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ヒメシャラ

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一昨日くらいから咲き始めました。我が家に初夏のおとずれを教えてくれる白い花です。




by horiehiroki | 2015-05-30 06:10 | 園芸・家事 | Comments(0)

※現在編集中

うらやましい!? 昔の銭湯は男女混浴&アンダーヘアのケアも当たり前の場所だった
 


玄人=黒人とはちがう、しろうと=白人こと 町娘についても書いてみました。
出会いスポットとして、混浴の銭湯は使われていた……というお話です。銭湯で、視線をあつめて公然と行うこと自体に、モテを誘おうとしていた意図が見えてしかたありません……w

出会い探しは現代も同じ! 1日に何回も銭湯に行って、縁日にでかける女子の行動

銭湯と神社の境内の行き来は、リア充志向のお江戸女子の定番コースだったのかも… 遊女以上に素人娘もけっこうなしたたかモノだったんだなぁ。


支払われるお金は「線香代」!? 舞妓さん=会いに行ける10代美少女アイドルだった時代

当時もロリコンはよろしくない趣味として認識されており、ローティーンの少女たちは売春はできません。それはとくに三大遊郭など、官許を得た遊郭では特に、です。
しかし、やはり年若い女の子をホッする殿方はおり、その時に生まれたのがアイドル的な存在なんですね。ティーンアイドルとして活動すると、その後の人生が江戸娘のばあいでもくるいがちというのも興味深い話題ですw

身体も売っていたと判明! 遊女から派生した存在「芸者」は遊女の商売敵だった
 
稼げなくなった女性を安売り! 客を芸者に奪われた遊郭の最後の切り札は「お徳用遊女」

これに関しては、先日、吉原衰退期といわれる江戸時代後期の、ある吉原の芸者屋の支出記録を見ることができました。その芸者屋の年間売り上げだけで1億近くです。遊女屋がどれくらい儲けていたかを知る資料はすくないのだけど、ミカン伝説のある材木商の紀伊国屋文左衛門などと張り合ったライバルの中に、大坂・新町の遊女屋経営者がおりまして、彼はとんでもない贅沢な屋敷にすみ、その個人宅が新町名物になるほどでしたし、吉原に旅行して散財もしていました。……人気の遊女屋ひとつ経営するだけでそれほど儲かった、という話なんですね。
(1)その水準に迫るほど、儲けがあがらなくなった あるいは(2)芸者屋はともかく、遊女屋は売春も隠れてするようになった芸者がいるため、儲けが少なくなった。しかし、幕府から求められる税金や賄賂の類は変わらず苦しんでいた ……このあたりのどちらかではないでしょうか。
書面上、幕府は吉原に対し、各種使節が江戸に来たときの接待など労役を中心とする租税を課していた……とのことですが、それがお金を納めることで免除されていたことも事実のようです。
税金についての具体的な資料はほぼ、ないとのことで残念ですが……。


ほかの記事は↓からまとめてご覧になれます。
http://woman.mynavi.jp/lifestyle/column/rekijyo/top/
by horiehiroki | 2015-05-25 01:21 | お知らせ | Comments(0)

生誕110年 片岡球子展

竹橋の近代美術館まで、片岡珠子展にすべりこみで行ってきました。
薄く塗られたり、盛り上がるように塗られている岩絵の具をみていると
絵画も二次元ではなく三次元なんだ、という言葉を痛感。
絢爛たる色彩を、着実に画面に調和をもっておとしこんでいける、バランス感覚がとにかくすごい。
そして、歴史的な御約束に、まったくしばられない彼女の創造力の強さを堪能しました。
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片岡珠子の描く足利尊氏

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たぶんそのモデルの木像。

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by horiehiroki | 2015-05-18 10:59 | 展覧会 | Comments(0)

マツバボタン

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マツバボタンは母親が、かつて暮らしていた父方の祖母の家の離れの、夏の思い出の花の一つだそうです。
母親の記憶では玄関が薄暗かったのにもかかわらず、ヤマブキやマツバボタンは元気に咲いており……ということで、とくに調べもせず玄関脇の薄暗い所に華を添えるつもりで昨年おいてみたら、開花成績がわるかったです。株をムダにしてしまいました。ひとつも種がつかなかった……
ヤマブキは株をいただいて、今年から育てていますが、……ぎゃくに薄暗いほうが好きみたいで、こちらに関しては母親の記憶は正しかったようですが。

