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安村敏信「江戸絵画の非常識 近世絵画の定説をくつがえす」

安村敏信「江戸絵画の非常識 近世絵画の定説をくつがえす」という本が面白いです。

安村氏は板橋区立美術館の館長さんで、精力的に江戸時代の(わりとレアな)絵画を取り上げた展覧会を開催している「鋭意の人」。

で、この本も表紙だけ見てると、ずいぶんそっけないので学術書かと思いきや、

(江戸絵画の概論的な知識が・・・たとえば伊藤若冲くらいしかないとさすがに厳しいですけど)

やさしく、面白い語り口で読ませます。

内容はですね、ま、まぁ、「くつがえす」とまではいかないにせよ・・・経験上、こういう手合いの気合い入ったタイトルって編集者が無理矢理つけちゃうことが多いです・・・、 ホントに常識が「くつがえってる」のもいくつかありました。

中でも「狩野一信」の項目には驚愕しました!

狩野一信といえば、伊藤若冲だの曾我蕭白だの、いわゆる「奇想派」といわれている(※この本の中で、そんな派閥といえるものはない、といわれてるわけですが)グループのなかに入るんじゃないかと思われてますし、じっさいに腋毛、胸毛とムダ毛をおもいっきり描き入れた濃すぎるオッサンの肖像で有名ですよね。ここまでムダ毛にコダわりのある画家は日本絵画史上、稀だと思います。

安村敏信「江戸絵画の非常識 近世絵画の定説をくつがえす」_e0253932_5264659.jpg


世界美術史の中でもトップレベルにムダ毛好きの画家とよんで良いとおもいますし、それゆえ苦手すぎる画風なので完全スルゥでしたけど

(下品は下品でも、フランシス・ベイコンの下品はOK、でも狩野一信の下品は僕にはNGなんです)



この人を「狩野」一信とよぶ根拠自体が文献学上、認められない。現時点では存在しないという安村氏の指摘には驚愕しました。

それこそ、このムダ毛LOVEの何処が狩野(派)なんだ、と思ってたわけですが、その「カン」って当たってたようです。狩野派ってたしかに広がりはありますけども、エスタブリッシュメント専用の御用絵師ですからね。

いちおう”狩野”一信も、五百羅漢図を江戸時代最大のエスタブリッシュメント、徳川家の菩提寺の一つである増上寺に収めてるわけですけども(一説に1854年ー1863年にかけて制作)


それで話がもとにもどります。

ウィキなどにも、逸見一信(へんみ かずのぶ)と呼ぶ説もある、程度だけれど、記述がありますね。

この逸見の姓も一信さんがお兄さんと争い、家を飛び出た時、橋の往来で神田在住の占い師だった男(逸見の姓の持ち主)に「なんかデカいことをしでかす顔」と見込まれた、と。
それで彼の長女(やす、のちの妙安)と結婚させられて得たものだそうな・・・・とかゴシップがついてまわる人です。
歌舞伎みたい。


しかし、狩野の名字を名乗ることを許されたと確証する資料がない以上、やはり狩野ではなく逸見一信と呼ぶべきという主張は正しいでしょう。

狩野一信と呼ばれるようになったのは明治時代の美術史の大家・大村西崖による「狩野一信伝」(1894、京都美術協会雑誌27号収録、らしい)が最初だそうで。

この記事のなかで、大村は、一信の妻で画家でもあった妙安(みょうあん)のインタビューを収録してるんだけど、ココにおいて、妙安は功名なウソを付いてるようです。

彼女は(この前、全幅が展示された)「五百羅漢図」全百幅について残り4つまでを”狩野”一信が仕上げたと告白してるんだけど・・・実際に一信が描いた、もしくは、関わっていたのは80点ほどだったのではないか、といえるのだそうです。

安村氏によると、それはキッチリと80番目まで、だそうです。
根拠は彼の鑑識力ですけど、「残りの81番目以降は背景の描写が淡泊になるなど、だんだんと画の力がおとろえ(どうじにアクのつよい描写も影を潜め)、90番以降はトクに稚拙な表現が目立ってしまう・・・」という指摘を安村氏はしているんですよねー(本書235ページ)


ここらへんの「感想」には僕は現物を見ていないので何とも賛同できないのですが。
いやー見ておくべきでしたね。

ここまでは本書に書いてはいないにせよ、「狩野」の姓を名乗ったの件についても、亡き夫の評価を高めるために妙安が・・・・・・ということは十分に考えられるかもしれませんね・・・

絵画って趣味で見にいったりするところが多いのだけれど、急にブームがやってくるタイプの画家は、作風がたとえ趣味でなくても展覧会に足を運ぶべきだな、と思われました。
このように興味深い事実が隠されているんですもの・・・。
by horiehiroki | 2013-05-29 12:11 | 読書