしたセクションがある様子。

それに後輩っていっても、もう13、4歳も年下の人々で、ぼくがいたころとは多少違う雰囲気でしたね。

クラスの中でも他のメンバーを主導する生徒さんがいたり。

そして、授業中に寝る人もおらず、退屈そうな顔も見せず(笑

えらい。

たいそう折り目正しいかんじでした。

オーケストラというと、どうしても西洋古典音楽のアレを想像する方がおおいかもしれませんが、今回の小沼さんのご本は、いわゆるオーケストラ(西洋古典音楽のアレ)から、ジャズのオーケストラ、イエローマジックオーケストラ(YMO)などのバンド、さらには雅楽やガムランなどにも言及。

あ、バンドって小型オーケストラっていう意味でしたよね。原義的には。

美学的なことをお話したりもしました。
楽しかったですね。
by horiehiroki | 2012-10-23 00:27 | 仕事 | Comments(0)