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わが闘争

イースト・プレスのMさんにおくってもらってた「わが闘争」を今頃ですが、読みました。

彼がプロデュースしてる「まんがで読破」シリーズの一冊なんだけど、他のシリーズの作品の中でも漫画として、よく出来てる。読んでて、すごくおもしろい。このシリーズは思想系(宗教系含む)の漫画化にトライ、成功したことが功績だと思います。


さて、↑のリンク先を読んでみて思ったのですが・・・


バイエルン州財務省は朝日新聞の取材に、「この扇情的著作が再び流布するのは、それが今や象徴的意味すら持たないとしても、ナチズムの犠牲者にとって苦悩を想起させる」と強調。漫画版について「そもそも、この問題ある内容を批判的に表現するのに、漫画という媒体が適切とは考え難い」と苦言を呈した。


・・・という声もあるそうです。

しかし、欧米の漫画と日本の漫画とはまったく別。表現のレベルの高さの次元自体が違う媒体と思います。


漫画と思想系の相性の良さも指摘できるかと。思想はいくらでもかいつまんで解説し、要約できるモノだというところに尽きるとおもいますね(※小説や詩を要約・解説するとまったくの別物になってしまう)

ただし、このバイエルン~の人が指摘する「扇情的著作」という表現は、わが闘争という本にはピッタリでしょう。漫画もいつになく生き生きとしてましたから。

そもそも、ぼくが何故この本を読もうと思ったかですが、この前の毎日新聞にネオナチの政党を非合法にしてしまうと、地下活動をされる危機がある云々というコトが書いてあったからなのです。

いまだにネオナチの思想はドイツの一部にせよ、魅了するなにかがあるのを、不可思議に思ったのですね。

それでこの本を開いたのですが・・・おどろきました。


まず、ヒトラーはドイツという国が疲弊しているのは、ユダヤのせいだととにかく言いきります。敵はわれらの中にいる、と。

そもそも畑を耕すなり、モノを作るなどして働く勤勉なるドイツ=アーリア民族と、ドイツ=アーリア民族がかせいだ金から金利をむさぼるユダヤ民族とはまったく別モノなのに、最近はユダヤは混血を深め、われわれアーリア民族と文化的にも血統的にも混じり合い云々。

まーー・・・めちゃくちゃです。こんなものは思想書でもなんでもなく、ただの思いこみです。思いこみといえば、ルソーの「社会契約論」なんかに出てくる「自然状態」と同じくらいのレベルでめちゃくちゃなことが前提になっています。



でも、です。

でも、思想的な正しさ、理論的な整合性より、この手の言説は困窮した人間の疲弊した脳髄ですら、「理解できる」モノなんですね。


なぜなら、それは「違う人たち」を拒絶したいという人間の本能を直接刺激するものだから。

個人的には民族なんて、幻想だと思います。

実在するのは、人間のグループだけであり、そのグループの文化であると。

日本も一昔前までは単一民族の国などといわれてましたが(ヒトラーもドイツはアーリア人の国云々といってましたが)、諸説はあるものの、非常に多くの遺伝子の型を持ってる。

そして日本固有の遺伝子の型と言い切れる遺伝子の所持者のほうが、実は日本には少ないという。

しかし、いまだに、半島や大陸の血筋の人を「在 日」とよんで差別するような言説が日本には溢れています。

これは個人的な見解ですが、「○○から降臨した」式の神話をもつ民族の王侯貴族は、外国から船か馬にのってやって来たと考えるのが自然でしょう。


何時までに来ていたら、その誹りを受けずに済むんでしょうね?

なのに、今ですら、その発想にかぶれた人間は多数いるという。ある種の日本人にとって、彼らの存在こそが「われわれの内なる敵(「わが闘争」)」なんですね・・・・・。

彼らは「遺伝子の型がいくつもあって・・・」という話を聴いて、それを「理解」しても、それと「半島や大陸の血筋の人を差別するような言説」を垂れ流すのとは別モノであるところが怖いんです。現在のドイツでも同じなんでしょう。

憎める相手がほしい。自分の生活がダメな理由を「外」に見つけたい。そこ、なんでしょうか。

疲弊し、もはや自分の手で責任を抱えることすらできなくなり、ユダヤ人という「他者」をスケープゴートにするしかなくなった、大多数の当時のドイツ人の心の声をヒトラーは代弁したにすぎないのでしょう。だからこそ、ナチスとヒトラーは選挙という合法的手段を通じ、ドイツの国の指導者になっていった。


ーーー恐れずに自分の危惧について書くとすると、当時のドイツ人の心情的・知的な状況と、現在の日本人はかなり似通っている気がする。というか同じレベル、同じ地平に立っている気がする。

そもそもこの前の選挙、民主党に雪崩のように投票した層が、いまや自民党に(しかもゲンパツはイヤだイヤだといいながら)また、雪崩式に投票してるんですもの。

そもそも、国民に支持されて、第二次世界大戦は始まってるんです。

日本人の気質は何もかわっていない。第二次世界大戦後、日本人は大学をそこらじゅうに建てました。戦前、軍部の独走をとめられなかったのは、大学進学率がわずか数%未満であり、知識人層が限られていたから…などなどの理由をつけて、です。

しかし、今回の選挙でもわかったけれど、大多数の人間が、理性ではなく本能・・・もっというと気分に突き動かされているのがわかりました。

理性で気分は制御できるもんじゃないのですね。

そもそも日本やドイツだけが特別ではないのかもしれません。いくら個人主義の国なんていっても、18世紀の終わりから19世紀はじめにかけ、革命の嵐を吹き荒れさせたフランスだって、そういう所があるわけです。

人間は理性的な動物ではなく、本能に突き動かされている動物です。それは21世紀になっても変わらない。

人間の理性が働かなくなる時、その破滅の引き金を引くのは時代と文化の困窮です。

病んだ時代・病んだ文化の行き着く先を考えると……めまいがしてきました。

「わが闘争」を読むと、ヒトラーの方法論がいかにユニバーサル(普遍的)なものであるかが、わかります。そしてこの手の言説の生命力は決して、絶たれたわけではないということも。

・・・・ということで、漫画版「わが闘争」、いろんなことを考えるためにも開いてみる価値はあります。

「われわれの中に敵はいる」というヒトラーのコトバこそ批判的に考えてみるべきじゃないでしょうか。
by horiehiroki | 2013-01-03 09:20 | 読書