さて、写真の品種は松葉牡丹の中でも「ソーラーキッズ」という80年代っぽい名前の品種です。
やっぱり太陽光に晒して育てなきゃダメですよね。…

さて、この品種は3㎝くらい、ホントに牡丹の花みたいな花が、赤、白、黄色と一つの株に同時に、つぎつぎと咲くのは圧巻です。フツーのマツバボタンは一日くらいで萎みますが、これは二日くらいは開きっぱなし。
今年は二株ほど求めましたが、のびた枝を挿し芽したら増えるらしいので、増やしてみようか、と。
撮影用に室内に入れましたが、
栽培のポイントは太陽によくあてることと、水は少なめに保つということ。そうすると、ヒョロヒョローっと株が大きくなることを防げて、見映えがよいそうです。

この品種、去年育てたフツーのマツバボタンよりもたくさん種が付きやすいようです。数多く咲かせたい場合は、花が終わるとこまめに取ってしまうことでしょうね。株が元気なウチに種を収穫しようかな、とおもって、いくつかはわざと残していますが・・・。

そうそう。
先日、徒長したパンジーを切り戻ししましたが、無事、切り戻しをしたほぼすべての株でまた、蕾が付いたり、花がひらきはじめました。小さくなりはじめだった花の大きさが元にもどって、大きくなったりしていますし、株の状態も元気そうで嬉しいです。






by horiehiroki | 2015-05-16 09:31 | 園芸・家事 | Comments(0)

のび太氏著者デビュー

本日、ある動画番組の企画で、自分がコラム書いてる
豊島園のウェブ会社・ノイズにおじゃましてきましたんですが…

ノイズ社の子会社にあたる
NOBITA社(ホームページ製作会社、2014年創業)の社長で、通称・のび太氏が
王子 翼(※本名)として、海外就職経験に関する経験をまとめた電子書籍を書かれた、とのことでご連絡いただきました。

実物見てないんですけど
面白いな、と思いまして記事にさせていただきました。

のび太さんが月間15万PVを誇るブログの主というのはしってましたが、今回のプロモーション用に書かれた記事は、ここぞというところでご自身の新しい恋にからめ、読書好きの彼女に「凄い」っておもわれたい一心で、本まで書いてまとめてしまったんだぞーーー!!みたいな意欲までもがしれっとアッピールされており、ただの広告に終わってないところがさすがの手腕というか、いーなーと思いました


ていうか

僕(=のび太氏)自身、今回の恋が一生で最後だと思っております。年齢的にも精神的にもラストチャンスでしょう(※原文ママ)。



…アンタいくつなんやっていうお話(゜ロ゜;)

……1987年生まれっぽいですけど。


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28歳になる直前のオンナがもっとも高値で売れるの!って「やまとなでしこ」のヒロインがずーっと言ってましたけど

のび太さんって神野桜子さんだったんでしょうか…w

いいえ、のび太さんの一番良いところはもちまえの素直さと悲観的なところが、うまいこと連動してグルグル回って、それが猛烈な行動力に反映されている部分ではないでしょうか……

桜子さんも相手にわざと熱い珈琲ぶっかけたりして、クリーニングいたしますわ!!って二回目にあう口実とりつけてたなぁ。


by horiehiroki | 2015-05-16 01:18 | お知らせ | Comments(0)

昨晩は、武蔵野までアンドレアス・シュタイアーのピアノを聞きにいってきました。第一曲がバッハの『平均律 第一巻』から、ハ長調の前奏曲とフーガだったのですが、これが音楽の輪郭線がぼやけるほどにペダルが多用された、滲んだ水彩画のような……古いレコードでしか聞けないような古風で、ロマンティックな響きですらあったんですね。
ビックリしました。
最初は違和感しかありませんでした。彼がものすごくピアノのペダルを踏みまくるのには……。

シュタイアーといえば基本的には、古楽の演奏家です。
古楽とはだいたい19世紀半ばくらいまで(場合によっては20世紀初頭あたりまで)の音楽を、それが作られた当時のイメージを生かして演奏する(=ピリオド奏法)というスタイルです。
ピリオド楽器・時代楽器ともいわれる、18世紀とか19世紀の当時の楽器をつかって演奏しなくても、ピリオド奏法さえあれば、古楽は実現できる……というようなことをアーノンクールという音楽家は著書で熱弁していましたし、実際に、モダンピアノでバッハやモーツァルトといった古楽の時代の作曲家の演奏をするとき、モダンピアノを専門にしているピアニストは、ペダルの使用をごくごく限定的にし、響きを研ぎ澄ますようにして演奏します。

