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テグレトールの副作用

この前、母が三社神経痛の治療で出されたテグレトールを2ヶ月ちかく服用した後、薬疹が急にでるということがありました。皮膚科の先生はすぐにそれがテグレトールの副作用だということを見抜き、薬の服用を止めてくれということになりました。運良くその同日、総合病院の予約もあり、そこでたまたま来院していた脳外科の先生に特別にみていただくことになり、別の薬が出されました。経過は順調です。

さて、本当に薬疹にテグレトールが関与してるかどうかの検査結果が予定よりも数週間ほど遅れて出てきまして、やはり結果は「陽性」でした。

陽性=薬剤に身体が過剰反応する状態は、通常の数値なら「2」程度らしいんだけど、母の場合は「5」近くもあって、それで何度も検査をやり直すことになったのだろうと推測。

これは本当に危ないなぁ、二度と使えないなぁ、ということになりました。

現在は総合病院の新しい先生に担当していただき、その方の処方によるリリカとサインバルタという薬剤を服用して様子を見ていますが、やはり効果はあります。テグレトールほどよく効くというわけではないにせよ、だいたいの痛みは抑えられている状況で日によって差はでますが、大きな副作用やウトウトしてしまうというようなことはありません。便秘はあるみたいですが……。
実は母にとってサインバルタは二回目で、以前、腰や足の痛みを脳神経的な何か?と疑って服用していた時期があったのですが、その時、ほぼ三叉神経痛は出なかったので、別のトコに効いてたんだなぁ……と。


ちなみに三社神経痛については、お医者さんによってポリシーというか、見解がまったく分かれます。

昔ながらの人……要するに自分が認めた症状しか三社神経痛ではないと断言、誤診する人。何を見ても三叉神経痛と誤診する人……が残念ながら多い印象があります。医者の多い都内でも多いのですから、地方の場合はより深刻な気がします。

歯科医のほうがまだ競争が激しいぶん、情報のアップデートはすみやかですので(とくに患者さんに親切で、設備や対応がよい医院の場合)、歯に原因のない顔や口腔内の痛みに三叉神経痛では?という対応をしてもらえたりしがちなのですが。

歯科医ってまた特殊なジャンルですからねぇ。
野心をたぎらせて、病院勤めから比較的若くで独立……したものの、知識も経験も中途半端、自分の考える理想の医療環境を少しでも実現しようとして多額のローンを借りてしまった結果、青色吐息になってるセンセも少なくないですからねぇ。
こういう場合、下手するとこれも必要ない抜歯や保険外治療を持ちかけられたりして危険……。
本当に抜かねばならないか、その治療が必要かは、疑問に思ったら直ぐ、別の医院に相談したほうがいいですよー

また、基本的に原因がハッキリしない症状のほうが多いわけですし、「痛み」ということについて各科がもう少し総合的に連携して色々してもらえるようなシステムを(せめて総合病院内でも)作ってもらいたいものです。

話がずれました

……ちなみにテグレトールに副作用がある場合、それ以外の薬剤は歯科医では出せないという決まりがあるので、転院ということになります。
まずはテグレトールが効くかどうか。効いたらそれは三社神経痛だということになります……が、そのテグレトールには重い副作用が出る可能性があるので、投薬を続けていいのかどうかという別問題も考えねばなりません。なんでも薬飲むだけでオッケ~って気楽に考えてはいけないな、と痛感する日々でした。
by horiehiroki | 2016-08-29 10:21 | 日々 | Comments(0)

cakesで乙女の美術史を

先日発売された文庫版の「乙女の美術史日本編」。

cakes上でもコラムとして 部分的に読めるようになりました!
第一回目は一時期のカドカワ映画みたいな吉祥天VS弁財天のナマナマしい話です


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cakesの連載は毎週金曜朝10時更新予定、とのことです!

by horiehiroki | 2016-08-29 04:04 | お知らせ | Comments(0)

