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よいお年を

本年もお世話になりました。

関係者各位:年賀状が間に合いませんでした!(もはや恒例
ただし、小説はたぶん9割終わったよ!
関係ない人にはホント関係なくてごめんなさい。。


閑話休題

しめ飾りってみなさんどうしてます?

値段のわりに「なんなんこれ?」みたいなのばっかりなので、
今年は材料を買ってきて、自作しました(w
数百円でそこそこのが出来た気がする。
工作はヘタクソだったのですけども。
てか工作のレベルですらないか。


写真?

…まぁ自分用には撮りましたけども。

で、正月からは新しい大河なんですけども。
山本勘助とかやってたのと似てますね。雰囲気とか
ビジュアルとか。濃いぃわあ

義昭さんは吹越満かぁ。じぇじぇじぇー(w

で、荒木村重の妻ってほんとに「だし」で
やっちゃうんですねー。「たし」もしくは「だし」でいいんだけど、
ウィキにも載ってないですか。
いちおう「だし様」っていうのはいいんです。
でもそれって「淀さま」というのと同じで、すんでいる所ですが。
淀様の場合は”城”の名。
だしは、たぶん漢字にすると 出所、とか。
しゅっしょじゃなく御城の出てる部分、ってことだった
記憶が(なんか本をひっぱりだせない。

戦国ってのは歴史学的には、応仁の乱あたりから、
長くても、織田信長の上洛くらいまでなんですね。
ただし、世間的な戦国のイメージって徳川幕府が
出来るまでじゃないですか。

そういう意味で言えば、戦国後期のお話なんですけどもね、
乱世って城が落ちると実家に帰されてた女たちなんですが、
戦国も後半あたりになってくると
夫と死ぬことが自分の生の総括として
選ぶことになってたりします。

日本人もだんだんと情緒的になってったのかもね、と
思ったりする。

男と男の関係における殉死が
ロマンティックなものになっていった江戸より
男女の関係のほうが早く熟したのは興味深いですね。

>突然、村重が信長に謀反を起こし、説得に来た官兵衛を牢に閉じ込めてしまう。
>一年にもわたる過酷な幽閉生活は官兵衛を絶望の淵に追いやるが、
>献身的なだしの存在が生きるよすがとなっていく。

ここらへんなんですけど、主人公が1年も牢に入り込んでて
主人公の介入なきまま(すくなくとも歴史の)ドラマが動くって展開、
ここン年の大河に頻出ではございます。

・・・まぁ絵面は想像できますけども、危険信号がつかないとよいですねー。



ではよいお年を。


堀江宏樹

by horiehiroki | 2013-12-31 20:52 | 日々 | Comments(0)

小説は(現時点で決められてる一行あたりの文字数、一ページあたりの行数で考えると)
だいたい200ページくらいになりそうです。
いちおう解題も自分で書くはずなんですけど。
ページというのは、原稿用紙に換算するともう少し多目になりそうですが。

長編小説を書いていて気付くことがありました。
中編までの規模ならともかく、
長編小説を書いていく行為は、
「完成したビジョン」がないと出来ないということ。

日々の創作は、その「完成品」を、ダウンロードしているイメージです。
逆説的にいえば、書く前に完成していなければならない。
音楽でいえば推敲を繰り返したベートーヴェンとそうではなかった、とされることがおおいモーツァルトは対比されるけど、ホントの話、二人は同じことをしてるに過ぎないんです。
つまり書く前に出来上がってるビジョンをいかに正確に文字にできるか、なんですね。その時の方法が多少違うだけ。あと時代が微妙にちがうぶん、音楽というものに求められる価値が異なった。ただそれだけのことなんだって気付きましたよ。