それが現在の標準的なスタイルとされているからです。もはや誰もそれを疑うことはないと想うほどに定着していると思います。
僕の記憶ではだいたいモーツァルトイヤーだった1991年あたりから、日本にも浸透しはじめた感覚がありますね。
わかりやすくいえば……あのグレン・グールドがバッハやモーツァルトを弾いた時みたいな、純水みたいに澄んだ響きですね(ちなみにグールドは古楽の演奏家風に装飾音などをバンバンいれたバッハを録音していますが、実際のところ、学術的な裏付けはない、そうです。専門家の方に以前、うかがいました 笑)

しかし、20世紀初頭の演奏家はまったくその反対の音楽を志向、ロマン派の曲を弾くときも、古典時代、バロック時代の曲を弾くときも、ペダルを多用して演奏していました。ペダルという装置をつかいこなしてこそ、モダンピアノという楽器をつかいこなしたことになるという考えでしょうか。

なお、古楽的なスタイルで、古楽時代の音楽を弾くようになったモダンピアノのピアニストとして、一番最初に名前を思い出すのは、アンドラーシュ・シフです。シフは、とにかくペダルを使わないことにコダわりを感じて演奏していた時期があります。また、モーツァルトの時代のピアノで、モーツァルトのピアノ三重奏曲を録音したCDなんかもありましたね。

一世風靡した(?)、シフによるスカルラッティのソナタの演奏は東京オペラシティで実際に聞きましたが、氷で出来た彫刻みたいなイメージの音楽像は生まれて美しいものの、純粋すぎて退屈というか、わざわざ現代のピアノでやるべきものなのか、ペダルを封じることで、去勢された音楽になってはいないか……というような違和感をあらためてもったのもまた事実です。時間はすぎていってるんだけど、音楽が流れていない感覚。

ペダルを多用した場合としない場合では、CDなどを聞いていても、ハッキリ、音のつくる像の違いがわかります。最近の演奏家の奏でる18~19世紀の音楽は澄んだ響きの端正さが第一のウリだったので、てっきり、シュタイアーもそういう音楽をさらに冴え冴えと奏でるはず、と勝手に思い込んでいた自分は、にじんだ水彩画のようにまじりあう響きのバッハが聞こえてきた時点で驚愕したわけですよ。

今回はモダンピアノのリサイタルということでしたが、1980年代前半には、古楽オーケストラ所属のチェンバロ奏者として頭角をあらわし、あれは90年代末~2000年代はじめごろだったでしょうか、バリトン歌手・プレガルディエンとのシューベルト「冬の旅」の録音では、フォルテピアノを弾いて、詩の世界を表現する歌い手とはまったく別の方向から歌曲の背景に迫った切り口で、われわれを唸らせたシュタイアーの音楽には、基本的に「鋭い」「知的」といった要素が必須だと思っていたので。

……ペダルの話しばかりしてすいませんが(それだけ僕には衝撃だった)、シュタイアーは他のモダンピアノの演奏家が非常に気にするであろう、踏んだペダルを上げる時のアクションにも比較的無頓着で、こちらも二重にビックリ。けっこうな頻度でペダルをもちあげた時のノイズ音が微妙にいりまじり、「~~~~うぁん」みたいな響きがしょっちゅう聞こえました。本来これは、ポジティブに「味」というべきものより、演奏ミスの一種かもしれません。
おそらく、ですが、これはモダンピアノを弾いた古楽奏者としての美学だけでなく、不調というようなことでもあったと思います。休憩挟んだ第二部では、より表現の精度が増して、音楽の表情もより晴明なものに変わっていたのですが、この手のノイズは少なくなっていたので。

(すくなくとも)シュタイアーは、機械のように精密な弾き手というより、自分の感性と手指をいちばんいいカタチで響き合うまでに時間がかかるタイプの……いわばロマンティックなタイプの演奏家だったのかもしれないなぁとも思いました。

もともとチェンバロやフォルテピアノといった楽器を、聞き手はつねに触れているとは限りませんから、自分の身体感覚や演奏スタイルとハッキリ比較して聞くことはできません。しかし、シュタイアーがモダンピアノを弾いてくれたおかげで、彼は実はバリバリと鋭利に奏でるタイプというより、リッチでロマンティックな響きを嗜好する(しかしリズムには一定以上のコダわりがある)……そんな音楽家だったのかな、というようなこともわかりました。最初は面食らいましたが、いわばシュタイアーという芸術家の見取り図を得ることができたよい機会だったと思います。

シュタイアーはモダンピアノを弾くときも、われわれが最初にピアノの先生に教わったように、ミカンを持つ時みたいな少し丸めた手を徹底して続けており、鍵盤を掴み取ろうとするようにタッチを繰り出します。それはバッハもシューマンも同じなんですね。

