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エヴァQレビュー補遺

「パレード」について書いていて、いろいろ思いだしました。

日本の20世紀末を代表する作品のひとつ「新世紀エヴァンゲリオン」は、「新世紀」だなんていってるけど、どの何よりも世紀末ちっくな作品でした。

世紀末はおわり、エヴァは新劇場版(通称・新世紀版)が公開されていってる。

色々レビュー書きましたが、あそこでぼくが言及した「甘美な何か」とはそのまんま日本の世紀末の空気じゃないか、と。

ーーーちなみに12月のエヴァンゲリオンストア(原宿)のディスプレイなどを(写メで)見たり、ツイッターのタイムラインにながれてくるファンの人々の声を断片的に眺めていると、エヴァがエヴァでありつづけることを求めるヒトたちにとって「Q」って無かったことになってるんじゃないか。なんてことを思ったりしてますーーーー

じゃあ、「Q」が公開され、まったくエヴァすら変質してしまった今という時代を何と呼ぶべきかといえば・・・・・「新世紀」どころか、無明の闇に取り囲まれていると思えてならないんです。
by horiehiroki | 2012-12-28 04:00 | 映画 | Comments(0)


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◇◇◇堀江宏樹の新刊もよろしくおねがいしまーす◇◇◇

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百人一首 うたもゑ

(日本じゃ)世界三大美人なんていわれてる小野小町。でもずっとモテる、恋をし続けるということは、あるいみ「たったひとりの誰か」に出逢えてないってことなんです。平安時代、百人一首に収められた歌人たちの歌をベースに展開する、絵空事ではないリアルにして美麗な恋愛絵巻まんがですー。

藩擬人化まんが 葵学園


大河ドラマでもそうですけど、江戸時代はなぜ「ああいう社会」なのか? なんで現在でも県民性は「ああいう風」に存在してるのか? …みたいなことが漫画+文でザックリと理解できます☆

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・・・・・と「パレード」について悠長なことが長々と書ける本日、2012年度の大きな仕事がよーやく全部終わったとさー。

小さな仕事は断続的に、年末年始ともに続くだろうけど、仕事先からまったくメールがこなくなって、ちょっとホッとしてる今日この頃。

年賀状は入り込んできた仕事のせいで、今年もできませんでした

辛酸先生に「年賀状出さないキャラならそれはそれでいいんじゃないですか」

っていってもらったんだけど・・・・「来年は書きます!(もはやお約束のセリフ)」

あと、27日の毎日新聞の夕刊だか朝刊だかに載せられた、清盛のプロデューサー氏が語る「敗因」。




この記事が、ぼくの分析と9割以上合致で、(自分もふくめ)マスコミの人間ってこういう風にしか考えられないのかな・・・的なことで、逆に怖くなりましたとさ!

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ちなみに、リアルリアルリアルって書いてありますけど、清盛のリアルは史実ではないです。

そもそも(男性の正装であるときに)束帯の時に裸足だったり(本当は白い足袋みたいな襪、しとうずをはきます)

そもそも据(きょ)を長く引いてなかったり・・・・・・

デザインは相当入った上での「リアル」です。


史実を再現すればリアルにはなるわけではないことを知った上で、指摘しときますが。


あとね、「何故、見ないのか?」という問題について正確に知るには、ひとりひとりにアンケートするしかなく、しかし実質的にはそれが不可能なので、「データ」をもとに、各人がどう分析するかという行為が行われます。

これがね、けっこう曲者、魔物なのだな、と。



清盛=リアル!という記事の書かれ方、もう色んな所でみました。

誰も、あれが史実かどうかなんて考えないわけだろうか。リアルにつくれば史実だと思うのだろうか?

そもそも史実などどうでもいいのか??

