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10月22日、21時15分~22時00分(生放送)、歴女子会のウェブテレビに二回目の出演をしてきました。


番組のページアドレス 

大量画像といっしょに幕府側の「イケメン」たちの人生を探る……予定でした。最後まで幕府のために闘ったラストサムライたちについて。お江戸女子ライフおよび、遊女について。「女子のためのお江戸案内」「葵学園」など拙著をテキストに(放送事故に気をつけつつ)語る予定でした。



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放送の様子。某氏の写メから

が、前回、大量の画像にコメントつけていくのが好評だったので……今回は調子にのりすぎてしまいました。
番組史上初の内容が終わらないまま、時間オーバー、「乙でーす」という私の発言で終了という凄い結果となりましたw
放送事故に気をつけるっていってたわりに、ずいぶんと放送事故っぽいかもw

録画映像ですが、なるはやで公開できたらいいなぁとは思いつつも、ちょっと時間かかっちゃうかもしれません。

「女子のためのお江戸案内」「葵学園」のことも、よろしくおねがいいたします。
語れなかったまま残った内容は、違うカタチでまた発表できる予定であります。


ちなみに

↑の画像の小鳥沢さんの前においてあるケースの中のお城は、偶然のように今回の放送に間に合うカタチで届いたという、ファセット社の会津若松城のペーパークラフトです!


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屋根がわらの色も赤っぽいの、わかりますか?
最近、会津若松城は、幕末まで使われていた「赤瓦」を再度用いることにしたそうです。特殊な釉薬をつかって焼きあげ、耐寒性をたかめるための工夫だったそうですよ、この通称「赤瓦」って。

というようなことまで再現されてるのがこちらのペイパークラフトであります。
目の前にあるとずーーっと見てしまう完成度です。

今回はそういうこともあって、会津についてかたりすぎちゃいました\(^o^)/

ということにしておいてくださいwww


追伸:
こちらの森先生による大河ドラマのレビュー、まさにその通りだと思った・・・ 
今度、出演することがあったら、森先生ももしかしたら見学に来てくれるかもしれませんw 出演はイヤみたいですがw



大河、いちおう見てるんですよ。見ててその時はわりと面白いんだけど、頭から色々パーってとんじゃうわけです。終わった瞬間に。今年の大河って。忙しいのもあるけどw


たしかに、(諸説あるけど白装束の)政宗の登場をスッとばすって今回の大河、なかなかのアレだな、と。
政宗が出てこないのに、アイゴー!!ってる朝鮮半島の農民が出てくるあたりもどうなんだ、とはおもいましたがw
今や、われらも悪者あつかいだ! とかいってる台詞があったけど、うまくまとめられてない気がする。そもそも最初から(ry





by horiehiroki | 2014-10-22 12:00 | お知らせ | Comments(0)

電子書籍版・乙女の日本史が配信開始されました。先日、発売された改訂版の書籍版(完全版)を底本としております。価格は700円です。アプリでも御覧くださいませ。
以下の配信先からお求めいただけます。配信がはじまっているか、上位いくつかの配信先をチェックしてみましたが、大半のサイトですでにDL可能なようです。よろしくおねがいします(^^)


【配信先】---------------------------------------------
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by horiehiroki | 2014-10-21 01:59 | お知らせ | Comments(0)



主に吉原を夢の世界にするために遊女達が四苦八苦していたんだよ・・・という世知辛い側面を、遊女コラム第二期ではお伝えします!

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鈴木春信「三都太夫揃 京島原きゃう屋内・江戸新吉原まつば屋内」 18世紀。

鈴木春信の画です。真ん中の遊女がつれてる少女が禿。ハゲではなくカムロ、ですw


年200回以上も行われる自腹覚悟のイベントが頭痛の種! 遊女も苦しんだ営業ノルマの実態


うそ! 年間5000万以上稼いでいた!? 驚きの高級遊女の稼ぎと支出の実態


気前が良すぎる! 高級遊女の金銭美学「メイクから高級着物、養育費まで」全て自腹

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葛飾応為「吉原格子先之図」

葛飾北斎の娘で、女流画家・応為の作品です。吉原に女性も出入りできた…ということの証明ですね。19世紀。



by horiehiroki | 2014-10-19 14:30 | お知らせ | Comments(0)

