八重の桜(44-2) 「黒い眼と茶色の目」にみる「駆け落ち」の真相

徳富蘆花(ドラマでは健次郎さん)著「黒い眼と茶色の目」を読んでみました。

ちなみに下は青年時代の徳富蘆花。

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わりと色んな図書館に蔵書として納められてるみたいですし、かなり面白かったので、ぜひ、ご一読を。いちはやく、あらすじが知りたい方は同志社公認とおもわれる、このリンク先にある講演記録でも読んでみてください♥


時栄さんについても色々出てきましたよー。

いちおう自伝小説ではありますが、感想や書かれてるコトをドラマ内容と対比しつつ、まとめてみますね。


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かんたんにいうと、時栄さんのドラマの時もそうだったけど、その娘・久栄さんと健次郎さんの関係は、ドラマでやってたようなキレイにまとまる話ではまーったくありませんでした。

すくなくとも蘆花さんの中では。

写真みたいなステキシーンもないし。ま、たしかに(ある程度の年齢以上の)男女席をおなじうせず・・・の当時、この演出みたいなことは”道義上”ありえなかったとおもうんですけども(w

まず久栄さんの、山本家での立ち位置がかなり悪いんですよ。不品行が問題で離縁された時栄さんという母親のせいかもしれませんが。

新島襄をモデルとする飯島先生が

「それに、親戚の者ですが(略)寿代(久栄)と云ふ女、よくない女です。今勉強の最中に、妻をきめるはまだ早いです。(略)好い妻が欲しいなら勉強すべしです」
という理由で、久栄さんに執着する健次郎さんを止めようとしていること。おそらく不良あつかいなんですよね。洋行したい、という夢はあったそうで頭は良かったみたいなんですが。

さらに、本人もこの寿代(ひさよ、以降、久栄とかきますわ)を、生まれつきにせよ茶色い髪の毛、目の色をして、横着で、礼儀もしらず、さらに美人でもなく、良いパーソナリティの持ち主でもなく、さらにさらに処女ですらない・・・・・・極め付けは「恐ろしい女」などとすら思ってるのですよ。


なのになぜかものすごく惹かれてる。

惹かれるっても、理由がそこまでさだかではないのです。

たとえば、19歳の蘆花は、3歳だか年下の久栄さんとデートなどをしたことはほとんどないわけで、一緒に京の夏の風物詩である五山の送り火きを眺め

「最早(もう)消える」
「消えます」
「最早(もう)あんなになった」

と言い合った・・・・・くらいしか思い出らしい思い出ないんですよねー。あとはお寺だの墓場(!)だのどっかで待ち合わせして言葉を交わし合った・・・・とか。詳しい内容がないんです。書いてないだけ、かもしれませんが。

さらに、親戚だの、兄姉だの、久栄の親戚(山本家)だの、色んな所から猛反対をうけて、そのたび「交際をやめます!」っていったり、誓書をかいたり、勢いづくんだけど、その後、「本人と会って話して納得したうえで別れたいんだ・・・」ってことをすると(百人一首の「ひとづてならで あふよしもがな」の歌そのもの)、アラアラ不思議、必ず関係は復活してるんですよねえ(笑

健次郎さんってすごくシャイで、十代始めから手や足が人よりもかなり毛深く、それを人から見られるのがひどく恥ずかしいため「そっと剃ったこともあった」とかいう記述も出てきました。

(ちなみに当時は、色白で顔にはまだヒゲがないわりに、手足だけ毛深いのだそうです)

夏の庭に水まきしているときに健次郎さんは腕まくり、足まくりをしていたんですが、そういう姿を久栄さんふくむ女性に目撃されたとき、恥ずかしさのあまり、ひしゃくを投げ捨てた(隠れようとした?)とかいうシーンまで書いてある。

・・・・・・・だから、この細かさにくらべて、久栄さんとのことを書いていないのは、今の初恋中学生カップルなんかよりもさらに恋人らしいことはなにもしてない、淡い関係だったんじゃないかなぁっておもうんです。


しかも作中には(他の女性が久栄を称して)「御転婆娘」という表現が出てきたり、作中でも次平さんとして登場する、健次郎のいとこ竹崎土平をゾッコンにさせてしまい、彼から交際を真正面から告白されたとき、「健次郎さんがスキだ」と、問われるがまま婉曲な表現にせよ、うまく断ったりする女が久栄さんなんですよね。

