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蜻蛉日記

今日は、恒例の図書館めぐりのほか、どんだけ偉人伝の原稿と、乙女の世界史の準備、そしてヒトメボっていうサイトで掲載される次のコラムの原稿確認なんかをしていました。いそがしいなーぁ
次、じゃないか。次の次ですね。
次は、「プロポーズの文化史」で、その次は「蜻蛉日記について(女の嫉妬シリーズ)」、とかですね。
また掲載日が決まったらお話します。

______

昨日、ちょっと色々書いたんですけど、
1500万と60万の制作費の違いなら
どちらが優れた作品が出来やすいかということの
直接の答えではないけれど、
歴史を振り返るかぎり
豊かな時代が豊かなヒトと文化を育ててきた
この事実はどうやっても否定できないなぁ・・・
by horiehiroki | 2012-06-26 03:45 | 日々 | Comments(0)

アウラなき時代の芸術


今日、この前の「ら・ら・ら クラシック」という番組で
はじめて知った宮田大さんという、
優れたチェロ奏者のCDを聞いていました。

CDを装置に入れて、再生スイッチをおすと、
ステレオから臨場感ある音色が流れ出して、
ビックリしました。
去年のCDですが、録音技術者の腕前や、
テクノロジーの進歩はものすごいものだと
感心しました。

そして、次のようなことを思い出していました。

ある60代の音楽プロデューサー氏が、
自分のブログに次のようなことを
書いておられたそうです

うろおぼえですが、

「CDを1枚製作するために、これまでだと
1500万くらいの予算があった。
しかし、最近は60万でなんとかするように言われる。
それではとても”真面目な音楽づくり”ができない。
音楽を続けるべきか、自分は悩むようになった」

それをよんだ、あるヒトが

「そんな製作態度は老害そのもの」

と噛みつきました。

その噛みついたヒトいわく、その音楽プロデューサーさんが
真面目な音楽づくりに金が必要という態度はけしからん、と。

現在ではことさらに設備投資に金をかけなくても、
誰でもフツーに手に入るパソコンと
ソフトでなんとかなる…などなどの発言もあったようです。

これに基づいて、さらに思い出すことがあります。

それは、日本の浜松市楽器博物館に所蔵されている、
通称・”ブランシェのチェンバロ”についてです。

”ブランシェのチェンバロ”とは、
チェンバロの名製作者だった
18世紀のフランソワ・エティエンヌ・ブランシェ2世
という職人の手による歴史的なチェンバロで
ヴェルサイユ宮殿などにも置かれていた(らしい)楽器のこと。
この楽器が浜松市にある理由や、
楽器そのものについては、こちらをご覧いただくとして、

最近は、ローランドの電子チェンバロなんかも
ものすごくイイ音を出すようになってるんですよね。

たとえば、この電子チェンバロが、
もっともっとよくなって、99%、
ブランシェのチェンバロの音色を摸倣できたとする。

しかし、そのブランシェのチェンバロの摸倣がそこまで
出来たとして、ブランシェのチェンバロ
そのものの価値は失われることはないんですね。

まさにそれは、唯一無比のアウラゆえだといえます。

話が、(音楽の)複製芸術について、に戻りますが、
私見ですが、音楽がデーターの一つとして
扱われるようになった時点で、
この手の問題は確実に生じてきただろうなぁ、と。

もともと1930年代に、ドイツの哲学者のベンヤミンは
当時、出回りはじめたレコードや、印刷などの”複製芸術”と、
”(オリジナル)芸術”の違いについて本を書いてますよね

”優れた芸術作品を前にして人が経験するであろう畏怖や
崇敬の感覚を指して「アウラ」という語を用いた”

ってウィキにはあるけど、この優れた芸術作品イコール絵画なら
オリジナルであり、音楽なら生演奏というところでしょうか。

興味深いのは、複製芸術の技術が発達した現在ほど、
CDは売れなくなり、ライブにのみ集客するという現実があること。

CDを友だちから借りても、
しょせんは(劣化させて)テープに落とすしかなかった
90年代くらいが、クラシック、ポップスとわず、
アートとコマーシャリズムとテクノロジーの
三角関係最高の蜜月だったんだろうなーーー…と思います。

