太ましいホトケ~「ひらがな日本美術史」
2011年 02月 09日「ひらがな日本美術史」を最近、ひもといています。
埴輪がカワイイのは黒目がちな瞳ゆえ
って、かなり唐突な論考ではじまってて。
・・・っていうか、空白なだけで
白目かもしれないじゃん・・・
と埴輪と同じ目になりました
とかバカなことも考えつつ
これらが芸術新潮に連載されていたことを
思うと
「おっしゃ!! 今月も無事に書けた!!」って時がね。
あったりしてもね(遠い目)
ってこともなきにしもあらずですが(w、
楽しく拝読してます。
中でも橋本治さんのすばらしい考察のひとつに
日本文化は、筋肉質な肉体より、「太ましいカラダ」を
上位においている(おいていた?)というものがありました!
これは大変に示唆的な論考です。
たしかに筋ばってるのは仁王とか十二神将とかああいうクラスで、
彼らを「使ってる」クラスのホトケになると、みな一様に
貫禄たっぷりだよな、と。
日本のホトケは少年と、中年の肉体のどちらかしかなくて、
青年の場合がとても少ない気がします。
青年の筋肉はあまりに生々しい=煩悩で一杯だからなんでしょうか。
もっというと、筋張った肉体=男性そのものから、
上位の仏は脱却してるともいえるのかもしれません。
顔の大きさもやたらとデカくなってるし。
それにくらべると、十二神将は7.5頭身くらいです。
現実的な理想化が計られてる気がします。
髪の毛がいわゆる「デカ盛り」になってますが。
一方で、インドのガンダーラ美術だと筋肉質なホトケがいる。
見てください↓の画像。薄い衣の上からでもガタイ系なのがわかります。
コレはギリシャ文化からの外面的な影響より、
脂肪より優れたモノとして筋肉を考える
価値観に、強く影響されてるんだろうなー、と。
なお、偶像崇拝を禁じていた仏教ですが、
ギリシャ美術に出会い、はじめて
仏像をつくりはじめます。
そして仏像の起源が、ガンダーラ美術(1世紀~5世紀)なのです
つまりマッチョ仏・・・
マッチョ仏(ブツ)が、日本に入る前の
中国でいわば「女体化」「中性化」されていったところに
なにか大事なキーが隠されているのかも。
たとえば観音様は男性でもなく女性でもない
超越した存在のはずなのに、悲母観音って中国で発明されて
日本にも伝わってますよね
しかし悲母観音は母なのにヒゲがあるという。
くわしく知りたい人は、狩野芳崖 悲母観音 で検索してみてください!
これは調べていく価値がありそうです。
参考1) ひぼ【悲母】
慈悲深い母。慈母。「―観音」
広辞苑第五版
参考2) ガンダーラ
パキスタン北東部、ペシャワール付近の地域の古名。
紀元前四世紀後半、アレクサンドロスの東征によりギリシア文化の影響を受ける。
さらに仏教の伝来により両者が融合し、西方風の仏教芸術が二、三世紀を中心に栄えた。
この文化は彫刻を主体とし仏像を初めて造り、
インド・中央アジア・中国の仏教美術に大きな影響を及ぼした。健駄羅。乾陀羅。
三省堂「大辞林」