ここらへんの議論は曖昧なまま、清盛は終わっていくのですね。

昔、マスコミと読者は、マスコミ(記者とか)がなんでも知ってて、読者に情報を与えてやるという三角形の構図でした。

しかし現代では、マスコミと作り手は厳密には別物。マスコミは何も知らない。知らないことを隠しもしない。

そのことの功罪についても痛感ですな


ちなみに、お江ちゃんドラマの最終回は分析することすら放棄してる。やっぱC-じゃなくてDかも。

by horiehiroki | 2012-12-28 03:54 | 大河ドラマ | Comments(0)

パレード

原作を読んで以来、これ、どうやって映像にするの・・・(やろうと思えば、カタチにすることはできても、それを意味のある流れにできんの?)・・・と思ってた、映画「パレード」を見ました。

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歪み始める~ っていうキャッチがついてたかどうかは忘れましたが、これ、試写状を何回もいただいてて、いけないままだった映画でした。
その試写状のデザインがこの溶けかけのアイスクリームみたいなメリーゴーランドで。実にたくみなビジュアライゼーションだったと見終わった後だから思います。当時はやけに気になって、しばらくハガキを置いてました。

予告編。

「上辺だけの付き合い、それくらいが丁度いい」都内の2LDKマンションに暮らす男女四人の若者達。映画会社勤務の直輝、イラストレーターの未来、フリーターの琴美、大学生の良介。それぞれが不安や焦燥感を抱えながらも、“本当の自分”を装うことで優しく怠惰に続く共同生活。そこに男娼のサトルが加わり、同じ町では連続暴行事件が起こり始める。そして彼らの日常に、小さな波紋が拡がり始める…。

というのが公式のあらすじ、みたいですが、「上辺だけの付き合い、それくらいが丁度いい」というキャッチにすべて込められているようでいて、「上辺だけの付き合い、それくらいが丁度いい」だけでは、まるで語りきれない気味の悪い何かがボロボロとこぼれ落ちてくる気がする、そういう映画でした。


まぁ、映画としては・・・確かに突っ込み所がおおい映像ではあり(原作のながれも確かこういうかんじだった)、現代の日本映画お得意の空気を描いたお約束型の作品ではあるんだけれど。

文脈でかんがえると、かなりな存在感のある映画だと。

ほんとに高濃度のイヤーな何かに、まみれてる。

昨今流行りの湊かなえの作品ってこれに比べると、すごく爽やかだな、と。

・・・と同時に、これは過去の空気をただよわせた映画なんだなって思いました。

あらためて今、調べたら、吉田修一による「パレード」の原作は2002年に出版された作品なんだ、と。それなら分かります。(ついでにこれ、「エヴァンゲリオン」を現役でみてた世代の話。

この中に出てくる人たちって映画配給会社につとめる直樹以外、あきらかに稼いでない気がします。
それでもルームシェアというカタチでプライヴァシーを犠牲にしつつ、なおかつ孤独をわけあいつつ、日々のバイトの時給のほかに、田舎からの仕送りだのなんだのもプラスして、「なんとなく」生きていけた時代。

そういうのって今はもう無くなってきてるよね、という感覚。もちろん昨今の厳しい経済状況のせいです。若者が若者っぽくなくなってきた時代っていえるかもしれない。いまだ成長過程な中途半端な状況のママで、外の世界に這い出そうとするワカモノを見てると、自殺する胎児みたいなコトバが思い浮かんだりしますね。僕なんかは。

それはともかく、この映画の一番気味悪いところは、ヒトに見せている顔が、その人自身の本性の一部ですらないんだ・・・という事実。

下はウィキペディアから拾ってきた基本設定なんです、が、


伊原直輝 28歳・独立系映画配給会社勤務 非常に良識的な人間で夜のマラソンが日課。


相馬未来 24歳・イラストレーター兼雑貨屋店長 本当の自分を出す事に疑問を感じる。


大垣内琴美 23歳・無職 若手人気俳優の丸山友彦と熱愛中。妊娠騒ぎを起こす。


小窪サトル 自称18歳・男娼 途中から共同生活に加わった。


杉本良介 21歳・H大学経済学部3年 長崎出身のお気楽(に見える)大学生。


実はまったくこのヒトたちは別の本当の顔を持っている・・・ということ。
「キャラ」といってしまえばライトに響くけど、画家アンソールが描いた不気味な仮面と同じような何かを感じさせて、軽いメマイを覚えました。