・・・・で面白いことに、小説って人間にとってもっとも身近な言葉というものをつかった芸術だから、誰でも読んだり、批評が出来る。

長編小説の”ただしい批評”は、自分もその規模の作品を起承転結いれて作りうる人間にしか、無理なんだということもなんとなくわかりました。

大河ドラマの批評も、あれを書いたものにしか無理なんでしょうね。
ぼくも色々、スタミナ切れだのなんだのツラツラ言ってきましたが、反省します(w


さて、じゃあどうやって作家は書いていけるのか。
それはペースを掴むことです。

自分の場合は、とにかく「ココまで!」って流れがあるので、
それを一日の中で必ず終わらせるようにしてます。
というかほんとに試行錯誤の連続なんですけども


それに、作家それぞれの個性が出るんです。

たとえば谷崎潤一郎は、みずから贅沢な食生活に興じたり、
夫人の松子さんの着物を選んだり、若い女の子の言いなりになる自分を演じて楽しんだり・・・ああいうのがすべて彼の創作の源・・・どころか、文字を書かせる原動力なんだと感じます。
一方、村上春樹なんかは、作品が完成するまでの毎日毎日、短くない時間を作品のために費やし、ノンストップで積み上げるようにして作品を仕上げていくそうですな。
マラソンとか登山みたいな感じ。
当然、ものすごく疲れます。
そのための体力気力を温存するため、村上は走ったり泳いだり、身体を鍛えて精神を集中させ続けるポテンシャルを維持している、と。さらには文壇付き合いもほとんどしない。それは自分のペースが乱れる事が、作品作りにとって致命的だからでしょうね。ほんとにマラソンとか登山みたいな感じ。

谷崎にくらべると素晴らしくストイックだけど、それが彼が文字を紡ぐにあたっての条件なんでしょう。
コアな小説家志望の人以外、長編を、出版の当てもなく書くという行為はなかなか無いかもしれませんが、あれを書いてみると、創作とは何ぞや、と非常に良く理解できる気がします。
創作の条件は作家の数だけあるとおもうんです。

この前、北村有起哉さんが井上ひさしを演じた「劇作家・井上ひさし 誕生の物語」というのがあって(画像・下)

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おそるべき形態模写だったんですけど。

この人はとにかく、書斎にこもって、タバコをふかして「狂気が降りてくるのを待つ」。
でもそれ以前に徹底的なリサーチを行い(一日何冊も本を読んだのは有名)、家族には「これら資料の本を一週間で読んで、ヘンだとおもったところに付箋をつけて!」と頼んだり。
面白いじゃなくて、ヘンなところに注目して、そこから描こうとしてる人物(たとえば歴史上の人)のツボを見つけるまで、決して書けないって姿勢を貫いてました。
で、まぁよく言われてるように、奥さんに対しても手が出てました(苦笑 (殴り返されてましたけど 

そのツボがわかればすごく早いんだけど、それが分からない限り、まったく書けないっていうんです。
このドラマの演技では、井上ひさしはちょっと口べたで、頭はきれるんだけど、それを上手く伝えられない・・・なんて人物で、だから手が出るんですけども。
実物が出てきてインタビューに答える姿は非常にトツトツとした感じはあるけど、たぶんに雄弁で、しかも話がおもしろく、このひとは絶対に小説を書けるなってしゃべり方するんです。
よく話が面白い人は小説書きに向いているっていいますよね。まぁその典型。
でもその人が書けない・・・というのは、すべてがすべて明るく照らし出されていなくてはならない、という井上さん流のスイッチがあるからなんだろなーと痛感した次第です。

いや、書けない!って白紙の原稿用紙をまえに悩むのも一興ですが、
手を動かしてればいいのにねーって僕も思ってました。
エッセイだとそれができるんです。
でもね、小説、戯曲、その類だと難しいんですよ。

恐ろしいことに、完成品に何か、人為的な理由で
(全体では○○ページにしないと、とか)
付け加えよう、減らそう・・・ということをしようとしても、
無理だってことがこのたび自分の例ですごくよくわかりました。
それで、そういう計算をすべてすてて、プロットで作り上げた筋のとおりに
筆を進めると、要るところには要るだけ、文が作られていくんです。

新人賞の類が150枚以上、300枚以内って
ものすごくアバウトに決められてたりするのは、
ようするに小説とはそういうメディアだから。

テーマやプロットの時点で、必要な枚数はある程度決定されている。
それを動かすことは(=水増し、あるいはカットすることは)出来ない。
出来ても作品のクオリティは一気にさがります。
ちょうどピアノを弾くことは音の意思を実現させてやることだ。
こう響きたいって音が言ってることを守ってやることだ・・・なんて
いいますけど、文章もそのとおりなんです