最近はCDからCDを作ることができる。
しかも複製に複製を重ねても、
芸術=音楽=データ自体は劣化しない。
そこには、もはや、アウラもへったくれもないのですね。

芸術は、とくに(複製)音楽は
どんどんアウラを削ぎ落とされていってる。
アウラのない芸術にヒトはお金を落とさない。
そこに畏怖の念などないからです。

音楽=データにしてしまった、(複製技術による)音楽産業は、
みずからの手で、解体されてしまったんだと思うわけです。

書籍の世界も、他人事ではありません。
悪い言葉でいうと粗製濫造されて、ぽんぽん点数を
出さざるを得ない今の状況については、
やはり考えないとダメですね。

さてさて、これからどうなるか。
by horiehiroki | 2012-06-25 00:34 | 日々 | Comments(0)



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キス=「おさしみ」。妙にリアルで艶めかしい、恋愛・性にまつわる遊女たちの隠語辞典


取材協力しました!

内容がエロくなりすぎたので、
公開前に一部、改訂されたり・・・
いろんな過程をへての公開です。

おもしろかったです(笑


サイトに出てくる、”平安時代、紀貫之の『土佐日記』の中に初めて『口を吸う』という言葉が登場しました”、という辺りを補足しておくと、口をのみぞ吸う、みたいな表現なんです。

原文では。


(その場にいない、好きな女性に見立てて)お魚の口を吸うしかない、
的なエロ哀しい光景なんですけど。

画像は歌舞伎「助六」に出てくる、カリスマ遊女・揚巻(あげまき)。
女形の役者さんのブロマイドみたいなモノですね!
by horiehiroki | 2012-06-22 06:59 | お知らせ | Comments(0)

平清盛(17)


_____________

◇◇◇堀江宏樹の新刊もよろしくおねがいしまーす◇◇◇

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百人一首 うたもゑ

(日本じゃ)世界三大美人なんていわれてる小野小町。でもずっとモテる、恋をし続けるということは、あるいみ「たったひとりの誰か」に出逢えてないってことなんです。平安時代、百人一首に収められた歌人たちの歌をベースに展開する、絵空事ではないリアルにして美麗な恋愛絵巻まんがですー。

藩擬人化まんが 葵学園


大河ドラマでもそうですけど、江戸時代はなぜ「ああいう社会」なのか? なんで現在でも県民性は「ああいう風」に存在してるのか? …みたいなことが漫画+文でザックリと理解できます☆

______________
「清盛の大一番」(第24回)は、ついに崇徳上皇が
讃岐の国に流されてしまうシーンから始まります。

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それを見送る(崇徳にとっては”唯一の友”だった)西行

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瀬を速み・・・の和歌が効果的に引用されてました。

割れてもすへにあわんとぞおもふ

二人は再会できたのでしょうか?

それから、ずっとコメントしわすれてた、
常磐御前(義経の母)と、由良の方(頼朝の母)の
関係についても触れたいですね

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由良さんが、どうしても、
武家の正妻としての立場でしか
義朝を愛せないのに対し、
常磐は第二夫人として素直に
愛することが出来るんですよね。



由良は義朝の気持ちよりも、源氏の統領の
正妻として正しいことしかできない。
常磐は、自分が愛する男・義朝の
気持ちに寄り添うことができる。
そして、義朝はいっそう常磐に
傾倒していくんですが・・・。

朝敵となった為義(小日向文世)を処刑せよ
という朝廷からの命令を拒めなかった義朝

そもそもその原因となったのは、逃げていた為義を
由良が連れてきたからだという思いに義朝が
囚われているからなんですね。

保元の乱の功績をかわれて
義朝は宮中に昇殿をゆるされる、
殿上人となることが出来たんですが。

今回は由良がついに倒れてしまうシーン
があり、気になりました。

自分が正しくあろうとすればするほど、
夫の愛が離れていってしまう、
そんな由良が不憫でなりませぬ。

正妻といえば、この人。
時子さんも妹に一門のために生きる覚悟をせよ!と、
ずいぶんまともに成長してしまいました(笑

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ココでもあくまでナチュラルな演技の
成海璃子さんと、
コテコテ(失敬)の後白河こと
松田翔太さんがどういうふうに絡むのか・・・