ラストシーンは唐突におとずれるんだけど、これまで見てきたのは何だったの、というような取り残され感がこれまたイヤーな何かでまみれておりまして・・・・・・

日本は、ついこの前まで「世紀末」だったんだなぁ、と思いました。

世紀末はフランスにしかない概念だったそうですが。いまやユニバーサルなコンセプトですよね(w

(ほら、ヨーロッパの世紀末絵画といえば、1907-1908年にかけて制作されたクリムトの「キス」なんかが有名じゃないですか。世紀をまたいだ位が、いちばん世紀末っぽいのは20世紀末も同じだったみたいです)

そして、この作品のラストにかけて、世紀末的な、なにかがバラバラと解体していく。・・・これが足元をすくわれるよな気持ち悪さです。
by horiehiroki | 2012-12-28 03:00 | 映画 | Comments(0)

クリスマス仕様のワッフルを食べてきました!

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集英社クリエイティブのMさんに
葵学園の再校ゲラをわたしたついでですが。

右上にあるのがゲラでございます。

今日は葵学園の表紙のカラー見本をもらいました。
いいデキです。公開はまたそのうち。

ということで、今年のクリスマスもいそがしかったけれど
いい時間が過ごせました(^^)

25日の深夜0時から、聖母カテドラル教会の深夜のミサに
遠出してみようかな・・・と思った仏教徒なんです、が、
時間なくて断念。それは残念でした


仏教徒の中で、もはやイエス様、マリア様は
大黒天とか吉祥天とかと同じような扱いのような気がします・・・


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昨日(24日)はホームパーティの食事係だったため、
いろんなトコを自転車で回ったんですけどね。
お店でピザを受け取る時に瞬間的に路面駐車させて
もらったんです、が、そのとき、自転車後輪の空気を抜かれるという
いたずらをされました 苦笑
イヤーな感じ…
根性で走らせて帰りましたけど。

ご丁寧に栓を抜いて、空気を出して、また栓を閉じるという
手の混んだいたずら。
やってるときに鉢あわせしたらタダで済まないとおもうんですけども。

いずれにせよ、車輪自体に傷をつけられてなかったことは
日頃の善行に対する聖夜の奇跡ということにしておきます(w
by horiehiroki | 2012-12-25 20:30 | 日々 | Comments(0)

11月に通称・エヴァQが公開されました。


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こういうとき、どういうかおをすればいいか、わからないの。

な感じでした。

リアルな話、ものすごい展開についていけず、ちびりそうでした。

ひと言でまとめると、みなさんがいうように(?)「薔薇と百合の頂上決戦」

そして綾波レイは話のメインストリームそしてメインヒロインの座からまさかの転落、ハブられて「ハブ波レイ」となった・・・・・・・とかなんでしょうけどもね。

薔薇・・・カヲル×シンジ

百合・・・マリ×アスカ

※名前の順番に他意はございません

More(※ これ以下、ネタバレのみ)
by horiehiroki | 2012-12-25 00:00 | 映画 | Comments(0)

平清盛(40)~終劇


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◇◇◇堀江宏樹の新刊もよろしくおねがいしまーす◇◇◇

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百人一首 うたもゑ

(日本じゃ)世界三大美人なんていわれてる小野小町。でもずっとモテる、恋をし続けるということは、あるいみ「たったひとりの誰か」に出逢えてないってことなんです。平安時代、百人一首に収められた歌人たちの歌をベースに展開する、絵空事ではないリアルにして美麗な恋愛絵巻まんがですー。