教育

最近、脱「ゆとり教育」について新聞などでも触れられることが増えてきました。

教育改革が考えられているのであれば、もう少し、個として生きる力を子どものころから鍛えていくべきかな、と思うんです。個人的には「家政学」をもう少し小さいころから、男女ともに段階を踏んで教えていくべきじゃないかな、と考えます。
これまでの日本では、強力で優秀な母親(妻、というより、お母さん、と呼ばれている女性)が家庭内で大活躍をし、男女をとわず子どもたちや夫など家族の生活の一切を引き受け、雑用をこなし、彼らの人生をサポートする……というのがベストとされてきました。
しかし、その母親と別居したり、彼女が病気になったり、加齢してそれほど動けなくなった時、はじめて家事の大変さに気付く……というような事態になってからでは、遅いんですよねー。
僕たちの世代も家庭科などをやらされましたが、副科的な扱いで、あまり深刻には捉えられていませんでした。そして小学生くらいで家庭科の時間は終了、中学のころは男子は技術なる科目を学ばせられますが、それ以降は完全に苛烈な受験戦争のただ中に入るので、自分の生活の大半を「お母さん」に引き受けてもらって毎日通学、通塾……という事態となってしまいます。
つまり、子どものころに一瞬で、思春期という重要な時期にまるで家政というものに触れるチャンスが奪われてしまいがちなんですよね。これは重大なエラーだと思います。

自分は一軒家を買ってから、親と家事を分担するようになりましたが、スーパーでまともに買い物できるようになるまで4年くらいもかかりました。自分で買い物するようになると経済のことが気になるようになります。実学といえば、第一に経営学や経済学、商学だけでなく家政学も含まれているべき……と思うようになりました。
これまでは「暮らしていたら自然に身につくもの」=家事や料理の知識でしたが、これからは、道徳心などと共にみんなで考え、学び、身につけていかねばならないと思うんですよね。
実際のところ、極端に太りすぎたり痩せすぎたりするのも食物や、栄養に対する知識や考え方が足りてない場合が多いような気がしています。
by horiehiroki | 2016-08-24 12:24 | 日々 | Comments(0)

「扇の曲」

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「扇の曲」、という夏菊が咲きました
白い夏菊は花びらの退色が少ないですね
本来ならば6月、10月の二期咲きらしいんですが…開花はお盆過ぎで
どうなるんだろう…?
by horiehiroki | 2016-08-19 15:38 | 園芸・家事 | Comments(0)

とくに音楽関係の執筆のオファーがあるわけでもないんですが、通常のお仕事にくわえて今上帝の退位発言、現実とバーチャルの世界が本格的に連動したポケモン、すごいオリンピック、吉田選手の銀メダル……その他もろもろで世の中が騒然としておる中、ぼくは夏の自由研究として立花隆「武満徹・音楽創造への旅」を熱心に読んでいました。

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著者がジャーナリストの立花さんなので、20世紀の”クラシック”の音楽事情のウラ側、”現代音楽”、もしくは”音楽”とか”芸術”の世界に生きている魅力的な人々の群像……といった要素が強く浮かび上がり、他の武満論とはかなり違った本になっていました。たぶん普通に単行本化しようとしたら、2000ページ以上の大部だったと思います。この本、ページのスミまでギリギリに文字を詰め込んだ二段組みでデザインが組まれてるんですよね。それでいて内容が乱れている、校正が出来ていない印象もないので(さすが!)、おそらく立花隆でなければ出せなかった本だと思います。
ただし読んでも読んでも終わらない。でもすごく面白いことがかいてあるので、斜め読みが出来ないという厄介な本ではありました。