ここで思い出すのが、
1930年代、世界中をおどろかせた
イギリス国王・エドワード8世の
王冠を賭けた恋です。


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恋愛に落ちた時は人妻であり、けっきょく、
二度の離婚を経験したシンプソン夫人(当時)こと
ウォリスと、エドワードは熱烈な恋におちるんだけれど、

ウォリスという女をエドワードが意識したのは
すでに最初の会話でのやり取りからでした。

ウォリスはアメリカ生まれなんですが、
「暖房が普及してるアメリカにくらべて、
イギリスはそうでもない。
さぞやお寒く感じておられるでしょう」

と話しかけたエドワードに、ウォリスは

「殿下には失望しました。
イギリスの殿方はみなそうやって
話しかけるのですもの」

と、すげなく答えたのだそうで。

実はウォリスは、前々からエドワードのことを
ネラってたんですね。
ウォリスとエドワードが親しくなるとき、
エドワードはウォリスの女友達と恋愛していた。

女友達がイギリスを留守にするとき、
カレが浮気しないか見張ってて!とか
いわれたウォリスが彼女の不在を好機に
ここぞとばかりにエドワードを落とそうとし、
その時にカワされた最初の会話が
さっきのやりとりなんですね。

いつでもどこでもチヤホヤされる相手こそ、
意外な言葉を返すことで、はじめて印象に残るというもの・・・・・


とかいう話を思いだしたんですが、なるみりこ演じる滋子と
後白河のなれそめはどんなものか、これは期待ですな。

さて、今回は、信西入道に頼まれて、
鎮西(九州)の税金問題を視察しにいく清盛ご一行様の
姿がメインに描かれておりました。

この時の地図がハンパないインパクトだったので、ご紹介しようと思います(w


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まぁ・・・・ね・・・自分も地図には弱いので、この気持ち、よく分かるんですよね←
by horiehiroki | 2012-06-20 02:48 | 大河ドラマ | Comments(1)

平清盛(16)


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◇◇◇堀江宏樹の新刊もよろしくおねがいしまーす◇◇◇

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百人一首 うたもゑ

(日本じゃ)世界三大美人なんていわれてる小野小町。でもずっとモテる、恋をし続けるということは、あるいみ「たったひとりの誰か」に出逢えてないってことなんです。平安時代、百人一首に収められた歌人たちの歌をベースに展開する、絵空事ではないリアルにして美麗な恋愛絵巻まんがですー。

藩擬人化まんが 葵学園


大河ドラマでもそうですけど、江戸時代はなぜ「ああいう社会」なのか? なんで現在でも県民性は「ああいう風」に存在してるのか? …みたいなことが漫画+文でザックリと理解できます☆

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またもやご無沙汰の清盛レビューになってしましましたが、みなさんおかわりありませんでしたでしょうか。ドラマの中のみなさんはおかわり放題でございますね。
それをひきおこした保元の乱の周辺、楽しく拝見してました。



戦闘シーンでは、おそるべき弓を放つ化け物メイクみたいな
源為朝っていたじゃないですか。

「保元物語」には、あの怪力で放つ矢を見て、
誰も抵抗しなくなったと書いてあります(w

ドラマだから、色々と「お相手申す!」的な武者が出てきましたけど・・・


いろいろと面白い脚色がありましたね。

鳥羽院(三上博史)崩御のシーンあったじゃないですか。
これは真実かはわかりませんが、
実際に、崇徳上皇は鳥羽院の死に目にあうことが出来ず、
(鳥羽院が死後も崇徳に会うことを拒んでいたので)
ドラマのように嘆くより憤慨して戻ったとのことですねー。

第22回「勝利の代償」は特によかったと思います。

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崇徳さんも出家してしまい、流罪が決定してしまいましたから、
もうこの二人の姿を拝むことは難しいかもしれませんねー。