藩擬人化まんが 葵学園


大河ドラマでもそうですけど、江戸時代はなぜ「ああいう社会」なのか? なんで現在でも県民性は「ああいう風」に存在してるのか? …みたいなことが漫画+文でザックリと理解できます☆

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昨日23日、第50作目の大河ドラマ・全49回の放送がおわりました。

最終回については……描き方が、エヴァンゲリオン(テレビシリーズ)の最終回みたいだった(笑

で、内容的には清盛先生の卒業式みたいな感じ…。

ドラマとしてどうのこうのってのは一切なかったですけど、(入水のシーンくらい丁寧にやれよ!とか思ったけど)深田恭子の演技、よかったですね。


平清盛、全体の評価としては「B」でしょうか。
ちなみに「江」は「C-」、「龍馬伝」は「C+」です。なんとなくですが。「江」は向井理が出てたから。出てなかったら、Dです。「龍馬伝」は最終回における(前)亀治郎と香川照之の熱演で点数がハネあがりました。

偉大なる意欲作ではあったが、大河ドラマの従来の視聴者層には受け入れられなかった。

「清盛」ではなく、「源頼朝」でやれば、もうすこしウケはよかったんだろうな……って思いました。

はい。

清盛から頼朝にバトンが受け継がれたカタチになってますが、その頼朝、北条家からバトンをわたされた足利将軍家の義満は、自分とその妻にふさわしい官位を探ろうとして、清盛と徳子の官位を先例として熱心に研究しています。また、ドラマにも触れられたとおり、日宋貿易は室町時代になり、ようやくスタートしました(いくつもの偶然と幸運の結果)。


昨日、ツイッターでもっとも言及されたドラマの一位が「平清盛」というニュースをネットで読みました。
三位が「梅ちゃん先生」なんですけど(笑

ぼくは一度もリアルタイムでは見なかったけど、清盛のツイッター公式アカウントによる同時解説があったそうで、放送中に解説を加えたところが非常に大きいでしょうね。

ただし、ツイッターをしている層は若年層ですし、彼らはテレビで大河ドラマをみない層なのでしょう。
たしかに後半部、脚本が息切れ気味だったのはじじつですが、もっと(内容が)迷走していた「江」や「龍馬伝」に比べ、数字が半分も出せなかったのは、ひとえに大河のメイン試聴層である、中高年以上の層へのアピールが欠けていたといえます。

ようするに決められた時間にテレビの前に座って、テレビを見る習慣のある層にアピール力が欠けていたのに対し、夏ー11月頃に内容的に「中だるみ」の時期があり、若い視聴者も離れてしまった。という感じでしょう。

では、中高年層へのアピールについてですが、

映像・演出的なモノ・・・これは薄暗い。汚い。という手合いの批評です。「年寄り向け」っておもわれても彼らは嫌うし、「若い人向け」と思われた時点でもアウトなんですね。

登場人物的なモノ・・・これが一番大きいと思います。


大河ファンの中高年層は調べて見るという習慣がないのだと思います。彼らのアタマのなかには戦国と幕末の人物相関図は入ってるんだけど、平安時代などについては知らない。
そして彼らは知らないことを調べようとしない。アタマのどっかに「たかがテレビのことで・・・」みたいな何かがあるんだと思いますね。

たぶん、今回のプロデューサーさんってヲタク的素質の強いヒトだとおもうんです。脚本家さんにしても。
ヲタは興味をもつとどんどん調べます。のめりこみます。でもそうじゃないひとのほうが世の中は多いということ。

清盛のレビューやってておもしろかったのは好奇心の地域差です。たとえば東京のお客さんは別格で多かったけど、まったくお客さんがこない県があったんですよ。
それらの県は中高生の成績では全国トップクラスだから、知的な能力と好奇心はまた別なんでしょう・・・が。

大河のファンは「水戸黄門」とか「暴れん坊将軍」といった時代劇ファンよりは、知的なデータを好む層ですが、「大河ドラマはこうあるべき」という嗜好が強くあり、それを裏切るものを面白いとは感じられない。つまり保守的なんでしょうね。

