まんがで読破「夢十夜」


イースト・プレスのMさんから
まんがで読破シリーズから
「夢十夜」をいただきました。

Mさんには以前、「あたらしい源氏物語の教科書」という本を出していただきました。

(今、源氏物語関係の仕事で、自分の本を再読してたところです 笑)
手前みそですが、かなり面白い本に仕上がってるので、ウチのブログの清盛関連記事ファンの方は、こちらもご一読、よろしくです!)

さて、夏目漱石の「夢十夜」の漫画化ですが、かなり成功してます。
映像にすると嘘くさいんだけど、
漫画にすると
行間にあふれてる
ほのかな不気味さというか
夏目文学に特有の
世紀末くささというか。そういうのがすごく出てきます。
そのころ日本に世紀末なんて感覚は一般的ではなかったと
思うんですけど。
漱石がロンドンで引きこもりになったのは、成熟しすぎた
ヨーロッパ文化のいったんをそこで触れてしまい、
気後れを感じ、
その毒にやられてしまったから、かも・・・・
なんてロマンティックなことを
考えてみる。

退廃スレスレの洗練に
「気後れ」を感じる、
それは退廃の胤を
心に宿してる人ゆえの
感性です。

ニーチェの極端な「健康な心身」への
礼賛も
けっきょく、
ニーチェがそちらの側には
いないことの証明であり、
コンプレックスであることと
ある意味、同じ。


「夢十夜」のスタイルといえば、詩とも小説とも散文ともつかない、「オチのなさ」感。

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こちらの漫画ですが、
縄きれを蛇にするといったまま、
池に(なぜか)入っていって
二度とあがってこない爺さんのシーンです・・・

「今になる 蛇になる 深くなる 夜になる まっすぐになる」

という台詞が、はらむ狂気・・・・・・

漱石がそういうからこそ、というところもあるんですが。

怖いんですよね。

それをことさらに演出せず、見せていて、これはいいな、と
思いました。
このエピソードはこれで終わり。次から新しい話がはじまります。
逐語訳みたいな漫画化です。

ほかには、「思い出すことなど」の漫画化も収録。

はじめて漱石の世界に触れたのが
高校生のときの夏休みだったので・・・
あれって今から何年前かな。

数えるのやめとこ。


でも夏になると漱石に触れたくなるのは
なんでだろうかな
by horiehiroki | 2012-07-31 03:05 | いただきもの