自分を棄てて、どこにでも逃げ行け

という決断を下す崇徳のシーンは正直グッとキマした。

そして「出家を、したい」という崇徳に、
お望みかなえてさしあげられません、
というシーン。最後まで名前が覚えられませんでしたが・・・(笑


出家といえば、最近の出家女性の髪型。
タマコさん(待賢門院)の場合は、尼削ぎ(あまそぎ)っていって、
肩くらいまでのセミロングになっていましたよね。

でも、池禅尼(清盛の母)とか↓のナリコさんというか、
美福門院さんは、いかにも尼でございますって感じになってます。

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これも「わかりやすさ」を重んじる、NHKのテコ入れなのかなーって思ってみてました。
みなさん、この人が出家したってわかんないのかな?
ちなみにこういう尼さんも当時からいましたが、髪を剃ってしまうのは、
長い髪を美しくたもつ経費がかかったから。つまり上流階級の出家女性は
髪をケアするスタッフがいますから、必ずしも
アイコニック(古)みたいになる必要はなかったわけです(w

あと、もののけ枠のひとがどんどんお亡くなりになっていっています。
鳥羽さん(ミカミさん)に続き、今度は頼長さんまで・・・・

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後白河を演じる、松田ショウタさんはさすがに熱演で、キマりまくってます。
ゾクゾクするのおお!!!!
とかいってますが、
・・・しょうじき、清盛さんがマトモになってしまい、すっかりおもしろぅない男になってる
昨今、彼の存在だけで、もののけ大河の大黒柱を支えることはできるんでしょうか??
今は、松雪泰子さんとか、前半部からの名キャストが熱演してくださってますが・・・。

大半のキャストが世代交代してしまった今、かなり不安になってきています。
確実にタマコさんが亡くなってから、業深さがドラマから消え、なんだか違う話になって
来てしまっていますしね。わかりやすい夫婦愛、親子愛、主従愛とかになってしまって。
ドラマも折り返し地点ですが、わかりやすいものを深く描くのは、
一番難しいんじゃないかとも思いますね

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ちなみに、後白河さんは、平家一門の滋子(なるみりこ)と熱烈な恋に落ちます。
これは分かりやすい熱愛ですよ(w
二人は、日本初のフルムーン旅行の経験者ではないでしょうか!
ウェーブヘアが野性的な女性として今回は描かれていますが・・・(80年代の浅野温子のイメイヂでしょうか)
平家の栄華は、後白河と滋子の蜜月に作られたんですけれども・・・
またそれは後でお話する機会もあるでしょう。

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そして、この人! この人! 藤原成親は
吉沢悠なんですね。

今頃、気付いてビックリしてる次第です(笑
親しみやすいスマイルが素敵なヒトでしたけど、
この手のお化粧が・・・似合ってる?(w

窪塚洋介とかにできなかったんでしょうか・・・

そうそう、一説には顔に矢がささるという瀕死の重傷を負った頼長に
父・忠実が会わなかったというのは史実です。
しかし、実際にもドラマのような煩悶が忠実の中にはあったでしょうね。
親としてではなく、貴族として必要なギリギリの決断だったと思います。
摂関家を守るために、彼は情を捨てざるをえませんでした。
ドラマでは、忠実の独白が泣けました

「どうして会うてやることなどできようか
もし、わしまで罪に問われることがあれば、摂関家は終わりぞ」

そしてドラマでは、頼長の魂が白いオウムに乗り移って
父の元に返ってくるというシーンがありました。
そして忠実が感情を爆発させ、号泣するというシーン。
白鳥になって、故郷の大和に旅立った
ヤマトタケルの最後を思わせるラストシーンでしたね。

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最後の最後として、頼長の詳細な日記(台記)が登場。

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子供が参議に昇った・・・という日の記録ですね。

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忠勤に励みなさい とか 
わたしが死んで恋しくなったら、子供たちよ、
朝廷に留まる私の魂に会いに来なさいという内容を、
頼長は実際に息子たちに訓戒したようです。