ツイッターでいくら同時解説をやったところで、汚い、薄暗いなどの演出のとんがった感じを見ていて第一印象が悪い上に、◎◎上皇などなど、名前しかしらない人物がどんどん登場する展開、そして従来の貴族や皇族の扱いを大きくはみでた、「ヤンチャ」な人々がとどまることをしらぬ勢いで登場してしまったことなどなどにアタマと嗜好がついていかず、「若い人向き」と思われてしまった。

これが数字を得られなかった理由でしょう。

ようするに新作歌舞伎は、1作、人気演目の中にまじってやられるぶんには拒絶するほどではないけれど、ぜったいに歌舞伎座のレパートリーにはなれない、というところと似てると思いますね。同時解説というと、イヤホン同時解説なるモノを導入してる歌舞伎座と同じシステムなんですけどもね・・・。


視聴率という評価制度自体を根本的に見直すべき時期に来た。

それを痛烈に感じさせました。

先駆者・清盛を扱ったドラマでそれが明らかになるなんて、なかなか面白いではありませんか。

一方で来年の「八重の桜」は、「こうあるべき」がすべて実現されているようです。
マスコミで記事を組むには地味な登場人物ばっかりで、どうしたらいいのか・・・というところがあるみたいですが(笑

さて、さてヒット作の条件をすべて整えたところで、数字はどうなるんでしょうか? 見物でございますね。


さらにココで触れるべき話題ではないかもなんだが、森先生のブログがすごいことになっているww
デジアシさんすげぇな

前前から、バサラって一番人気あるんですよねー?

とか2,3回聞かれた記憶があるが・・・

っていうかああいう内容の大河やればいいんじゃないですか。

あと

水戸のご老公 夜の世直し行脚 ~旅路の葵 白足袋の悶え~みたいな
by horiehiroki | 2012-12-24 08:54 | 大河ドラマ | Comments(0)

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本日23日は今上陛下のお生まれになった日です!

たんなる休日として過ごすのもよろしいですが、今上陛下がこれまで歩んでこられた決して平坦ではない道のりを鑑みるには絶好の機会かと思います。

僕のような人間が語るべきことではありませんが、天皇としての活動の中で、今上帝はとにかくコミュニケーションを重視なさっておられると思います。そして、これは過去の帝のあり方を大きく変えるものです。
今上陛下の活動は、他国の王侯のような”たんなる”君主のレベルに収まるものではありません(これについては後で書きます)


今上陛下は歴史を作り、これからも作り続けられた方です。延喜天暦の治という概念がありますが、今上陛下の治世もかならず日本の歴史の中で振り返られるべき豊かさで満ちていると思います。
リンク先には「天皇即位以来、日本国憲法の精神を守りつつ平成の天皇のあり方を模索している」という一文がありますが、今上陛下のような徳の高い帝の御代に暮らすことができ、それだけでわれわれは幸福だと思います。

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以下は僕の個人的な見解なのですが、
いわゆるネ ト ウ ヨ な方がたが、天皇は、皇帝であり、王よりの存在だから王家という呼称が気に入らない…とか喧伝なさっておられるのをツイッターなどでよく読みます(英国女王ですら席を譲る 云々)、そういう議論自体、レベルが低いと思われ、歯がゆく感じられます。

帝も王も、(そして貴族号も)しょせんは位にすぎません。しかし、天皇とは道教の概念で、天皇大帝の略とする説があるのです。天皇(天皇大帝)とは、「帝」や「王」とは異なるレベルの徳の高さを持つことを目指した呼称だと僕は考えます。

世界大百科事典には下のような記述があります。

「道教で宇宙最高神の権威の象徴であった,鏡,剣を皇位の璽(しるし)とし,《日本書紀》にいたって,国号を,道教でいう天上の清明な世界である〈大和〉と書くにいたる,一連の中国の観念を借りての国家および王権の尊厳化の試み」