つまり完成された何かを、わたしたちは文字にして、
もういちど完成させているだけなんですね

井上さんは、「頭痛肩こり樋口一葉」の第一稿を
構造の致命的欠陥を理由に破棄したそうですが
それもすごくよくわかった。

ちなみに「頭痛~」は初演の1週間前、
脚本がようやく出来たみたいだけど、
これだ!って思ったらその後は
火のつく勢いで書かれたみたい。
これまで、遅筆遅筆ってよくいわれるから
あの流れるよな劇の構成を、どうやったら
滞りながら書けたんだろう…って思ったけど、
書かないってことも遅筆のウチに入るんですねー。



そして新人賞ですけど、一説に応募されてくる作品の9割が、規定の文字数を守れていない(たぶん足りてないんでしょう)。
話が終わっていない。とかそういう感じらしい。
漫画の場合は、その32ページだかの枚数で作品を入れられないって人が一杯らしいですわ。やたらと世界観だけが巨大化してて。でも構造のない世界だから、ふわふわで文字にも絵にもまとめられないだけっていうね!

作品を完成させられるって時点で、あなたのライバルは相当数減ってるみたいですねw


by horiehiroki | 2013-12-27 14:39 | 仕事 | Comments(0)

森先生の葵学園がギャグにもどって生き生きされておられる(笑


・雑な感想

自分も江戸時代編、幕府が瓦解する以前のほうが面白かった・・・。

江戸時代中期くらいからしか、他藩のヒトとは武士は交流しづらかった(上士や藩主の許可がいる)ということもあるんですけど、八重の時代は幕末だったから、藩と藩の交流みたいなのが少しでも出てきて、ああいうのこそ面白かった。
by horiehiroki | 2013-12-26 10:08 | お知らせ | Comments(0)

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日本史上最大の城にして、最高権力者・将軍の邸宅であり、政務機関の集合体でもあった江戸城。その中枢である本丸御殿は、1万坪以上の敷地におよそ800もの部屋を備えた、広大な御殿だった。しかし幕末にすべてが焼失、以降再建されることもなく、その姿は謎に包まれていた。そこでNHKは古建築の専門家と共に、5年の歳月をかけてこの本丸御殿の再現に挑戦。何百枚という当時の建築図面や、残されている障壁画の下絵、類似する建造物の様式や内装などを細部にわたり検証し、本丸御殿の高精細3DCGによる徹底復元を行った。
 番組ではプレゼンターの高橋克実さんのガイドで、復元された本丸御殿の内部を探訪。様々な仕掛けが隠された建築や豪壮な室内装飾を味わいながら、将軍の日常生活の実態、「松の廊下」刃傷事件の真相、最奥部に設けられた大奥の秘密など、江戸城本丸御殿の驚くべき姿をスタジオゲストとともに解き明かしていく。



23日の午後6時頃から、番宣をかねた特集があったんですが、
1月4日放送のこの番組おもしろそうです。 録画のご準備を!
個人的にハッとしたのは、松の廊下、あんがい薄暗かったのでは・・・という指摘。
そりゃ・・・・・絵画のことを考えるとそうなりますわな。

神経衰弱に陥った浅野内匠頭、ああいうところでねちねちイビられたら
そりゃキレちゃうよねって思いましたよね

再現映像でドラマみたいなのが組み込まれるみたいでしたが、
吉良上野介を演じてる俳優さんが、あろうことか零細企業の社長みたいでした(笑

貴重な研究資料となりうる映像成果ですから、
あんまりバラエティバラエティした番組作りを意識しない感じで
見せてほしいかもしれませぬのぅ

番宣では、公的な面会につかわれる黒書院(くろしょいん)は出てきたけど
奥向き用の白書院はでてきませんでした。これの対比なんかも1月4日の番組では見られるといいなぁ!

黒書院の天井には、押し絵が使われてたんですね。

ほかに印象深かったのは、天井の高さ。
あれ、かなり高いですね。
綱吉時代に江戸を訪問したケンペルがまとめた本の挿絵などなどで描かれる江戸城は、ほんとに天井がたかくて、信じがたいくらいの空間が描かれてたけど、あれこそが実物には近いかもしれませぬ。

大河ドラマふくめ、ドラマや映画の類では、色々な制約があり、天井は低めに描かれるので、その印象に引きずられてると駄目ですね。

番組の中で紹介された大奥の落成式のような儀式を記した絵画も、高い高い天井の部屋が描かれていました。
ただし冬は大変だっただろーなぁ。夏は涼しかったかもしれません。