「知らなきゃよかったニュースNight」というテレビ番組が 2014年10日6日 深夜0:35~1:05、フジテレビ系列で放送されました。
初代総理大臣・伊藤博文は●●した第一号?!っていうのが「偉人の夜の事情にくわしい」堀江の協力分ですw


もともと「知らなきゃよかったニュース」という番組が別の時間帯で放送されており、その復活版第一回目の放送だったそうですが、シリーズ史上最高の視聴率を記録したとかw
さきほど放送作家のKさんからご連絡いただきました。


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くわしくはこちらを。画像は(時間がたつと消えてしまうので)番組の公式サイトから拝借しました。

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by horiehiroki | 2014-10-15 02:16 | お知らせ | Comments(0)

医者にかかるより、神社仏閣に祈ったほうがよほど効果があるとされていた江戸時代のお話です。それにしても、天然痘という恐ろしい病気の対策が、赤い色のアイテムくらいしかないというのって、どーよ、というお話。
病や死に対して、江戸人は現代人には想像できないほどの無力さをかみしめていたんでしょうね・・・。




神社仏閣が医療ビジネスでぼろ儲け!?医者を本気で頼りにできなかった江戸時代


江戸時代の健康法の第一は養生つまりはエネルギーの消耗をふせぐ生き方の推奨です。
ちなみにツバを吐くことも、気力を損ねると考えられ、NGでしたw

現代人のように(限界を意図的に超えつづけることで、体力・筋力をじょじょにあげていく。その反面、ヘタしたら体調をくずしかねない)”トレーニング”などは健康法とは何重もの意味で思えなかったんでしょうね。

↓は養生訓などを著した貝原益軒センセイの肖像画です。

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江戸時代は義務教育はないのですが、教養人の家庭であればあるほど、女性でもそれなり以上の教育を受けられる傾向がありました。
教える側も、教わる側も一番、難易度が高かったのが源氏物語に代表される日本の古典の講義(国学)でした。
が、いくらインテリ=学者の家でも好き・嫌い、得意・不得意というのがありまして。

漢文を中心にやっている学者の娘たちは親が日本の古典に、専門的には親しんでおらず、男の勉学である漢文の勉強を専門的にやらせるのもどうか、ということで、結局として、貝原益軒センセイの書いた女性の品格みたいな本(女大学という)を読むくらい「しか」できなかったそうです。


貝原センセイの本は、町の寺子屋などでも、程度の高い女子学生さんには教えられていたんですけどね。


※ちなみに源氏などの古典を楽しみとして「読む」のと、専門的に「学ぶ」のには差があるのは今日でも同じです。


ちなみに、吉田松陰の実家の女子教育が実は、まさにそういうかんじでした。吉田松陰がみずから親族、家族の女性のための勉学コースの講師になるまでは。




by horiehiroki | 2014-10-09 09:00 | お知らせ | Comments(0)

今週末のマイナビウーマンでの歴史コラムは、ちょっと刺激的な性と愛のお話です❤


参考)

かけなめて 玉名乙女が こぎのばす 翁そうめんは ながきしらいと」 by 北原白秋



第一回

声の良い男性=生殖能力が高いバロメーター!? 意外と知られていない「夜這い」の歴史 






第二回

歌をやりとりしていたのは平安貴族だけじゃなかったんですね。ほんとうに求愛の歌を歌っていた時代もあったのです。そして奈良の朝廷では大舞踏会が開催!


古代日本ではフリーセックスの祭典(歌垣)が行われていた!? その驚きの実態は?


第三回  (NEW!!)

手当たり次第!? 近親結婚を避けるために自由なエッチを楽しんでいた時代があった


暴れん坊将軍・徳川吉宗にレポートされいた、自由恋愛が女性に許され、嫉妬など「存在しない」という、不思議な村の存在とは?!


by horiehiroki | 2014-10-05 22:45 | お知らせ | Comments(0)


乙女の日本史 ”ヒットの裏側”というような内容の短期連載が9月3日からスタートされました!  全7回です。

乙女の日本史を例にとって、歴史コンテンツビジネスについて。世間では非常に珍しい「作家」というお仕事について。わたしと歴史について。そして出版という世界について、などなどを語っていく予定です。

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第一回


期集中連載・乙女の日本史 ”ヒットの裏側”の第1回が公開されました! 