個人的にもっとも興味深かったのは、自作をほぼ全て失敗作というまでに「厳しい」彼が自分で評価している曲と、他者(世間)が評価する音楽がほぼ、ずれているという点。
たとえば「地平線のドーリア」という曲があるんですが、これを武満徹は(世間的には代表作とされている)「ノヴェンバー・ステップス」という琵琶・尺八の独奏と、オーケストラのパートを持つ曲よりもずっと高く評価しており、小澤征爾などにもCDには「ノヴェンバー・ステップス」とカップリングとして、それを演奏してくれ……と頼むに頼み込んで、ようやく演奏・録音してもらった。しかし、その後、小澤はノヴェンバー…ばかり演奏して、「地平線のドーリア」については「正直、ぼくにはわからない」とすら言われてしまった……というようなエピソードが載っています。
それでもこの曲には何種類か録音があるのですが、この本に収録されたインタビューが録音された時点では、武満は演奏の出来に満足ではないらしく、再録音を考えているというようなことをしきりにいっています。
たしかに……キャッチーとはいえない音楽かもしれません。
しかし、二種類録音を単純に聞き比べた限りでも、まったくアプローチ次第で違う様相を見せる音楽だな、ということはわかりました。若杉弘の指揮では音楽の背景は確実に「秋の野」であり、チチチチチというヴァイオリンに出てくるモチーフは虫の音として表現されているのですが、小澤征爾の指揮では、このチチチチチという部分は、ごくシンプルに演奏されるだけだけでした。
あくまで武満の音楽をあくまで絶対音楽・純粋音楽として小澤は捉えており、そのモチーフも解釈したのでしょうね(両者の演奏はYOUTUBEでも聞き比べられると思うので、興味ある方はどうぞ)。いずれも武満には理想の音ではなかったようですが。

また……「ノヴェンバー」は、独特の音階を持つ邦楽器というと、西洋の音階を持つオーケストラというまったく違う世界が共存してしまうという意味で、武満のような鋭敏な耳の持ち主には、非常に気持ち悪い音楽になっているようです。
この曲を(この曲を初演した小澤征爾たちの演奏で)、聞き直すと、邦楽器の部分とオーケストラの部分の異なる音階が交じり合ってなどいないし、むしろ対立している。そしてその落差というべきものが、どうにも「気持ち悪い(初演をたまたま聞いた、永六輔の評)」……と思えるようにワザと作ってあるようです。この曲を邦楽器のソロとオーケストラのための音楽として仕上げてよいものか、と武満自身、すごく迷ったというのが実によくわかった気がしました。

実際、曲の中心~後半部分にかけて、オーケストラが長い沈黙に入り、琵琶と尺八だけが対話しあうように独奏するんですが、この部分の中で、日本の音階で、日本っぽい旋律を尺八が吹き始める瞬間があります。この時、「あぁ、これが本来のこの楽器の姿なんだ」と納得する一方、それまで西洋のオーケストラといちおうピッチを合わせて、鳴っていた音楽は一体なんだったんだろう・・・?と思ってしまう瞬間。そして邦楽器の独奏が終わり、西洋楽器のハープが音を引き継いだ時に感じる、愕然とするような落差…。

でも同時に、「ノヴェンバー」はこの頃の武満の音楽の中では、イントロをふくめ、ものすごく「まとまった」音楽になっていることは事実ではありますが。
このノヴェンバーを作曲中に、「ノヴェンバー・ステップス第 2 番」が完成していた……という事実にも驚きました。この二番こそが、「グリーン」という曲で、一般的にはドビュッシー的な響き云々……と言われることが多いんですが……聞き直してみると、まったくドビュッシー的とは言えない響きのように思えてきました。

武満は、本当に作品ごとにベースとなる技法を変え、新しい音を探求し続けた人なのですが、初期から後期にいたるまで、本当にどれもこれも(上手く言えないのですが)「武満トーン」で満ちた作品を作ることに成功しています。

これは本当に凄いことで、作品を少し聞くだけで、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン?とわれわれがだいたいわかるように、武満の場合はわかってしまうんですよね。