・・・というか、それまでは、狂気じみた悪役だったのが、
実はサジかげんをまちがえてはいるけど、本当はいい人、
みたいになってる描き方なのが、
視聴者としては「えっ?!っ」て感じでしたけど(笑

ちなみにあれ以外の部分は、吉沢悠と山本耕史の
男色のことがツラツラ書いてあるので
阿部サダヲは読んではいけません。

そうそう、忠実は一度は「棄てた」長男・忠通と懇意になっていきます。

でも、やっぱりその決断も、本当に辛いモノだったでしょうね。
親とはいえ、子供たちを平等に愛することは難しいことでしょうから・・・


信西さんも、「見えぬ太刀を振るって」がんばっていますが、
清盛のおじ様に平安時代、断絶していた死罪制度を復活させてまでの
厳罰をくだすなど、理想の実現を夢見たがために
ヒトに恨まれる道を歩まざるをえなくなっています。

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信西も最後の最後は切腹ですからね・・・
頼長さんもそうでしたが、理想を抱くだけでなく、その高邁な理想を実現しうる
立場に立つものは、その理想に殺されてしまうのが世の中の常なんでしょう。
理想は理想のままでなければならない。
by horiehiroki | 2012-06-17 04:41 | 大河ドラマ | Comments(0)

ピアノの歴史

音楽は自分にとってかけがいのない存在です。

最近は不愉快なことも多いのですが、夜明けにきく音楽はそんな自分の心に寄り添ってくれますね。

小倉貴久子さんの著書「カラー図解 ピアノの歴史」を読んでいます。


誰でもピアノの音色といえば、「あの音ね」と思い出せるほどだと思います。
しかし、ピアノがわれわれが想像する「あの音」になったのは、実はたかだか20世紀も後半になってから。

これ、たぶん19世紀か、20世紀はじめくらいのピアノだと思うんですが(弾かれてる曲はクラシックではないですが)・・・ずいぶんイメージ違うとおもいません? ピアノは弦を叩いて音を出すんだけど、中ー低音部あたりはギターみたいなコクのある音色です

それ以前のピアノは、「あの音」とはまったく違う楽器でした。
音が違うということは構造も違うということ。
たとえば、19世紀のショパンが喜んで弾いていたピアノ(プレイエル社のピアノ)は、鍵盤をいちど落として、音を鳴らすと、もう一度完全に元の位置に戻るまで、次の音が出せない作りになっていました。

・・・そもそも、そんなピアノってどんな音がしたんでしょう?

という疑問に写真と素敵な演奏が入ったCDとで答えてくれるのがこの本です。
小倉貴久子さんのことは、この古い時代のピアノによるショパンのCDで名前を知りました。
ベートーヴェンやシューベルト、モーツァルトの、そして彼らの時代に使われていた楽器による、小倉さんの演奏を聞いていると、いろんなインスピレーションがわいてきます。

ショパンはピアノの詩人ともよばれ、ロマンティックな作風で知られますね。現在のピアノの音色にぴったりだと思っていたんだけれど、19世紀のピアノで弾いても、・・・・最初はともかく、聞き続けていくと、そんなに違和感がない(小倉さんが才能のあるピアニストだからともいえるが)。

→小倉さんの演奏

一方、ベートーヴェンの曲は、今のわれわれが想像する「ベートーヴェンの音楽でございます」というような表情で弾くことは、すくなくとも昔のピアノでは不可能だと思いました。
これまで、何回か、19世紀はじめのピアノで弾いたベートーヴェンのCDを聞きましたが、あまり感心したことがなかったのですね。それは、今のベートーヴェンの像を、むりやり、19世紀はじめのピアノでも再現しようとしているから。

この演奏は、リストがピアノ用に編曲したベートーヴェンの英雄を、19世紀に活躍した、ピアノ製作者シュトライヒャーのピアノで弾いてしまってるという、意欲的な動画です。

これは1846年に出来たというピアノですから、1811年のリストが三十代のころ、名ピアニストとして人気を博してたときのピアノなんですが・・・・こういう音が、当時の人々がピアノの聞いて思い浮かべる音だったんですね・・・

