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「ももクロ論」

この前、打ち合わせの席で、「ももクロ論 水着と棘のコントラディクション」というご本を頂きました。
内容は清家竜介さん(早稲田大助教授)と桐原永叔さん(「IT批評」編集長)のふたりによる、それぞれ独立した二章からなるご本です。

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アイドル論、ももクロ論ひいては芸能論、現代日本社会論につながる文章で興味深く読みました。

有楽出版製作・実業之日本社から発売中です。

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(世間の考える、ももクロのメンバーのイメージ)


ももクロこと「ももいろクローバーZ」は名前だけ知ってたけど、これまでは「なにやら触れてはいけないカホリ・・・うさんくさい臭」がプンプンとかんじられ(笑)、今回、この本を読むためにヨウツベで応援動画なるものを見た程度、なんですが、うん、本の著者さんのおっしゃりたいことはよくわかりました。

あと、この本にはAKBはももクロの比較対象として出てくるけど、パフュームはまったく出てこないトコ。これが正直いって興味深かった。


(パフュームのメンバー)
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女性が女性のアイドルに対して感じる感覚と、男性が女性のアイドルに対して感じる感覚はかなり離れがあるようですね。

連続テレビ小説「あまちゃん」にも、「(アイドルが)ださいくらい(のことは)、我慢しろ!」ってアイドルになることをイヤがりはじめたユイちゃんに、アキちゃんが憤慨するシーンがあったけど、

アイドルとは、ださくあるべき

ものだと感じます。


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(「あまちゃん」内に登場した、”ご当地アイドル”「潮騒のメモリーズ」)



というか

アイドルとはださいものだ

っていうテーゼが確実にあるんだと思う・・・すくなくとも日本社会において。

パフュームって、声自体がピッチ操作されてる以上に、色んなトコでアイドルにもっとも必要な「ダサさ」が去勢されてますよね。ダサさが抜き取られ、念入りに再創造されて、振付だのなんだのに付与されてる感じ。

だからこの本の文脈ではパフュームはアイドルじゃなくて、アーティスト<パフォーマーなんだろうと思います。

アイドルってたぶん少女のほっぺとか、眉毛のまわりの産毛的な存在そのものであり・・・そうあるべき・・・・とかなんだとおもいます(笑)

たとえるなら。たぶん余分を極めた存在だと

アイドルは歌手ではなく、アイドルでなくてはいけない。

だからアイドルは歌は下手でよいし、踊りも一生懸命やってる程度でいい・・・んじゃなくて、一生懸命が透けてみえないアイドルはアイドルとは呼べないのですね。

っていうことなんだとおもう

アイドルっていうのは、子どもが小さな大人として機能しなきゃいけなかった近代以前の社会には存在しなかったとおもうんです。

近代、近現代、現代・・・となればなるほど、(増えていった中流以上の家庭の)子どもにはモラトリアム期間が与えられた。その結果生まれたのが日本でいう若衆・女衆の文化ですわ。そこの文脈の現代的な結実が、日本のアイドルであろう、と。

そしてこの本をくださった有楽出版のSさんによる

男性にとってのアイドル像(清純、かわいい、守ってあげたい)
女性にとってのアイドル像(不幸、したたか、大人のおもちゃ)


・・・というまとめは非常に刺激的でした。

今回は、男の網膜とか皮膚感覚では女に感じられてる何かを感じることはできないのだ・・・とかそういうことではなく、ですよ。


この相反する二つの要素を兼ね備えた少女こそ、ホンモノのアイドルだということです。

平均年齢10代前半だったかのももクロに対するぼくの感じた「手をだすべきではない」「触れてはいけない」というのは、この手の若い少女が商業ベースにのっかって笑顔を作ってきた伝統へのちょっとした違和感からでした。

でも結局、動画を見てみると、そういう従来のローティーンのアイドルたちとは全然ちがうパフォーマンスが繰り広げられていた。ももクロはたいへんメッセージ性のつよいアイドルです。あなたがスキなの♥ とか、お客さんを疑似恋愛に陥れるような構造にはまったくなっていない。

ぎゃくに子どもであることを全面にだし、子どもというヨリシロをつかってしか生まれ得ない、特有の神懸かりなオーラが飛び出てるんですよね。



コココ コーコ コッコッコー
コココ コーコ コッコッコー
コココ コーコ コッコッ コッコッコッコッコー
コーコ コーコ☆ナーツ
コココ コーコ コッコッコー
コココ コーコ コッコッコッコーー
コココ コーコ コッコッ コッコッコッコッコー
コココココココ コココココココ
ココ☆ナツ ココ☆ナツ