本の後半部で一番面白かったのは、例の恵まれぬ傑作(?)「地平線のドーリア」を聞いた上で、それにピンと来たという宮内庁から雅楽の新作の作曲依頼を受け、書かれた「秋庭歌」という作品の話です。
武満作品の冒頭に出てきがちな不協和音が、笙という楽器で演奏されるのですが……これが、西洋楽器の場合とはことなり、過度なインパクトをもって響くなんてことがまるでないんです。これにも驚きました。

武満自身、安保運動などに熱心な人であり、天皇制についても懐疑的だったそうで、そんな中、天皇のための音楽である雅楽を依頼されて作曲することには内心、アンヴィヴァレントな思いはあったようです。
しかし作曲はたしかに難しい行為ではあったけれど、その割にサクサクと進み、その完成された音楽も、宮内庁の雅楽部の人たちからは高い評価を得て、他の作曲家の新・雅楽の作品とはまったくレヴェルがちがっており、繰り返して演奏していくべき音楽、新たな古典というような評価まで与えたクオリティを備えて完成されました。
「秋庭歌」は雅楽にありがちなお約束を、高いレベルで破ってみせた作品だったことが評価の根本かと思います。
たとえば実際は低い音も出る篳篥(ひちりき)という楽器を、雅楽では高音のメロディを主に担当させる楽器としてしか使わないという、理由がわからないけれど古来からのお約束が厳然とある中、武満は持ち前の独創心で、低い音もどんどん吹かせてみたそうです。それを当時、皇太子だった今上帝が聞いて面白いとお感じになったらしく、武満の楽屋を尋ねて「低い音がなっていますね」とコメントした……というような話も出てくるわけです。武満はさすが!と思ったそうですが。

このように武満徹という、少しクラシックを音楽を知っている人には「ああ、ああいう作品を書いてたあの人ね…」というイメージや記憶が、実はぜんぜん正確でもなんでもないことがわかってくる内容になっており、楽しめました。
本書内には、瀬戸内寂聴も評伝を書いてた、ノヴェンバー……をニューヨークで初演した鶴田錦史(つるたきんし)という男装の琵琶奏者をメインで書いた章がありましたが、書き手によってここまで同じ人物でも違ってくるのかということは興味深いの一語でしたね……

あと、武満による休符などの細やかな指示をまったく守らず、耽美的に録音してしまったピアニストのレコード(CD?)が送られてきたら、激怒のあまりぶっこわしたよ、なんて物騒な一面も……。

長くなるのでこの辺で。

マルヨ・T. ヌルミネン「才女の歴史―古代から啓蒙時代までの諸学のミューズたち」、亀山郁夫「新カラマーゾフの兄弟」(上下)・・・・・・などなど、この夏はなかなかに読書しました。
by horiehiroki | 2016-08-19 12:22 | 読書 | Comments(0)

傀儡に非ず

面白いらしい、という評判で読みました。
上田 秀人氏の『傀儡に非ず』。

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主人公は「あの」荒木村重で、彼の青春時代から晩年までをテンポよく描きます。(この著者の作品、ほかに読んだことなかったのですが、著作リストなどを一見したところ、さまざまな時代小説のシリーズをお持ちのようです。本作は他作品とは異なる作風なのかもしれません)

信長にとつぜん謀反、家族を皆殺しにされたのちも
逃げ延びて自分だけ生き続けた荒木村重(武士を捨て、茶人として生きた……というだけでなく、しつこく政治に接近したり、でも自分をはずかしめるべく「道糞」などと名乗ったり)というこの不思議な人物についてはある程度、その時代の歴史が好きなヒトならば知ってると思います。
また、荒木村重による「黒田官兵衛監禁事件」などは有名すぎるほどです。