ほんとに日本史上の色んな様式、表現の集大成が江戸城だった、と。

小説の参考にさせていただこうと。


あ、執筆中の殉死小説ですが、登場人物が勝手に動いてくれるので、しかもその映像が見えてくるので比較的早いピッチで進んでいっております。、大変な作業に代わりはありませんが。
ただいま全7章(予定)のうち、第5章目に突入~





by horiehiroki | 2013-12-24 11:01 | テレビ | Comments(0)

草燃える、かあ

もうすでに大河になってますか(そりゃ、重要性を考えたらなるよね)

DVDにもなってるみたいだし、時間つくって見てみたいなあー
それにしてもぼくが2歳の時のドラマだったのか。

石坂浩二(源頼朝)さん、岩下志麻(北条政子)さん・・・・
あのころは俳優陣がぶあつい。人材がいたんだなぁと思えてなりませぬ。
若き日の郷ひろみも出てるっぽいけど。

で、

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ほんとにこれがラストシーンなんですかね。
家は末代、人は一代!って息子を諦めるときに
歌舞伎の修禅寺物語のなかで政子がいうみたいな
キメ台詞をいった後の顔かな、これは・・・(笑


そして何の脈略もないけど、メリークリスマス!




by horiehiroki | 2013-12-24 10:52 | 大河ドラマ | Comments(0)

天皇誕生日

本日23日は、今上陛下の80回目の誕生日であります。
陛下はお姿も声も、本当にお若いですよね…。
80歳になられたとはとても思えないです。

あと歴代天皇の中で80才代になられたのは陛下で二人目、という記述の記事もあり、それについてのなんの注釈もないのですが、これは仕方ないんですかね……。

それはともかく、今上陛下が記者団にお話になられた内容をネットでも読むことができます。


児童施設の訪問を若い世代の皇族がたに譲られるというお話では、その理由を「80才代になり、私たちと子どもの年齢差が開いてしまった」とユーモアを感じさせるご回答。陛下のお人柄が伺えますねー。

さて、以下の内容を読ませていただくと「特に印象に残っている出来事」として、「先の戦争」をおあげにっているところに注目せざるをえません。
陛下の陛下としてのメッセージが非常に強く出ていると思いました。われわれは平和について、そして自由について、もうすこし真摯に考えねばなりません。




80歳の誕生日を前にした天皇陛下の記者会見の全文(から一部、堀江が抜粋)


2013(平成25)年12月18日 皇居・宮殿「石橋の間」で

(宮内記者会代表質問)

(問1)陛下は傘寿を迎えられ、平成の時代になってまもなく四半世紀が刻まれます。昭和の時代から平成の今までを顧みると、戦争とその後の復興、多くの災害や厳しい経済情勢などがあり、陛下ご自身の2度の大きな手術もありました。80年の道のりを振り返って特に印象に残っている出来事や、傘寿を迎えられたご感想、そしてこれからの人生をどのように歩もうとされているのかお聞かせください。

陛 下 80年の道のりを振り返って、特に印象に残っている出来事という質問ですが、やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです。私が学齢に達した時には中国との戦争が始まっており、その翌年の12月8日から、中国のほかに新たに米国、英国、オランダとの戦争が始まりました。終戦を迎えたのは小学校の最後の年でした。この戦争による日本人の犠牲者は約310万人といわれています。前途にさまざまな夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましい限りです。

 戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、さまざまな改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。戦後60年を超す歳月を経、今日、日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても、人と人との絆を大切にし、冷静に事に対処し、復興に向かって尽力する人々が育っていることを、本当に心強く思っています。

 傘寿を迎える私が、これまでに日本を支え、今も各地でさまざまに我が国の向上、発展に尽くしている人々に日々感謝の気持ちを持って過ごせることを幸せなことと思っています。既に80年の人生を歩み、これからの歩みという問いにやや戸惑っていますが、年齢による制約を受け入れつつ、できる限り役割を果たしていきたいと思っています。

 80年にわたる私の人生には、昭和天皇をはじめとし、多くの人々とのつながりや出会いがあり、直接間接に、さまざまな教えを受けました。宮内庁、皇宮警察という組織の世話にもなり、大勢の誠意ある人々がこれまで支えてくれたことに感謝しています。