って・・・・呪文ですし。


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これとか。神がかってる。色々と。


だから、ももクロは、男性/女性の見るアイドル像の二つをあるいみ兼ね備えてるだけでなく、軽々と飛び越えてるのも分かりました。
おじさん世代が安心して(?)スキになれるってのもよく分かる。


ちなみに、男性/女性の見るアイドル像、これをがもっと露骨に、いや完璧なカタチで現れてるのって二次元、アニメの世界ではないでしょうか

前々から、なんでアニメの登場人物ってあそこまで家庭環境に恵まれてない人が多いんだろう?っておもってたんですが。たとえば綾波レイであったり、「魔法少女まどか☆マギカ」の人々ですよ。


男性にとってのアイドル像(清純、かわいい、守ってあげたい)
女性にとってのアイドル像(不幸、したたか、大人のおもちゃ)


これらをナチュラルに兼ね備えてる感じ。

魔法少女~ こと「まどマギ」が自分はかなりハマって見てたんだけど、残酷な運命の中で彼女らの闘う姿(キャラごとのカラーわけがももクロっぽい)ってほんとに神々しいんですよ~

ヨウツベでももクロ見てたら、まどマギも見たくなったですわ。
でもまどマギは”一つの完成系”であるのに対して、ももクロはつねに発展途上。ここらへんが彼女らを応援したくなる魅力のひとつなんだろうと。


彼女らは魅力的ではあっても、性的でありすぎてはダメなんですよね。(一部のファンむけの商品になってしまう)

女性のアイドルは未完成でなくてはいけないから・・・・逆にいえばけっきょく、いつまでたってもモラトリウム的存在でなくてはいけない。「女」になってしまうと神って下りなくなるんだとおもいます。

この本の中でも中世以来の日本の歴史における芸能者の伝統につらなるであろう、ももクロの面々について考察が加えられていますが、芸能って、現実社会の中で現実的な価値を与えられない、与えられてはいけない
存在だとおもうんです。
このあたりの文脈が現代のアイドル・ももクロに繋がるんだとおもう。いわばプロの少女。少女であることのプロ。

そこらへんが男のアイドルとは根本的に違うんだろなーって思いました。

この本の中にも「(水着がNGである、ももクロの面々)性的な目で見ることに対する罪悪感がファンの中にもある」という一節があったけど、たしかに爆発的なエネルギーを発する彼女たちの・・・・・・巫女とかなんとか神懸かり的な要素を失わせるものがそういう性的な眼差しなんだろう、と。
彼女たちは穢れなき若さ、そのものなんだよねーと。

だから、完全にアイドルでありながら、同時に、既存のアイドルの殻には閉じ込められない何かに成長していっている・・・ような不思議な状態が生まれてるんだと思います。


今年の4月に発売されたアルバムは、PVだけ見てると、この本でも指摘されるとおり、棘のついたマスクを被っていたり、ちょっとアヴァンギャルドで比較的オトナっぽい感じでしたけど(たとえば、前山田さんの提供した楽曲に顕著な、ポンポンはずむようなリズムがカットされてる)。


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(さいきんのももクロ)

表面の変化に対し、その表面をいかに受け入れるか。・・・というようなお話も色々とされていました。
ファンは大変だなぁ(笑


余談ですが、パフュームの新曲も今頃ききましたが、これまでのパフュームの楽曲に顕著な、ハウスミュージック的な、四つ打ちでみぞおちにボンボンいってるリズム音が抑えられ、メロウな印象がうまれていたのはと面白かった。パフュームはどんどんメロウになっていってますよね。


そして・・・
これを書いていってる時、最近読んだ「スタッキング可能」という小説の内容が思い出されてしかたありませんでした。

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松田青子さんの力作です。

会社員を演じている人々(多かれ少なかれ誰もがそうだろうけど)をぱきぱきした文体で表現しています。ギャグっちゃギャグ、毒っけある内容といえばそうなんだけど、むしろ淡々と、それらをほの明るく表現。”乾パン”みたいな読後感です。

この中で「女であること」に対する部分はおもしろかった。

会社にいるときくらい、女であると痛感させなくてもいいじゃないか、というような


自分が”女”であることを女が持て余す・・・そんな飽和の時代なのかもね、と。

”少女”について書いていて、思い出しました。また機会あればレビュー書きます
by horiehiroki | 2013-09-17 03:35 | 読書