道教自体が、人間を扱う儒教などとは違い、精神を扱う哲学であることに注目してみてください。

「帝」や「王」より、ずっと高い志と精神性が天皇という呼称にこめられているんですね。これを忘れてはいけないと思います。もちろんエンペラーに類する外国語(そしてその意味)を、日本の天皇にあてはめることは間違いではないけれど、やはりその翻訳で失われる意味はとても多いといえます。
しかし……逆に、それだからこそ、王であれ、帝であれ、名称などにイチイチこだわる必要がないほど、高貴な存在であるとも思われます。
実際に戦国時代では天皇は「王(ワゥと発音したらしい)」と呼ばれていましたから。
by horiehiroki | 2012-12-23 09:10 | 日々 | Comments(0)

今日は水戸君の誕生日です@葵学園

御三家の中でもちなみに水戸君だけわりと年下。

設定について、くわしくはこちら

水戸君って? っていう不埒モノについてはこちら ↓ ↓

水戸君(ヒトコマ目の右)

フタコマ目の右は彦根君です(筆者の押しメン。葵学園はボケだらけなんでツッコミが必要です


僕は、今日、色々とたべすぎで死にそうです

フライドチキン
野菜サラダ
かす汁
牛肉となすびの炒め物
お菓子
お菓子
お菓子

とりあえず水戸君バースデー祝ということにしておきますが・・・

あと、集英社クリエイティブのヒトがクリスマス当日にゲラを引き取りにくるので(サンタか!)
その最後の調整をしております。

ふひー
by horiehiroki | 2012-12-22 21:14 | 日々 | Comments(0)

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毎度おなじみ「うたもゑ」掲載号のご連絡です

表紙はこちら

「セブンイレブン」で今回もよろしくです!

今回は藤原道雅で

今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを
人づてならで 言ふよしもがな

あなたを諦めます
ということを
自分で貴女に伝えたい

という愛の絶唱ですね

皇女との禁断の愛の結果でした

掲載号詳細は 九死に一生体験スペシャル  本当にあったマル生ここだけの話増刊 2013年2月号

12月19日に発売されてたもよう・・・

今日だったかウチに献本が来ました。

初体験24時 で、悪徳事務所につかまって、芸能活動(バラエティに出て、アイドルをめざしてオーディションをうける素人役とか)やってた茶畑るり先生の四コマがすこぶる面白かった・・・


そして、今月号のフィガロジャポンにも

惚れたはれたで読み解く、日本の恋愛史。

というテーマでオススメ本をご紹介した
堀江の原稿が(著名人のみなさんの原稿に紛れて)掲載されております。

心を潤す、本85冊+映画79本 という特集内。


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本と映画と女と男。
心を潤す、本85冊+映画79本
満島ひかり、レア・セドゥー、ミヒャエル・ハネケ、ジュリエット・ビノシュ、 キルスティン・ダンスト、etc.

最新作からプロが厳選
オーガニックベストコスメ2012

ニッポンの美の瞬間
綾瀬はるかが魅せる初春きもの。

素敵な器に出合う旅。
笠間/波佐見/輪島


定価650円(税込)


こちらは400円以上の本なのでアマゾンでも買えます!



フィガロは改めてしっかりした雑誌だと思いました。
文章を書けるヒトが書いてるなぁという、丁寧につくってある感じ。
同時に大人の華やかさがあって、さすが。
「パリと世界を湧かせる
ディオールの新世界」って特集が個人的におもしろかった。
ラフ・シモンズが担当するようになったんですね。
ガリアーノ時代とイメージは一変。
159ページの”タキシードドレス”などは、
個人的に、「アリだ」と思いました。
ガリアーノよりも”ディオールっぽい”かもね、と。
by horiehiroki | 2012-12-21 00:43 | お知らせ | Comments(0)

「天皇愛」でごいっしょした、辛酸なめ子先生に長らくお借りしていたご本をお返しするついでに、シャルダン展をご一緒してきました。楽しかったです!