天皇という立場にあることは、孤独とも思えるものですが、私は結婚により、私が大切にしたいと思うものを共に大切に思ってくれる伴侶を得ました。皇后が常に私の立場を尊重しつつ寄り添ってくれたことに安らぎを覚え、これまで天皇の役割を果たそうと努力できたことを幸せだったと思っています。

 これからも日々国民の幸せを祈りつつ、努めていきたいと思います。



by horiehiroki | 2013-12-23 10:00 | 日々 | Comments(0)

女大河

この前もすこし考えてたけど、
「女大河」で取り上げるべきは、やっぱり北条政子(1157-1225)かもしれない。

数字的には「平清盛」で大失敗を期した時代に近いですけども。
あの時に制作した衣裳を、もう一度活かせるチャンスじゃないですか~。

生涯がホントにホントに大河っぽいでしょ.
政子自体が有名人であり、頼朝、義経、静御前・・・はじめ関係者には多くの有名人がいます。典拠とすべき内容も吾妻鏡があるし、吾妻鏡は現代語訳が出てますものね。

征夷大将軍・頼朝などなど、当時の権力者を”裏側”から見ることができるのは女大河の魅力だと思うんですよー。

頼朝を「主人公」として描くには、彼=正義であらねばなりません。
でも頼朝ってやってることが限りなくグレーゾーンだったりするじゃないですか。そこが魅力だったり。
弟の妻に懸想、弟を理由を付けて殺し、その妻の心を義兄としてケアしていくなかで、愛人関係にもつれ込んだり。その女の家を、激怒した政子がペッチャンコに潰させたりしてるんですけどもね(w

頼朝って美しい容貌の下の内面に暗く、おどろおどろしく、怪物的なところがあります。

そもそも、平家に追われるまでの少年時代を暮らしていた都では、後白河法皇とすこぶる「親密」であった、と。そういうことって、ある意味成熟した退廃的な文化あってのことだと思うんですけど、それは東国にはないでしょうね。

倫理観や価値観の異なる関西と関東の世界を描き分けるとおもしろいとおもうんですよねー。

白拍子。静御前は白拍子だけど、あの頃の白拍子=遊女=フリーランスの女房みたいなものであって、春を売る者として差別されてたりはしないんですよね。
そういう現在ではない文化の在り方を見せられたら面白い。


関東でうまれそだった政子には、美しきエイリアンとして、京男の頼朝は見えていたわけでしょう。

その分、政子は苦労もしまくりますが。

人生が長いので、

少女時代の政子、
恋する政子、
妻となった政子
母となった政子
浮気される政子
未亡人となった政子
子どもと闘う政子
尼将軍になっていく政子・・・・・
と、女の人生の描きワケが可能でございます。

天皇が差し出す軍隊を退けてしまった・・・ってあたりも、NHKなら大丈夫でしょう(笑

少し調べたんですけど、政子さんから数えて約100年後、「とはずがたり」を残した後深草院二条が生まれてるんですねー。この人もぼくは大好きなんですが、大河向けの内容にはならないな(w


仕事の近況報告というか、書き下ろしてる小説なんですが、
200ページほどの内容で、現在、100ページほど終わりました。
細部は一番最後に直していくつもりなので、
すこぶる、ざつくりとした感じですが。
昨晩はノリノリで中盤の山場を仕上げたところです。
小説を主に書いてる人がいつもメモを持ち歩いてる意味がわかりましたー

ある要素とある要素を含む内容を書きたい!
って念じてると、それを考え始めた1日後くらいには、熟成がおわって、
一つのシーンが出来ていく。
プロットの通りにはあんまり進んでないところもあるけど(そもそも
想定してなかったキャラクターが飛び出てきたり)、
そのたび、プロットと未来予想図を書き足していっております。
長編小説書くのが、
いつものエッセイ仕事と違うなって痛感するのは、
長編小説は毎日、先が見えないってこと。
今日はこれを書くって決めた内容がおわったら、
書くべき内容を記したプロットだけが手元に残り、
キャラは動きをとめちゃうんですよね。
ほぼ毎日が「つづく。」って感じです。
書いてる人間が一番楽しみにしてたりして。





by horiehiroki | 2013-12-23 09:13 | 大河ドラマ | Comments(2)