えらくシンプルです。今のリストの演奏がいかにコッテリした味付けをされたものか、想像もつきません。

これとおなじようなことがベートーヴェンにもいえます。

「苦悩から歓喜へ」とか、哲学的とか、われわれが抱くベートーヴェンのイメージは、むしろ20世紀のピアノのためにあるんだなっておもいました。

この本に付属のCDできく、小倉さんの演奏によるベートーヴェンの「月光」は、すごく自由で、なおかつエッヂが効いた面白い演奏。かといって、精神性がないというわけではないんです。精神性のチャンネルが違うというか・・・・

モーツァルトの場合もそうなんですが、ショパンも、今、目の前にある楽器からいかに響きをうつくしく取り出すかに最大の関心があり、リストやベートーヴェンは、理想の響きを求めてやまなかったタイプの作曲家といえると思います。付属のCDを聞くかぎり、シューベルトは両者のちょうど中間くらい、かな。

まぁ、後者のあくなき(ムチャともいえる)理想探求心が19世紀を通じて、ピアノの進化に貢献したのですけれどね・・・
by horiehiroki | 2012-06-07 07:02 | 読書 | Comments(0)

救急車って・・・

先日のことです。

我が家は、家族が急病のため、救急車を呼ぶという
不幸なできごとがありました。

この記事は、そのときの消防署の対応を
ことさらに責めさいなむ目的で
書いているのではないことを最初にいっておきます。

しかし、救急車を呼ぶ際、注意すべき点として、自分が
これからも覚えておくべきこととして忘れないように
書くまでです。


そしてみなさんのご参考にもなるように、との
意味もありますね。

119に電話して、住所・氏名・症状を伝えただけでは、救急車は出動してくれません。

これは寝耳に水の事実でした。

119に電話して、住所・氏名・症状を伝えただけでは、救急車は出動してくれない。


これはよく覚えておくべきコトです。

具体的に言うと;

救急車は、ゼンリンの住宅地図(パソコンで閲覧するデータ版とのこと)で、住所の確認が取れた場合にしか、出動してくれません。

そしてゼンリンの住宅地図(データ版)は、とくに住人から申し出がないかぎり、1年に1回、(私のすむエリアでは)春頃に出版される「ゼンリン住宅地図」での記載をもとにつくられています。

つまり、その「ゼンリン住宅地図」、今年でいえば2012年度版の「ゼンリン住宅地図」が発売される数ヶ月前までに、その土地に新築の建物もしくはマンションがない。中古住宅に引越した場合は、表札がない。

・・・・などの理由で、名義人が不明の場合は(ゼンリンは調査人が、表札を確認して回ってるそうです)、ゼンリン地図に、名義が記載されていない状態なんです。

もしくは、別の人の名前が、地図に記載されている場合も。


コレが、非常に危険なのです。

119のシステムは、次のようになっているようです。

(1)119に、住所、氏名、病状を電話する。

(2)東京の場合、大手町のコールセンターが、その住所の一番最寄りの消防署の救急車をブッキングする。もし、一番最寄りのところの救急車が出払っていたら、二番目。三番目・・・と担当の消防署は変わる可能性がある。

(3)ブッキングされた消防署が、ゼンリン地図で、伝えられた住所を確認する。→ココで、新築マンション、新築住宅、中古住宅に引越したばかりの人はひっかかるわけです。

消防署は、ゼンリンの住宅地図(パソコンで閲覧するデータ版とのこと)で、住所の確認が取れた場合にしか、出動してくれません。

これでウチはえらいことになりました。
なにしろ、今年の春頃には、まだ表札はなにも付いていない状態で、うちの地番の名義は空白だったようです。


これにたいして、消防署が調査してウチに折り返し電話してくるまでの時間がなんと4分。

後に、これらの対応があまりに酷いため、苦情として伝えたところ、そのスタッフの上役の男性が、「その時点で、救急車を差し向けていた」と説明されましたが。

これについては、もう言ったとか、言わないの水掛け論になるので、あえて流しました。これって、出前が遅れているといわれて「もう出ました」と同じなんじゃ・・・・・・と思います。