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たとえば、個人蔵の「木いちごの籠」 (1760年頃)が本邦初公開だったみたいですね。
そもそも、シャルダンという画家は高評価をうけているわりに、画業を全貌できる展覧会自体がすくない気がします。

高名なわりに、そこまでポピュラーではないのは、彼がこじんまりとした作品を好んで描いたということが大きいでしょう。

シャルダンは色彩の使い方が非常に上手いです。

「木いちご~」はチケットにも印刷されていたけれど、印刷されたそれをみて、またこのブログにかかげた画像をみて、何がこの絵のすばらしさであるかは……残念ですが、とても理解できないでしょう。

「謎」すぎますよね(笑

この絵は「色彩」が第一なんですね。

シャルダンは極貧の中で画業をスタートさせています。
才能は早くから認められ、王立アカデミーの会員に一挙になったり、出世はしていますが、こじんまりとした絵を書いているため、収入はあまり大きくなかった。

当時は歴史画が最高に高い値段で売り買いされていまして、歴史画、人物画ときて、ほんとに(格も値段も)安かったのがシャルダンの描いた静物画なのでした。

静物画は最初期から描いていますが、題材は台所の鍋だの買ってきたパンだの肉だのを使ったもので、金がかかってない素材を選んだという気すらします。

禁欲的・・・とおりこして、なんだかシュールな静物画を描いていたシャルダンの作品がすばらしく豊かなものに変わるのは、妻と娘をうしない、再婚してから。この二番目のブルジョワの妻との安定した生活(と、リッチな経済力)が影響してるんだなぁと痛感しました。

豊かな人間がすべて洗練されるのではないけれど、豊かさは人間、そしてアーティストを洗練させるのだなぁと。

木いちご~はかなり後期の作品であり、完成されたシャルダンのスタイルがあらわれている静物画です。

くりかえしますが、実は、ものすごくカラフルな絵です。

抑えられているかのような壁の色も、最初期のように、ただ、そこに地味な壁があるというわけではなく、非常に豊かな色彩が積み重ねられている結果のものです。

ガラスに入れられた水も、繊細なタッチを積み重ねられた描写が内側から発光してるかのようなトーンです。

そして何より木いちごや桃などにみられる「赤」が目に飛び込んできますが、それぞれはお互い、微妙に異なった「赤」です。

これが冬枯れの野でナナカマドを見たときのような鮮烈な、そしてあたたかい印象を見るモノに与えます。

そんな効果が狙いすました、あざとい感じにならないのは、シャルダンという画家の持つ品格なんでしょう。

一連のシャルダンの作品はひじょうに美術館の壁の色ともマッチしており、よかったです。

辛酸先生は現代アートの展覧会をよく見にいくとのことでしたが、今回、シャルダンを愛した画家たちとして、ルドンとかセザンヌなど近現代の画家の作品が展示された一室がありました。

この時、やっぱり現代人であるわれわれの感覚に直接的に訴えてくる何かを、年代が近い絵画は持っているなーと思いました。とくにルドンの描いた大きな花瓶の絵は、真っ青な瓶にいけられた花々それ自体が沸き上がってくる浪とかエネルギーみたいに描かれていて、感動しました。

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こういう風には18世紀では(感性的なモノもあって)描けないですよね。

その後、会場近くにあるロプションのカフェでガレットを食べました。

ロ「ブ」ションと、日本では濁る表記が公式みたいですが。

美味しかったので撮影してみたのですが・・・デジカメとパソコンをつなげるチューブが行方不明で掲載できないのが残念です・・・


最近、「葵学園」のゲラチェックで忙しいんですが、アタマを切り替えられる、素敵なひとときになりました。
by horiehiroki | 2012-12-20 04:18 | 展覧会 | Comments(1)