八重の平均視聴率

朝日新聞のウェブ記事からなんだけど、

「八重の桜」平均視聴率、地元福島では23.2%

5日に終了したNHK大河ドラマ「八重の桜」の全50話の平均視聴率は14・6%(関東地区)、13・7%(関西地区)、14・3%(名古屋地区)、13・3%(北部九州地区)だった。ビデオリサーチが16日発表した。昨年放送され、歴代最低となった「平清盛」の平均視聴率12・0%(関東地区)、11・6%(関西地区)は上回った。

 「八重の桜」は、会津藩出身で、戊辰戦争で自ら銃を持ち戦った山本八重が、後に京都で同志社大学を創設する新島襄と結婚し、平和と学問の大切さを訴えていく物語。主な舞台となった福島県での平均視聴率は23・2%だった。

とのことです。


福島のひとびとの生真面目さ、勤勉な県民性、これはほんとに会津藩ゆかりのものでしょうねぇ。
一部には、歴代ワースト四位で討ち死に、なんて書かれてますが、地域密着型大河としてはまずまずの成功だったんじゃないでしょうか。

おしむらくは、うまいことドラマが盛り上がっていかず。
八重の視聴率の上がり下がりを見ていくと、どうやら見どころ満載の「ヤマ」の1回前の回。それにわりと高めの視聴率が出てて、次の週にはガクンとさがるという、制作陣泣かせな感じが見えてたよーな。
1回みれば淡々と「いいねぇ」っておもうんだけど、ネタ性に欠けるというか、ついついぼくもレビュー出すのが遅れたりしましたw

清盛はその点、ふんどし無理矢理ねじこんでくるとか、眉毛のないおっさんとか、凄いキャッチーなアイテムばっかでしたよね。キャラ図鑑に終始しちゃってましたけど。


映像は最近の大河では断トツで美しかったと思いますし、地味だけどイイ内容だったと個人的は思います。
最終回でちゃんとググッと数字があがる、というところも。


しかし、NHKの大河で数字が出ない場合って、前も指摘したけど、主人公が傍観者であることが、いちばんヤバいんでしょうね。人物の有名無名よりもなによりも。

たとえば、平清盛は有名だけど若いころの彼について、ほとんどよくわかっていない。平家物語も中年以降の清盛しか(しかも悪役としてしか)描いていない・・・・・ということで、彼はドラマの主人公にいながらも、ほかの濃いキャラの傍観者にならざるをえなくなった。ここらへんのドラマとしての弱さ、ですよね。

そしてやはりヤバめなのが、”無名”のヒロイン。女大河は発想としてはよろしいかもしれないけど、けっこう厳しい気もしてます。

清盛は途中で主人公ですらなくなってましたが、八重は立派に主人公主人公しておりました。
が、あのドラマのホントのメイン的存在は八重ではなく、「時代の変遷」だと思うんです。

マゲゆった侍が戦してたのが、最後は「坂の上の雲」みたいに軍服の騎馬隊が登場するなどなど、たしかに、あれだけ文化的変化のハバの大きな時代って、江戸ー明治くらいしかなかったと思うんですよね。

明治時代には江戸時代とはことなり、女性の立場などが大きくかわります。
処女性の重視などなど、性愛的倫理観とかも新しく生まれました。
そこらへんに踏み込めてたら面白かったのですが、八重はクリスチャンになる女性ですしね。
実在の人物を描くのが大河ですから。

明治と江戸の違いも、服装の違いくらいにしか表すことができなかったのが、面白くやろうとおもえばいくらでもできる明治編の数字の「低止まり」につながってる気がしたわけですよー。


女大河であれば、それこそ、「お市の方」とか「春日局」とか、ああいうあたりならベタで楽しいんじゃないかなー…って思いますよね。
でもなんにしても、春日局には大河性を感じないよね(w

by horiehiroki | 2013-12-20 09:55 | 大河ドラマ | Comments(1)

小説執筆中・・・

12月ってやっぱ出版業界、荒れてるんでしょうか。

11月あたりまでバタバターって話がいっぱいあって、それにレスを返して、今は向こうからの投げてくる反応を待ってるんだけど、年末という大きな関所が(サラリーマンとしての編集者には)あるらしく。

どうせ色々書いたりしつづけなければならない作家としては、ああめんどくさい。
それに尽きるのが年末です。

めんどくさといえば、あまりの乾燥がつづき、わたくし、鼻の粘膜が二回も切れました。キレ癖がついています。こわいこわい。

てかみなさん、みなさん

知ってました? おせちって、かならず、自宅でたべなきゃ意味が薄れるんですって。田舎の実家で食べても意味がないんですって!!!!!!