さて、ペダルの話だけでなく、今回のリサイタルが面白かった点ですが、バッハの平均律からの数曲にくわえ、ロマン派の作曲家であるシューマン、メンデルスゾーン、そしてブラームスによるバッハへのラブレターともいうべき小品群がメインとして演奏されつづけました。いわゆるピアノソナタのようにフィナーレにむかって突き進み、開放感のある終わり方をするタイプの音楽ではなかったので、論文発表を聞いているような気にもなりましたが、興味深かったです。
音楽は、古典派、ロマン派と時代を下るごとに、何かに刺激されてうまれた感情を表現するツールとなっていきます。しかし、今回、シュタイアーの奏でるバッハの作品を聴いていて、バッハの音楽は感情を表現する以前に、人間に感情を生起させるシステムそのものなんだ、小さな世界そのものなんだ……ということに気付きました。

バッハの到達した音楽の高みに迫れたのは、ベートーヴェンでしょうか。彼もまたフーガという形式の天才で、まったく違う高い到達点を築き上げました。ベートーヴェンがもしいなければ、バッハのフーガを生き、愛し、死んでいく人間の目線で解釈したモーツァルトの作品もひとつの大きな到達点だったといえるとおもいます。モーツァルトがこのジャンルで損したのは、ベートーヴェンの高みの影にどうしても埋もれてしまうからでしょうかね。

今回おもしろかったのは、ロマン派の作曲家たちがバッハ作品にいかに影響され、それへの愛を訴えたかがわかるだけでなく、ロマン派のバッハに影響された作品があるからこそ、われわれのバッハ像もまた変化しうるのだ、という事実ですね。つまりは一方的なバッハへの片恋ではなく、演奏家の存在をえることで、作曲家同士が時をこえて通じ合い、円環を描いて、交流し合い、刺激しあっている……。
そんな様を、シュタイアーによる「これはフツーのピアニストはこういう風には絶対弾かないだろうな」というユニークな演奏を通じ、頭の中で想い描いていました。
現在が、過去を変えうる、という。



by horiehiroki | 2015-05-12 10:11 | 音楽 | Comments(0)

意外すぎるフリージア


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亡き父が八丈島で球根をもらってきてしばらく育てていたという、我が家の思い出の花・フリージア。
母親の薦めもあって今年から栽培にチャレンジしました。

イメージとはまったく違う花でした。
楚々とした清潔なイメージの強い花ですが、育ててみたところ、印象の相違に本当におどろかされたものです。

まず球根の時点で、痩せたらっきょうみたいなカタチ。
本当にこれ、咲くのか? と思えるほど貧相な外見なのです。

あとで知ったのですが、同時期に植えつけたチューリップや水仙とは異なり、水さえあればとりあえず花は咲くというタイプの球根植物ではない、とのこと。土中の栄養分を元に、ようやく花を開かせるのがフリージアなのだとか……。

その一方で、11月末の植えつけ(11月はじめくらいまでに植えつけるのが普通らしい)だと
すでにヒョロッとした芽がか細く出てきているような、そんな意思の強さがある花でした。

土に植えて、一ヶ月ほどでしょうか。ニラのようなかぼそい葉が出てきました。芽吹く速度はまちまち。
東京ではわざとギリギリまで球根を寝かせて、12月頃に栽培開始するのもテクニックの一つだそうです。
というのも温かいうちに土に入れると、もともとアフリカ産のフリージアはどんどんと成長してしまい、冬をこしにくくなるんですね。

育てて意外だったのは、フリージアの茎や葉がすぐに折れてしまうこと。風が強いとそれだけで折れますし、何かが当たっても折れてしまう。冬をこしにくくなるのは、移動させたり、保護のためにワラなどをかけると折れてしまうから、ということに気付きました。
とても脆く、弱いんですよねぇ。しかも、その折れた茎を水にさしておいても、まったく蕾は生長しないまま、熔けてしまったり。やりたい放題、ワガママだけど、脆い、そういう問題児みたいな感じでした。

石灰質を十分に混ぜた土壌を好む植物だし、その手の土壌では、株の徒長も防げるのだそうで、焼いた卵の殻をすり潰したモノなどを与えていますが、あとのまつり。

直射日光のあたる時間なども関係しているようですが、ものすごく好き勝手な方向に伸びてしまうんですねぇ。土はすくなめ、ツボ型の鉢に植えて、ヘリにもたせかけるようにして栽培するといいかもしれません。