そして、録音していない通話内容なので、後からは何も言いようがないのです。

疑いようもなく、ハッキリと覚えてるのですが、家族の状態が危なくなったため通報して4分後(携帯の通話記録で確認ずみ)

ウチに電話をしてきたひとは、最初、「お隣のお宅は誰と誰ですか」と聞いてきました。

不審な気持ちになりつつ、その質問に答えたところ(これも、引越直後だと記憶が怪しい場合がありますよね・・・うちはなんとか記憶していたから助かりましたが)

「もう車はむけているんですか」
「いいえ」

「どうしてこんなに時間がかかるんですか」
「地図で確認が取れてないんです。」と答えられました。

さらに「どういうことですか。車は向かってないんですか」
「向かってません。地図で確認がとれていないので」
と重ねて答えました。

さらにさらに、住所、氏名、そして病人の症状を119経由で伝えたハズの私にむかって「お電話してるのは、ご本人様ですか?」とも。

仔細は省きますが、どうして119で救急車をよばねばならないくらいに酷い症状の人が、自分でハキハキとモノを言えるのでしょうか。


そもそも倒れたのは女性なのに、どうして電話を受けている男性(私)にたいして、こんなことを聞くのでしょうか? 

今ならただただ、呆れますが、当時は、パニックになりました。何にもこの人は分かっていない、と。

つまり、119で話した内容は、最寄りの消防署に一切伝わっていないのでは? 

もしくは、消防署は119から聞いた内容を適当にうけとっているのでは? 

と思われても仕方ない対応だと思います。

実際、対応にあたったのは、担当した職員の中の若い女性だったみたいです。その人の上役いわく「若い女のコですから・・・(多少のことはめをつぶってやってください、厳しく指導はしますので~)」ということでしたが、若い女の子であろうが、なんであろうが、そんな対応しかできないひとを救命の現場に置いていいのやら。

あとで、その上役から聞いたところによると、

昔は通報があって、なんの連絡もせずに向かっていたが、今は、呼吸がとまっていないか。意識はあるか。などを詳しく聞き、事前の対応を教えるために、電話している・・・との意図があるそうですが。

これ自体の意図は立派なことだとは思いますよ。しかし、職員によって、応対のクオリティがこんなに異なるのでは、恐怖以外の何者でもありません。


救急車は、119に電話しただけでは、きてくれません。


特に注意すべきは、以下のご家庭に急病人が出た場合です。

(1)新築の一戸建て。もしくは新築のマンションに引っ越したため、最新のゼンリンの地図に、建物の記載がない場合。さらに、あなたの名義の記載がない場合。

(2)春頃(つまり、不動産がいちばん購入されるシーズン)に、中古住宅を取得したため、最新のゼンリンの地図に名義の記載がない場合。もしくは、名義が違う場合。


これらの方は、必ず、119(もしくは110)に電話した時点で、


「ゼンリンの地図に、うちの住所についての記載はありませんが、正しい住所なので、そのとおりに、来て下さい」

と伝えるべきです。最大の自己防衛です。

すくなくとも、↑に該当するご家庭の場合は、引越してから1年間はこれを覚えておいてください。

たかが4,5分~ の遅れとはいえ、ピザやラーメンの出前ではありません。脳や心臓が問題だったとしたら、生死を分けていたと思います。


もはや何ともいえませんが(何時に到着したとか、話の内容については、なんとでも後で変えられるので)。

ユーザーが注意しないとえらいことになると思いました。


要するに、救命の仕事という言葉に対して、われわれが抱いているイメージと、現実の対応は多いにことなる場合がある、ということです。

救命の仕事 であろうがなかろうが、彼らは「お役所の職員」であるということ。

お役所の職人である以上、親身になって色々やってくださる方もいれば、原則論を押し通すだけのヒトもいるという、対応の落差が激しいことは、もうわかりますよね。

ご参考まで。
by horiehiroki | 2012-06-06 04:25 | 日々