今回は「語り方=文体」と内容選びの大切さをお伝えしました。うまい「語り方」とは、「情報を上手に伝える方法」のことです。続きはウェブでw 


第二回

「恋は、人なり」は、乙女の日本史の一大テーマでした。乙女本以前は、あまり日本史コンテンツで重視されてなかったようですが。さらにマニアックな知識も、見せ方=編集次第でエンタメに! というような内容が今回の眼目。くわしくはこちらから!


そして伊國屋書店新宿本店さんから大変お世話になっておりまして、作品の価値を作るのは作家と出版社だけでなく、ほかならぬ書店なんですね、というようなことにも触れました。


第三回 

乙女の日本史の裏側を語るコラム、連載第3回目のテ-マは、 「萌え」は深追いしないほうがいい……です。
少なくとも商業ベースでの萌えの追求、歴史コンテンツにおけるそれって、ビミョーな気がするんですね。、


第四回 

作家の仕事は書くだけではない!営業力とご縁(運)も実力のうち!?


今回は乙女本っていうより、僕がキャリアをいかにスタートさせたか、みたいな話中心です。●●賞を取る以外に、作家になるにはどうしたらいいの?


by horiehiroki | 2014-10-04 10:00 | お知らせ | Comments(0)

江戸時代初期から、幕末にかけ、「江戸」だとされる空間は、住民の増加、住宅地の開発……などもろもろの理由で、拡大していきました。要請をうけ、1818年、ついに幕府が定めた江戸がこの地図のとおりです。

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北は千住~板橋を結ぶライン。
西は代々木。
南は品川。
東は亀戸。

・・・どうでしょうか。
江戸城を中心として、これらの地名を円でむすんだラインを「朱引」といいました。

この中が江戸。これの外が江戸の郊外扱いです。

郊外=中野に犬小屋があったのもなんとなくわかる・・・。

江戸とは江戸城まで徒歩圏内であるべき、ということかもしれません。


早稲田に住んでた頃、丸の内まではフツーに歩いちゃう(ちょっと歩きたいときね!)って中高年のご婦人がいましたもん。
近道があるのよ!ともいってたけど、まぁ、逆に今の感覚では無理かもね(w

新大久保・大久保あたりには鉄砲隊のメンバーが暮らしており、旗本邸がたくさんありました。
・・・が、どうも現代人の私には新宿と丸の内が「イザとなれば」走って(?)いける圏内だという感覚がありません。新宿にいたときから、その感覚は同じです。・・・。チャリンコでも大変じゃないかなぁ。

いちおう当時の江戸城は現代の皇居の面積よりも広く、たとえばお堀が四谷あたり・・・上智大学くらいまで広がっていたのは事実ですけど、そこに辿り着いたからといって、本丸あたりまでいくのもさらに時間がかかったでしょうし。いちおう”平士(フツーのサムライ)”とは、騎馬を許された人々ですから、「歩く」というわけでもないからかなぁ・・・・・・・・・と色々考えてしまいますよねw

あと下町って呼ばれる東のエリアほど、キレイな碁盤の目みたいになってて、文字撮り山の手の丘陵地を生かして、思い思いにお屋敷街が開発されていった西のエリアとは道路の在り方自体が現代でも異なってるな、とか。

この朱引きがなされる100年ほど前に、同時期のパリやロンドンよりも多くの100万人以上の人口を抱えるようになっていました。その一方で、火事が多く、その類焼をさけるために住宅地より、寺社や武家屋敷の敷地を森のようにしていたため、この3割ほどが庶民の住宅に割り当てられてたにすぎないんですね。


が、同時にこの地図を見てると……まだ埋め立て地も今ほどではないため、もっと狭い土地=江戸だったんでしょうねぇ。

マイナビウーマンで、吉原をはじめとする遊女特集をかいてってるんですが、吉原が幕府に嘆願書をなんども提出したことはよく知られているお話です。

なんの嘆願書かっていうと、要するに非合法の売春をやめさせてくださーーい、的な感じ。あんまりエライ人=幕府につめよれないので、吉原が商売敵に押されているのは、みんなが行きにくい江戸の端っこに吉原があるからなんですよー! だから行きたい!っておもわれても、3人に2人はバレちゃうから、なかなかいけないんですよーーー!!! みたいな叫びが書いてあったりもしました。

・・・・が、江戸中期以降はいわゆる新吉原、浅草あたりでございます。

ほんとに行きにくい場所だったのか????