……が、荒木家の来歴とか、「三好三人衆」との確執!……などといった部分についてはあまり知られてない気がします。歴史って今回の大河の信繁さんにしても、大阪の陣での活躍以外の側面は、一般的にはほぼ知られてなかったり、有名人でも生涯の全ての部分が有名というわけではないのが普通なんですよねー。

ところがそういう「マイナーな部分」を、いかに面白く読んでもらうか。本を閉じさせないか(あるいは途中でチャンネルを切らせないか)の努力が作り手には必要となる場合があります。それをめちゃくちゃうまいことこなしてるのが、本作じゃないかなぁ……とおもいました。

この作品、歴史を扱った小説としては異例なくらいに描写がありません。
それゆえ、ものすごくスピーディーです。かといって史実だけをツラツラと書いて、あらすじの間に適当なセリフが補われているのでもないんです。たとえば、この独特のタイトル(傀儡=くぐつ、操り人形)の意味がわかってくるラストの部分。大胆な推理で構築された歴史ドラマになっています。

本作の特色としては、省きに省き抜かれることですごいリズム感のある歴史のうねりが描かれていることですねぇ。

大河ドラマでの村重は、追い詰められて狂気に駆り立てられていく村重の内面が、俳優さんの顔面のアップで描かれたりしていました。そういう部分を(そういう設定ではない、というのもあるけど)本作ではパッーと省いてしまっています。意図して省きに省いて、「え、こんな残りページ少ないのに、村重と信長の反目がいまだにでてこない!」っておもいつつ、「こんな少ないページで、ちゃんと劇的な最期を描けるもんなんだ」とビックリさせられるハズ……です。

歴史を扱った小説といえば、心理や時代背景、人物関係、血縁関係、彼らの装束、天候、その他もろもろまで描き込まれる作品が多い(だろう)中、この方の斬新なスタイル、好き、嫌いあるでしょうが、自分はビックリしつつもグイグイと読まされました。
描写の存在自体を極端に嫌う読者も最近増えてきました。
ドラマの核心にはやくふれたい、そのくせ、あらすじみたいなのはいやだ、とか、中々に最近の読者はせっかちです。

でもこの作品のスタイルならば、ウソはいわず、推測も交えず、サラーっと流しても不自然ではないのです(たとえば黒田官兵衛を荒木村重が監禁した、という事実についても、それは城の外の牢だった(いや、座敷牢だった)とか「異説」があります。そこらへんもキレーイに隠せていましたしね。)。読んでいるとき、目の動くスピードも早まるでしょう。


なかなか興味深く拝読いたしました。
by horiehiroki | 2016-08-02 12:45 | 読書 | Comments(0)

真田丸「黄昏」

前回書いてたことが、今回、ドラマにでてきてビックリ。

>実際、ドラマにもでてきた伏見の大地震の際、最近ドラマに出てない(=ウラで秀吉にうとまれて遠ざけられた)
加藤清正が、カオなど見せるな!といわれてるのに、いのいちばんに倒壊した伏見城にかけつけ、「そういう仕>打ちをあなたから受けたけどわたしはあなたが心配だったから!」とかいって、大いに秀吉夫妻に喜ばれる、>なんてことがありました。けっこうね、加藤清正ってその手のたらし込み方がうまいです。

いまいちど自分が韓国に渡って、暴れてきます!とか言ってたけど、
もともと、加藤さんは秀吉の半島攻めに大変クールな態度を取っていました。
もともと半島で加藤さんは「なんで日本国王(=秀吉)は半島を攻めようとするのだ?」と講和の使者から問われ、
「国王? 秀吉は王などではない。
王は別にいて(※帝のこと)、人格者でおられる(=秀吉は人格者などではないからこういうことをするんだ。私らはそれに従わされているのだ)。
秀吉などは(ホントは)関西地方に号令できる程度の男さ」
という回答をしたというのが朝鮮・明側の記録にしっかりと残されてしまっているのでした。(くわしくは乙女の真田丸をどうぞー)

