わたしを離さないで



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「わたしを離さないで」。

印象的なタイトルです。

カズオ・イシグロの小説の映画化です。

原題は「Never Let Me Go」で、劇中で流れる流行歌のタイトル。でも、それは「わたし(の手)を離さないで」ということでもあるという。

映画は1950年代にある技術が開発され、
1960年代には人類の平均寿命は100歳を超えたという字幕が出て始まります。




この映画はヘールシャムという
イギリスにあるとされる、架空の寄宿学校を
舞台にしたSFなんですけど、
トリュフォーの「大人は判ってくれない」とかと
同時代ですかね。
それより少しは後の時代ですかね。

ともかく、一昔前のレトロな学園光景を
淡々を映し出す一方で、冒頭で語れた「ある技術」とは何なのか、次第に見えてきます。

簡単にいうと、それはクローン技術のこと。
恐らくは富裕層に「受けた」のでしょう。
自分のクローンを作っておき、オリジナルの自分が癌や心臓疾患など重篤な病気になったら、そのクローンの臓器を頂いて、オリジナルは生き続けられますよ、というシステムです。

……なんだか自分の腹の中までえぐられるように、痛くなってくるようなお話でした。

ある嵐の日、新任の女性教師が
「あなたたちは将来、何にもなれない
なぜなら、あなたたちは、臓器を提供するために生まれたから。そして中年になる前に、そのほとんどがcompleteする」といったことを涙を浮かべながら語り、(実質的に)学園を追い出されるという事件が起こります。

complete。

死の婉曲表現であり、
死が提供用クローンとしての機能停止、つまり任務完了となるということです。

臓器を提供させられた後も
かわりの人工臓器などは与えられるのか?

そのあたりは、よくわかりません。

しかし3,4回目の提供後、彼らの人生は
completeしてしまうのだそうな。

しかし、その後も淡々と、特に大きな暴動などなく、
生徒たちの生活は続きます。

学園の柵の外に行ってはならないという
理由が、キケンだからというわけでは
本当は違うということを彼らは知るのだけれど
それでも、誰ひとり逃走を図ることなく、
まるで「家畜のように」粛々と静かな日々は流れ、
生徒たちの中にはお互い愛し合うカップルが
生まれたりもします。

18歳になれば、遠出したり、日帰り旅行する
権利も与えられるので、
自分のオリジナルが誰かを知るために
車を駆って出かけることもあります。

ここで、子供など出来てしまったら
どうするんだろう?とぼくは思ってしまいましたが。

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この映画のもっともコアな部分は、主人公の少女・キャシー(キャリー・マリガン、画左)が親友だった少女・エミリー(キーラ・ナイトレイ、画中)に奪われていた、初恋の少年・ルース(アンドリュー・ガーフィールド、画右)と愛を育む、クローン人生最後の日々です。

どこからか流れてきた、ヘールシャム出身者には臓器提供の執行猶予がある、それは本当に愛し合っているという「確認が取れた」カップルには、臓器提供の前に、3年、場合によっては4年の猶予が与えられ、同居が認められるのだ云々。

それを魂のレベルで審議するために、彼らが子供時代に絵を描かされ、それを提出させられていた「ギャラリー」なる機関がある、と。

キャシーは絶縁状態にあったエミリーと偶然出会い(ルースとは絶縁。彼女は2度の提供手術の後、衰弱中)、ルースに会いに行こうと誘われます。


そして再会したルースとキャシーに、「ギャラリー」を取り仕切っていたマダムの住所を手渡し、執行猶予を得てこいと言います。

2人は、ワラにも縋る気持ちだったのでしょう。

問題児だったルースはギャラリーに出品されるような作品を少年時代に描けなかったことを悔やみ、いつかキャシーと再会し、執行猶予を得られることを励みに絵を描き続けていたんです。

まぁ、もう、ここら辺で見ている人は、「そんな制度などない」ことに気付いています。

当初、ヘールシャム出身の彼らもその噂などない、ということを知っていました。

知っているのだけれど、信じたくなってしまう……というヒトの心。

この映画のもっと酷(むご)い部分です。

愛するヒトが出来てしまったら、それはいくら淡々と暮らしてきたクローンであっても人間は人間ですから、やはり、明日に期待したくなるのです。

キャシーとルースは、絵を携え、マダムの住所を尋ねるのだけれど、そこで出会ったのはマダムだけでなく、ヘールシャムの元・校長先生(今や廃校に)である、シャーロット・ランプリングでした。

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彼女は「新しい技術」の推進者でしたが、その時、すでにクルマイスに乗っている。ここらへんは意味深ですね


校長先生は「魂を探るために描かせたのではない。クローンに魂があるかどうか、それを証明するために描かせた」と言い、執行猶予の存在を否定します。


マダムは失意の2人を家の門まで送ってくれますが、この時、彼女の口からハッせられる、
「なにか手助けができれば」的な字幕の出る、ひとことだけの台詞ですね。


臓器提供のためだけに生かされる、
クローンに対して
i wish i could help you
という台詞の無情さと無意味さ。

これに尽きると思いました。
そこから先は、わざわざ語るまでもないのです。

というか、酷くて語れない(苦笑

大阪弁でいうと「ホンマにきっついわー」な
本作です。
時間と精神的余裕のあるときに、ぜひ
見てください。



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by horiehiroki | 2012-01-07 20:53 | 映画