これも育てて、はじめて知ったことですが、フリージアという植物は、お行儀が悪い植物です。

のたくるのです。非常に外見がわるい……。

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花や葉がペターンと土に倒れてしまったり、酷いやつなどは横八の字(永遠のマーク)みたいにグネグネとくねり、病気か?!と作り手を焦らせるようなまでの自由なカタチになってしまいます。
その割に、最低気温が五度以下が続くと、枯れてしまうそうで、昼間は日にあてて、夜は玄関の土間に取り込むという日々でした。



さて、蕾の存在がようやく確認できたのは、11月末に同時に植えた水仙、セイヨウスイセン、チューリップの類がおわりはじめたころ。まさに、ようやく、です。コメの穂状のものがニラみたいな葉っぱから分離して出てきて、しかもこの蕾の原型はまったくその後のフリージアを思わせるものではないため、不安にさせられました。

が、それが猛スピードで、日に日に膨らんでいき、だいたい5月初め頃、八重のセイヨウスイセンが終わるころに、ようやくさきはじめたのです。

そして今、現在も満開の状態です。最初に出た穂があまりに長く、大きく伸びてしまい、しかもそれが花の波のようにうねっている。切り離して花束を作り、家のあちこちにかざっています。12個ほど、やせたらっきょうのような球根を植えただけなのに、これは素晴らしい収穫量かな。

花は比較的寿命がながく、お得感は強いですね。リビングにおいても、食事の場においても、さしさわりのない程度に上品な甘い香りもします。

しかも、一つの株がどんどん新しい穂を繰り出してくるため、今後も期待できるかなぁといった所。花にすこしアブラムシがついてきているので、ある程度、温かくなったら、オルトランなどを撒いてやったほうがよさそう。また、土に倒れ伏すように咲いている花は早めに切り取り、花瓶で鑑賞してあげたほうがオススメですね。

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画像でわかりますかねー。花の花弁には標準的な枚数が決まっているわけですが、フリージアは四枚のものもあれば五枚のものもあり、かなりアバウト……。蕾の向きもテキトーで、変な方向から咲いてしまった場合、茎や他の花と位置関係で潰れてしまうことも。

フリージアは切り花だと人気ですが、実際に育てているお家は少ない理由もこれらにあるか……と。今年、花がおわって球根を掘り上げた時、おそらく球根は植えた時とほぼ同じ、らっきょうみたいなカタチのまま土中にありそうです。
来年もチャレンジする予定。来年は白い花の球根があるといいなあ。

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by horiehiroki | 2015-05-10 11:16 | 園芸・家事 | Comments(0)

切り戻したパンジー

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この時期、春の花のケアが必要です。
背丈が高くなりすぎて転倒したり、モジャモジャになって風通しがわるく、病気が出たり。
花の咲き具合も悪くなってしまうんですよね。しかし、「切り戻し」をすることで、花の勢いが復活すると聞き、時間をつくってやってみました。
蕾や花がついてても、構わずバシバシ切れ!と書いてる本もあるけど、それだと丸裸になり、さむざむしいので、適当に残しつつ、長くなりすぎた枝をハサミできっていきます。ポイントは、枝と枝の間に、1㎜くらいの小さなツノみたいな芽の子供がいるんで、それを残して切ることです! 

……スマホに撮影して記録したんだけど、故障したのでたぶんふっとんじゃったかなー。
てかさ、中小企業になっちゃった某シャープ。対応も中小企業並になっちゃいましたね~。
いまだになんの連絡もこないですねぇ。ショップにきいても「われわれは待つだけ」みたいなことで。
……とグチが入りましたが、切り戻した花を小さなプラ容器に挿してみました。
フラワーボックスみたいでキレイですね。

すでに切り戻したパンジーの鉢の半分くらいは新しい花をつけてるし、その花もより大きくなりました。株も元気が戻った様子。長い間、咲き続かせるには多少の手入れが必要ですが、パンジーはすごくコスパのよい花だなぁと思いました。

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by horiehiroki | 2015-05-10 09:46 | 園芸・家事 | Comments(0)

スマホ突然死につき

>お仕事関係の皆様

私が使っているスマートフォンが故障しました。
電話などが通じない状態になっています。
復旧まで14日くらいかかるそうです。
用のある方はメールお問い合わせください。

>新規のお問い合わせをしてくださる皆様

ウェブメールに接続できないので、お返事はかなり遅れると思いますが
ご了承くださいませ

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レアな機種とかなんとかで、代替機種が用意できないと
しれっといわれてしまったので、
14日ほどWILLCOMのガラケー生活にもどります……が
自分から電話をPHS以外に発信できないので、ワン切りとかになると思います。
子供か。




by horiehiroki | 2015-05-01 00:57 | お知らせ | Comments(0)