けっこうこの手のウラオモテがある人物だからこそ、おなじくウラオモテがある秀吉とパートナーシップを組んでいられたのだとおもうんですよね。
今回の真田~の加藤さんは非常にウラオモテのない人間として描かれてるので、こういう黒加藤は出てこないでしょうが。

※というか、前回が「異変」今回が「黄昏」なのでした。

黄昏というより、もはや完全に日没、深夜って感じの秀吉さん。老残無惨。
ビックリしたのはどんどん小さくなっていっている秀吉の様子を表現している小日向さんの演技力で、老人メイクや姿勢だけでは「あれ」はぜったいに出せないですよね…
by horiehiroki | 2016-08-02 08:44 | 大河ドラマ | Comments(0)

未完成作品展

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メトロポリタン美術館で開催中の未完成作品展(http://www.metmuseum.org/press/exhibitions/2016/unfinished)
が本当におもしろそうです。
by horiehiroki | 2016-08-01 10:41 | 展覧会 | Comments(0)

(追記 9月末)
薬疹にテグレトールが関与してるかどうかの検査結果が予定よりも数週間ほど遅れて出まして、やはり結果は「陽性」でした。これについては読みにくいので、別のページにまとめておきました。この下線が引いてある部分をクリックしてください。ページに飛びます





三叉神経痛という病気をみなさんはご存じでしょうか。







歯で何かを噛んだり、歯を磨いたり、
唇などの一部に触れると、その瞬間、激痛が走るというのが
メインの症状です、が、ベテランの医師によると
「症状の出方はそれだけではない」とのことで、いっそう正確な診断が
出されにくいやっかいな顔面神経痛のことです。
実はうちの母がそれに長年かかっており、いくつもの歯科医と脳神経外科を
もうかれこれ5,6年ほど行き来していたのです、が、どこもかしこも
薬を処方してくれず、つきつめた診断もしてくれず
「なんの異常もありません」と突き放すだけ。
それが続いて1ヶ月ほど前まではかなり苦労していました。

いちばん閉口したのは、わりとその他の分野ではお世話になっている
総合病院の脳神経外科の医者にハズレがいたのか、
「そんな程度の痛みは三叉神経痛ではありません!! ウチに来る患者さん、もっと酷いんですよ!!」とか追い返されてしまった話ですね。

もう少し医者は人の話を虚心に聞いて、さらに突っ込んで専門的に判断すべきだと思いますが。

が、自分の歯を治療してくれた歯科医を進めたところ(最近歯科医もその薬を
処方できることになったこともあり)、テグレトールという薬を処方してくれました。
あきらかに三叉神経痛の症状である、と。
実際にほかのお医者さんが「慎重」である理由は、母の症状の出方が多少グレーゾーンがかっている
……からかもしれないんですけど、とにかくなんでもかんでも顔面神経痛といえば
三叉神経だとして、テグレトールを処方されてしまうという経緯があるからだそうです。で、その大半が「誤診」だという。

ただし、今日話そうと思っているのは、そのテグレトールという薬自体の
すごい効果と同時にいい加減な気持ちで使った時の危うさなんです。
テグレトールという薬は三叉神経痛の患者さんの大半に効果が
すぐに現れてくるすごい薬です。同時に、それは「てんかん」などの薬なんですね。
適量を守ればいればまったく問題ないのですが、その適量を判断できるまでは
かなりの危険性がある薬だな、と痛感しています。

とても強い効果がある分、副作用も激烈なんですね。
テグレトールがきいてくる=薬効成分の血中濃度がぐーんと上がった状態で
いちど数値が上がると、なかなか下がらないため厄介なんです。
三叉神経痛は、基本的に、一時期だけすごく痛くて、あとは治まっていることが多いので
テグレトールで神経のあやまった興奮を鎮めるうちに、神経の誤作動=痛みの発動が
治まるのをまつ・・・・・というイメージだと思います。