おせちって重箱に盛りつけなくてもよくて、奇数、皿に載せるだけでいいんだって。かずのこ、くろまめ、ゴボウ、とか。かまぼことか。

それ、ほぼ既製品で大丈夫的な(ボソ

以上、ポストに投函されてるこの前の「産経リビング」の知識からでした




ホントはおくらなきゃいけないデータなどもあるんだけど、ついつい小説を進めていってます。


テーマは殉死です(w
わりと、ほも です。


キャラが動くって感覚、おもしろいですね。
ノンフィクション+αでいつもはエッセイ書いてるんだけど、
それにはない。
歴史上のモデルはいますが、キャラ自体は創りものですから、
生きています。
そのヒトたちが動くにまかせて小説は進んでいってる。


八重の桜、キレイに終わりましたねー。
最終シーンはあのロケの時に録画されてたもんなんでしょうか。
また近々書こうとおもいます。
八重の桜で山口・鹿児島がケチョンケチョンだったぶん、
再来年の大河では今度は徳川とか会津がケチョンケチョンにされるんだろうか。
バリバリの朝ドラ大河を目指してるのであろうことが、キャスティングからも伺えます。

来年の黒田官兵衛ドラマの予告もはじめてみましたけど、竹中直人が案の定、実に濃いですね。

あの方、スタジオとかですれ違ったときは、けっこう細くてダンディでオシャレな感じなんですけど、夢見のわるそうな秀吉です。

たぶん秀吉と官兵衛のドラマになると想うんですよね。


赤い衣のえらそうな坊さんがうつってたけど、あれは足利家のヒトであろうか。


再来年の大河の情報も公開されましたよね。

無名(ヒロイン)を使うこと=主人公なのにどうしても傍観者になってしまうから、個人的にはヤバイ気がしてなりませぬ。

いくら有名でも、歴史的データに空白の多い人物を使うこと(例・清盛)が、キャラが定まらないってことでヤバかったみたいに。

むかしは大将その人のドラマをやったじゃないですか。
信長、とか。
でもさいきんは、男性主人公も軍師とか、スタッフ枠を主人公にすることのほうが多い。でもそれと無名ヒロインってのは別じゃない?


松陰先生の妹、というのはいいんだけど、吉田松陰も、久坂玄瑞も、有名所はとっとと亡くなってしまいますからねぇ。なんか迷走してる気がする。大河ウォッチャーとしては、迷走してるといわざるをえない。

男性と女性を交互に主人公にせねばならない、というルールはかなり過酷だろうなぁと思えてならんのでございますよ!

それにくらべると、朝ドラの時代物はすごく自由だなあと思えてなりませんのや。「あまちゃん」みたいな現代物もよろしいですけど、朝ドラは明治大正昭和。この時代を扱ってキラキラ輝く気がします。
「ごちそうさん」もずーっと見てますけど、みんなの演技のアンサンブルがいいですよね。
それにしてもかづえさん、嫁いだのにはビックリした。
かづえさんが不在で浮いたギャランティ分の代わりに、関東大震災で東京のみなさんが転がり込んでくるんだろか(いやらしいおとなのかんてん


そしてまったくブログ更新もしなくてごめんなさい(汗
それなのに見に来てくださってて嬉しいです。

これから気を引き締めて頑張ります。


by horiehiroki | 2013-12-17 08:18 | 仕事 | Comments(0)

よく布団が映るドラマだなぁ…と(笑

最終回を前にバタバタとみなさん散っていかれます。

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あんつぁまも、最初とくらべるとめっちゃ変わったよね、と。

外見だけでなく、

「勤皇の志は薩長にもあった」と言える所まで彼はおのれの哲学を深めていたんだ、と。

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山川健次郎(旧・青びょうたん)と八重は猛烈に反論していましたけども。

