平清盛(10)~タマコ一人勝ち


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百人一首 うたもゑ

(日本じゃ)世界三大美人なんていわれてる小野小町。でもずっとモテる、恋をし続けるということは、あるいみ「たったひとりの誰か」に出逢えてないってことなんです。平安時代、百人一首に収められた歌人たちの歌をベースに展開する、絵空事ではないリアルにして美麗な恋愛絵巻まんがですー。

藩擬人化まんが 葵学園


大河ドラマでもそうですけど、江戸時代はなぜ「ああいう社会」なのか? なんで現在でも県民性は「ああいう風」に存在してるのか? …みたいなことが漫画+文でザックリと理解できます☆

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長からむ・・・こころもしらず 黒髪の・・・

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さすがはタマコさま

ツヤツヤのうっとり顔。

おのこを帰した朝寝の臥所での
登場からエンジン全開でございました(笑

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その おのこ ↑

長からむ・・・(※三度目&さすがに しつこい)

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堀河に「様子がおかしい」と思われるのも
理由がございました。

タマコさま・・・と会いに来たら、
代わりに御簾の中にいた
堀河に怒られるノリキヨさん。

平安時代の恋愛ルールって
出家する以外は、
明確に、お別れということがないんですね。

来なくなったら、それでいちおうの終わり。
現在みたいに「もう別れましょう」ということを
言わない。だから二股、三股という概念自体が
薄いですね。まぁ、女性がそれをやると(もしくはしていると思われると)、皮肉をいわれることはありましたが。

タマコさんは愛と性の猛者ですので。
この前から、辛酸なめ子さんとの対談本用に
色々資料を取り出してみてるんですが、
角田文衛の「待賢門院璋子の生涯」が
振るってました。
崇徳天皇が白河院との間の子であることを
いわゆるオギノ式の理論を用いて
実証してましたね(w
危険日に白河院と会っており、
崇徳天皇を懐妊した時期には、ほとんど
鳥羽さんとは会えていなかった
ことが徹底的に炙り出されています。
鳥羽さんの苦悩や嫉妬は本物だったんでしょうな。

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しかし、本作の中ではスイセン=タマコさんを
象徴する花であり、スイセンを鳥羽が見にいく=なんだかんだいって、心の中にいるのは、ドヤ顔の女である得子さんではなく、タマコさんなんですねー。

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↑ どう見ても悪人顔の得子様

どうあがいても愛されない女という設定ですね。
実際の所は、鳥羽院の愛を独占していたようですが・・・

タマコさんもビューネノリキヨとの愛の一夜を
経験することで、
鳥羽さんへの愛を認識するという
皮肉な経緯を取るのでした。

たった一株、抜かれなかったスイセンを
見つけ、「まだ残っていたの」というタマコさんの独白シーンには胸をゆさぶられました

まぁ、彼女は実際にこういう人
だったんではないかなぁと自分も思いますよ。

彼女だけでなく、こういう人、
男女ともにたくさんいたし、
現代でもけっこういると思います。

いません? いっつも恋愛してる人。

鳥羽やタマコの時代からは下りますが
古典作品の「とはずがたり」の世界などもそうですね。

で、だいたい、こういう場合、本当に好きだったひとを(生死をとわず)失って、はじめて知るというような苦悩をすることになるんですけども。

・・・って何、かいてたっけ。

そうそう、タマコさんに愛を教えるといって
自分がタマコさんに呑み込まれ、
もはや煩悩の塊になったノリキヨさんは
ボロッボロになってしまいます。


あげくのはてに
私ではなく、あの方(鳥羽ちゃん)を
いまだに愛されておられるとは・・・!!
と嫉妬、タマコさまのクビを締めてしまいます。

タマコさまは失神、大事件に発
展、
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鳥羽様の御前で

この御方の異端尋問をくらうのでした。

おまえがタマコと一緒にいたんだろうと
暴き立て、

「しょせんは武士 思い上がるもいい加減にせよ」

と得意満面の頼長さんでした、が、

鳥羽様は「なにも裁くべきことなどない」と言って
下がってしまわれます。
ノリキヨを心配してやってきた
清盛さん&タマコさんに
「あなたがどこにいて、誰となにをしようが
もはや、私の心はさざなみ一つたたない」
と、雌豹メイクの目元でにらみつけ、
捨て台詞。

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タマコさんは衝撃をうけます。

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このシーン、三上博史がとても上手かったと
思います。あきらめ、嫉妬、怒り、嘆き・・・

一方、ノリキヨさんは
夫の愛憎劇も知らず
平和にくらす妻子を足蹴にし、
出家をする!!とひと言。

止める清盛さんに

おまえさんは私のただ一人の友人だ
このわがままを見届けてほしい

などと言って、桜の舞い散る下、もとどり(ちょんまげ)を切り落とし、去っていってしまったのでした

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その時引用されたのが下の歌
西行の歌だとされています。

身を捨つる 人はまことに 捨つるかは 
捨てぬ人こそ 捨つるなりけれ

歌の意味がでてきませんでしたが、

出家することは「身を捨てる」というけれど
そうすることで人は自分の身をすてるんではないだろう。

出家しない人たちをこそ、捨てて、出家していくのだ
的な歌です。深いですね。

西行は次のような歌もよんでいます

惜しむとて 惜しまれぬべき この世かは
身を捨ててこそ 身をも助けめ    


出家してしまうことは本当に惜しいことだろうか?
わが身を捨てて出家してしまうことは、逆に自分の身救うことなんだろう

的な意味です。

出家することで、人はいろんなしがらみを
断ち切ることができます。
同時に色恋をすることも禁じられてしまうわけで・・・。

やっぱり誰かと別れたい時には、その人の情報をすべて、すべて絶ってしまうのこそが一番の早道だと思うんですね。

愛情を保つには「栄養」が必要です。

栄養がなくなれば、愛の焔は消えます。

実際、佐藤義清は出家することで、タマコとの愛憎劇にいったんピリオドを打ち、諸国をめぐる旅にでていきます。

ただし、「ドラマティック百人一首」という拙著でも書いたけれど、出家後も、タマコさん、および崇徳さんの主宰する歌会には出席しているし、タマコさんが出家するとなった時には、彼女のために朝廷の有名人・文化人に写経をするプロジェクトをたちあげ、成功させています。

その時、頼長さんも写経してくれと頼まれた1人で、快諾していたり。

タマコさんが、鳥羽上皇の嫉妬によってノリキヨの身があやうくなることを危惧し、心ならずも
「おまえはしつこい(アコギだ)」といって振ったという話もあります。

まぁ・・・後生につくられた伝説のかほりはしますけれどね。実際にドラマのような史実があったかというのは不明でございます、というか、脚色です。

あ、そうだ。
あと阿部サダヲ演じる学者貴族、出てきましたよね。
彼と頼長さんは学問を通じて、才能を認め合う、大親友でした。

まぁ、ドラマでやってる論語なんて、彼らの時代は(賢い子には)小学生くらいの時のテキストですから、ああいう風に朗唱しあうようなものでもない、と思われていたでしょうね。
           

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by horiehiroki | 2012-03-13 21:57 | 大河ドラマ