・・・・・・とか。地図は知識があれば、あんがい面白いですね

10月3日追記:

新吉原あたりは、現在でいう南千住駅から南に徒歩数分~5分程度の所だと思われますので、ほんとにヨシの原というか、池を埋め立てた場所だったんだなーー・・・ということがわかります。推測ですが、道はあるにはあるけど、ルートは限られてて、鉢合わせしやすい(だから見返りの松、とかそういう手合いの何かがあるんですわな)。だからバレやすい、行きにくい。

それにしても千束池の巨大なことよ・・・!

しかし、そのわりに吉原って統計上は9年に一度は全焼してるんですねぇ。





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by horiehiroki | 2014-10-03 08:00 | 歴史・文化 | Comments(2)



東郷青児記念美術館まで行ってきました。

印象派のふるさと ノルマンディー展 近代風景画のはじまり 、

よい展覧会でした!


ブーダンって、弟子とされるモネよりもずっと表現的には「先」に行っていたんだな……と気付きました。


ブーダン「川沿いの牛の群れ」 年代不明、ル・アーブヴル、アンドレ・マルロー博物館

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これが展示されてあったんですが、衝撃をうけました。
帰宅して調べてみたら、完成年代が記入されていない。これは未完成だから……なんですかね。習作というわけでもない左のほうに描かれた牛なんかは、もはや、絵の具をちょんちょんと置いてしまっただけ。なんと大胆!

これを見て思い出すのが↓の作品。

モネ「キャプシーヌ大通り」1873年、モスクワ、プーシキン美術館

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”印象派”展第一回に出品された作品ですね。
展覧会の中でももっとも不評だった作品の一つで、レビュー記事に「ヨダレの跡のような無数の黒いもの」などとクチを極めて批判的な言葉が連ねてあるんですが。

ブーダンには「なかなか才能がある」しかし「なぜ、海の光景をいじくりまわすのだ?」とだけです。

ブーダンが↑の年代不詳の絵で描いた牛に到っては、背中のブチ(斑点)だけですからねー。

今のわれわれの目からしても、思い切りのよさには驚くかぎりです。ブーダンは「空気」を描きたかったのだな、と。


さて、このノルマンディー展、ノルマンディーという土地にどうして上流階級や、画家たちが吸い寄せられていったのか・・・を19世紀始め頃からのロマンティックな廃墟ブームとか、「ピクチャレスク(絵になる)」な光景をもとめ、アーティストたちが集ってきたという説明つきではじまります。
いろんな画家の小品がみられます。特別に技師を手配して版画になったターナーの作品は白黒だけど、なんだか濡れたような気配がかんじられ、ターナー特有の「朦朧体」がありましたよ。

フラゴナールの息子も画家になったとは驚き。


そして次の部屋あたりからブーダンなど印象派の最初期~中期くらいまでの作品群が。さらにはギュスターヴ・クールベが並際を描いた激烈な作品も何点か。クールベは写実主義とかいわれているようですが、ドラクロワのようなロマンティックな系譜に連なるというか、ほんとに主観的で壮絶な心理ドラマを風景に見出そうとしている。その描き込みにちくいち、すごい迫力が感じられますよね。

一方で、「同じ」ノルマンディーの風景を描いたブーダンとクールベを比べてみたところ、痛感するのは、画家は手指のかわりに、みずからの眼差しをとおして世界におずおずと触れ、それを解釈する者であるという事実です。

写実派は、下草のやわらかさと、ざわめく木々の無数の葉の美しさを描きます。

印象派の画家の場合、森や草は風にざわめくものです。彼らは空気そのものを描こうとする。まさに情景、印象・・・。

”ロマン派”の画家の場合、情景を前に沸き起こってくる自らの内的なドラマを描こうとする。風や木々のざわめきに宿命的な悲劇を感じる……とか。


このように●●派という美学的なあつまり自体に、画家の何を、どのように描くか、という欲望の傾向があらわれており、完成度の高い絵とは世界によりよく触れることが出来た絵である・・・・・といえると思います。




by horiehiroki | 2014-10-02 10:00 | 展覧会 | Comments(0)