こういう部分、再来年の大河の無名ヒロインとして一部で有名になってる
吉田松陰の妹のドラマにつなぐブリッヂなんでしょーかねー。

覚馬さんが同志社の卒業式で語った、聖書の一節をもちいての

剣を打ち変えてスキ(鍬)となし、槍を打ち変えてカマ(鎌)となせ

っていう演説はステキでした。

知識人こそ、楯になる・・・って考え方、ノブレスオブリージュですね。

最後のシーンは。
最後のシーンは、

わざわざ座って死ななくてもいいかなとはおもうけど。(史実かもしれない。八重はジョーの頭をずっと抱え、支えていた、っていうから)。

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こちらは容保さんのラストシーン ブルブルしてる。

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(ひろし、泣きすぎ)

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容保公は本当に孝明天皇からの手紙、”ご宸翰”を大事に肌身離さず守っていました。

これが会津の義を世間に証明する、との考えがあるいっぽう、この「ご宸翰」は、(ドラマに描かれる以上にグダグダで批判も多かった)新政府の立場をあやうくしてしまう。

それは新生日本の立場をあやうくすることでもあり、それを「公人」としての容保は良しとしなかった。
残りの人生すべてをかけてでも耐えるべき試練だと思われていた、というようなコトだったと思います。

たとえば、武士の義を貫くことは正義ではあったが、正義によって、容保は自らの愛する会津を滅ぼしてしまった、という「事実」、そして自責の念と向かい合う日々だったんですね。
これを考えられるのは、ホントのお殿様の証という観がいたします。

ご宸翰の内容ですが、

 「堂上以下、暴論をつらね、不正の処置増長につき、痛心堪え難く、内命を下せしところ、
 速やかに領掌し、憂患をはらってくれ、朕の存念貫徹の段、全くその方の忠誠、深く感悦の
 余り、右一箱これを遣わすものなり」
  文久三年十月九日

という文面です。

堂上というのは、家柄の高い公家さんたち。
本当は帝であるわたしを支えるべき、高位の朝廷の者たちまで、私の思いを裏切って勝手に行動しているのを会津中将(容保のこと)、貴方はよく止めてくださった。私はとても嬉しくおもいます。感謝を伝えるため云々・・・、
というような意味。

宸翰という単語にはそれ自体が尊敬語なんだけど、それにさらに「御」の文字がついて、会津では語り継がれているわけですよ。

そしてこの手紙が伝える「事実」は、ホントに警戒されたようです。

山川浩(名義でだされた、弟・健次郎)の著書『京都守護職始末』が、政府による妨害でなかなか出版できなかった(そのうち、浩さんは亡くなってしまった)・・・というあたりからも、明治半ば過ぎてもなお、大爆弾扱いだったんだな、と。

この時、松平容保一家はかなり困窮しておりまして(新聞の死亡広告の小ささからも何となく透けてみえたかと思いますが。

山川浩はこの一家がなんとか体面をたもって生活できるように苦労してたんですけど、明治35年、3万円の下賜金をたまわった時、伊藤博文の意思が伝えられ、「(のちに京都守護職始末として出版される)本を出すのはやめてくださいネ」と交換条件を出されたらしい。

結局明治44年に、この本は当時既に故人になっていた浩の名前で出版された・・・といわれますが、一斉に本屋にならんだ、とかではなく、会津関係者の間にのみ、広められた、らしい。

秘密保護法違反でしょうか(笑


ということで、大河の最終回あたりは、色んな方が亡くなるんですねぇ。

一方で

「亡くなった人はどこにもいきません。
みなあなたの側にいてくれます」という
新島先生、影と右手(?)の出演。
オープニングの映像で、「新島襄(回想)」ってなってないから
「?」って思ってたんだけど、こういうのってドラマっぽくていいよね

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一方、最高主権者たる天皇の名のもとに、国民を忠臣たるべき存在としてひとまとめに束ねようとする教育勅語の発布に覚馬たちは危惧の念をいただきます。

教育がヒトを縛ってはならない、と。

・・・しかし平和への努力むなしく、日清戦争が始まってしまうんですが(史実でも伊藤博文さんは開戦に否定的ではありましたが)・・・

ちょうど今の日本に生きる我々にはズーンと重たい内容でした。
ほんとに、ちょうど今みたいな「きな臭い」時期に、こういう内容が放送されるって運命を感じます。



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このシーンも、戦を知らない若い世代にとって、戦争とは他人事にしかすぎない、って事実をさりげなーく伝えてるんですよねー。


大河ドラマって偉大だわ。

by horiehiroki | 2013-12-09 10:47 | 大河ドラマ | Comments(0)