しかし、そのテグレトール、薬を飲む間隔が狭すぎたり(1日3回の処方なら
キッチリ8時間くらいあけるのがホントは理想)すると、強烈に効いてきて、
足元のふらつきだの強烈な眠気だのそういう意識障害を引き起こす要因が出てきてしまって、結果、昏倒というか意識を失ってしまうんです。

とくに睡眠時間が少ない日に、薬を飲む間隔が狭かった場合、
そしてそれから数時間内に入浴すると危ないんですね。
これは本当に覚えておいてもらえたら・・・と。

早く気付いたからよかったものの、お風呂で寝てしまう、をとおりこして
母は意識をうしなって、おぼれかけ、さらに30分くらい湯槽に浸かっていたため、
かなりひどい熱中症にもなってしまいました。

私にある程度、救命の知識があったので、まず姿勢を安定させて、水を吐かせたり、
気道の確保につとめたり、さらには湯槽からお湯を抜き、急速に体温が下がりすぎると痙攣などが出たら困るので多少なやみましたが、首に撒けるタイプのアイスノンを使ったり、額にもアイスノンを置いて冷却を試みました。
このため意識は比較的すぐに回復傾向にありましたが……緊急の方が計ってくれたところ、
体温は40度以上にあがっており、「回復した」意識も実際のところ、ほぼ朦朧とした状態、
お風呂に入ったことすら思い出せない状態になっていました。

(この時、プロに全てまかせて自分は入院となった場合にそなえて診察券やら保険証やら衣服の準備で飛び回っていたのでよくきこえませんでしたが)

体温も30分後には38度、1時間後には36度くらいまで下がりました。この頃になると
風呂に入ったのは○時位…との会話がようやく成立しましたが…。

当初は、自分で嚥下できない=水などものめない状態で、はげしい脱水症状が出ていました。

深夜でしたので、ドタバタしつつも(どこもかしこも受け入れ不可だの、内科医がいないというところまであり)、以前、母が通っていた区の緊急病院に行きましたが、本当に運び込まれてくる方多くて驚きました。

ちなみに以前、4年くらい前、一軒家を購入した直後、母が急に熱を出して入院したのですが。
119の対応がメチャクチャで、すぐに救急車をお願いします!ってこちらが住所を伝えているのに、散々話しさせられたあげく、「まだなんですか まだ来ないんですか?」という自分に
「救急車わぁ~ まだ出してません~~」とか、ゆるふわ女子にすッごい対応されたのを思い出します


→参考 この記事。 土地をかって家を新築したり、中古で買った場合は、救急隊はゼンリンの地図の住所と名義が一致するか確認してからしか出動してくれないため、大注意です。同じ理由でゼンリンの地図にまだ記載されてない新築マンションに越した場合も、ものすごく危険ですよ!! 



しかしそのあと、わたしが書面で猛烈にクレームつけたせいか(w)、今回は対応が劇的に改善されており、ビックリするほどスムーズでした、が…
その後が…。

病院が見つからないってこういうことなのね、と。
ウチの直ぐ近くの緊急対応の病院からは、見られる内科医がいない、といわれてしまいました。その後、その院長先生に母は見てもらってるので、クレームいれさせたところ、そういうことはないとおもうのだが~~……とのことでしたけど。

たぶん、テグレトールとか飲んでるとかいう話を救急からきいたら、それがてんかんの第一選択薬なもんで、脳・神経の関係だ→これは、脳神経外科の医者もいてくれないと、内科医の自分だけでは対応しきれないかも!という気持ちになって断るんだとおもいますわ。あとで問題なりますもんねー。

先週の毎日新聞で読んだことですが……とにかく早くから専門教育を受けさせて、完全な専門医を作ろうとしてるとかの動きがあるそうですが、医者たちから反発があったため先延ばしになった、と。

もうすこし深く、広く、知識をもった医師を育ててくれないとホント恐いですわ。


いずれにせよ母の意識自体は回復していたので、こちら(キツイ性格の息子)としては多少イラつきましたがそこまで困ることはありませんでしたが……状況によると生死に関わる問題かなぁと思いました。

またあとで知りましたが、1万人以上の方がお風呂で溺れて亡くなってるとのことで
(意識を失っている状態だと、少しの水が器官に入っただけでも、身体が過剰反応して窒息死する傾向、さらに女性にその症状が多いとのこと)

本当に気をつけねばなりません。
疲れているとき、フワーっとなる副作用のでがちな薬を飲んだとき(テグレトールだけでなく、
リリカなど神経痛の薬も含みます)、お風呂は止めておくか、シャワーだけにするか。

テグレトールなどはべつに食後すぐでなくても構わないとの医師による知見もあるので、
ベッドの中で飲むというのでもいいかもしれません。
いずれにせよ風呂に入らなくても人は死にませんが、お風呂に入ったことで死ぬ人は1万人以上もいるんです。

最近、お風呂でサスペンスの女王とよばれた作家の夏樹静子さんが亡くなられており
彼女の処女作(のひとつ)といわれる「天使が消えていく」や、近作の「てのひらのメモ」などを
つづけて読んだところでしたし、新聞の記事で、
死後、お風呂で亡くなっているところを家族が発見した……との記事を読んだところでした。

我が家の場合は、書斎がお風呂場の真横なので、ゲホゲホという異音が聞こえ、駆けつけましたので早期発見できてよかったですが……

海外より日本でこの手の事故が多いのは、湯槽に長時間浸かるからだそうで、自分も風呂場で眠るのは嫌いではありませんでしたが……絶対にやめようと思いました。うちの浴槽は小さめサイズなので、溺れるというようなことはありません。しかし、なんらかの理由でほぼ完全に意識を失った=熟睡をしてしまった場合、少しの水が気道に入るだけで、窒息死する可能性があるのです!

快復後の母いわく、「ああいう死に方をしたらぜんぜん辛くないのかも」……ですが、ハタで見る限り、まったくラクそうには見えませんでした。しかし、栄養などのバランスに気をつけてふだん生活しているからか、症状が軽かったからか、異様に回復は早く、朝方に病院からタクシーで戻って昼過ぎまで8時間ほど睡眠をとるだけで、フツーの状態に戻ってしまいました。生と死の境目ってこれほどまでに曖昧なのかというようなことも今回学んだ恐ろしさのひとつです。

さらに……今回の反省点は、ある薬の服薬期間が長くなってくると、どうしても油断がうまれるということです。
とくに再開する場合は危険だという認識がなくなってしまっています。
また、新しい薬にも注意なんです。
母は普段2回くらいしか飲めていないのだが、それで十分効果が出ているテグレトール(一錠200mg)を、その日に限って3回、それも3回目は時間間隔を短くして飲んでいたこと。
さらにしばらく止めていた足の痛みの対策としてのリリカという薬を久しぶりに飲んだことが裏目に出ました。
薬の管理は、患者本人に任せるほうが、知的な意味での衰退も招かないし、病気と主体的に立ち向かうという姿勢が出せて治療にもよいと自分は思うのですが、この手の効果が抜群で、なおかつ神経に作用&お脳に作用する薬をご家族がタメされる場合は、とくに家族の方は気をつけてあげてください。
とくにお風呂は危険だな、と思いました。

入浴前までまったく母は普通(かそれ以上)の状態で、食後、小澤征爾とドナルドキーンの対談を見て、私と話するほど、頭が冴えてる状態だったのに……ということですねー。







 (告知) 2016年7月20日 乙女の美術史 日本編 文庫版」、カドカワから発売! 書き下ろしの「恐い世界史」は三笠書房、王様文庫から9月発売予定…

by horiehiroki | 2016-08-01 10:28 | 日々 | Comments(0)