「十四で浮名を流して、こんな密会にも健次郎が知らぬ経験を持っているらしい」なんて書かれてますし、実際のことはともかく、かなり肉食系とおもわれてる女の子だったみたいですね。こういう女性を、慶次郎(自称・童貞)は、恐怖心をもって眺めていた・・・・・・らしい。それ「が」怖くて、手もにぎれないんですって。

あるときなんて、山本家に健次郎さんを呼んでおきながら、久栄さんは自分は別室に引き上げ、健次郎さんにご飯を食べさせるんですけど、女中にも軽んじられている健次郎さん、「ご飯は温かいのにします? お冷やにします?」なんて京都弁でいわれて、激怒しています。
怒りで震えながらも”冷や飯でいいです”といって、それを喰らって帰る小心者なんですけども(w
健次郎さんが熱弁するに、彼の故郷の九州では次男は冷や飯でもくっとけ、みたいな風習があったらしく、優秀さにおいても徳富蘇峰ことイイチロウさんには頭もあがらず、ときどきDV奮われてた健次郎さんとしては、冷や飯をあてがわれても拒絶できない何かがあったみたいですね。

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まあこういうキムラ緑子みたいな女中だったんかもしれまへんけどなあ!

それを平気で放置してる久栄にハラがたった・・・とかなんとか(でもスキなんですけども)



それから、いわゆるすくなくとも明治~この本が刊行された大正はじめ頃までには、仲の良い男子同士が同じ布団で寝たり、そこで抱き合ったり、キスをしあったりしつつ、お互い好きな女のことを語り合う風潮、確実にあったようです。
この本にも出てきまーす。
アレよね、同性愛は別腹スイーツ感覚なんだよね


蘆花は九州のある地域にはこういう風習があり、自分自身も12歳ごろ、数学で悩み、面積の求め方を先輩に教えてもらっていたら、とつぜん押し倒された、みたいな表現で初体験♥を披露しているのでございました。
この頃から色白で、手足だけ毛深い後輩に先輩は思わずウホッてなったんでしょうか。・・・

・・・・・と久栄さんとの恋の話なのに、同性体験のほうがよほど色濃く、鮮烈に書いてあるのが奇妙っちゃ奇妙ですが、処女(でなくてもそう見せかけたい、そういうの)が大事な時代の話だから、男女はほんとに婚約者でもないかぎり、そうとうな監視下に置かれたのかもしれません。
とくに久栄さんは財産家の娘ってコトでしたから。


そして、久代さんとの交際に反対する飯島先生こと新島襄とその夫人・八重については、
「蒼白い叔父さんと赤い脂ぎった叔母さん」なんて書いてます。

どうしても東京に戻る(ドラマとはちがって、一時東京にいったりはしてるんだけど、なんだかんだいって京都にもどっていた健次郎さんは、脚気の療養を京の山のほうでやってたんですが、その下宿で久栄さんみたいな女にかかずりあっていては、自分の人生があやうい!って思いたち、突貫するか、死か!みたいな台詞を吐き吐き、別れを(何度目かですが)決意するんですね。


とっかん クワン【突貫】→♪[0]
(名)スル (1)突き通すこと。
(2)全力をあげて一気に事を進めること。「―工事」
(3)大声をあげて、敵陣に攻め込むこと。突撃。吶喊(トツカン)。「全軍が―する


それで、「レ・ミゼラブル」をふくむ蔵書類、家財道具を売り払ったわけです。

そして久栄さんとも会いたい、最後に別れるということを本人に告げたい・・・といって
「だって会いたくないって本人が言ってるんですから!」と新島八重に声高に断られるんです。
ところがそこでも言葉はともかく、未練タップリの様子を健次郎さんが示したため、
八重は「そういうことなら、自宅で会わせましょう(ウチで待っててください)」、と。
健次郎さんは新島家に現れで、出てきた新島襄に「奥さんに待つようにいわれました」というと、「ああそうですか」などと(まるで他人事のように)淡々と反応され、久栄が現れるの待つことに。

しばらくして八重が久栄をつれて帰宅、「ちょっとアナタ!」とジョーを呼んで、その後二人がヒソヒソ、健次郎が現れた事情を話しているのを健次郎さんは聞いています(笑

しかし、そういうこういうで、久栄さんと健次郎さんの最期の面会は、この夫婦が見ている前でした。

二人きりにしてくれ、別れがいいたいから、という健次郎さんの願いを新島夫妻は拒絶。

健次郎「それなら帰ります」
襄「お帰り下さい」

というえらくクールなやりとりのすえ、けっきょく、人伝ではなく、言葉で伝えたいっていう別れの言葉(という名の愛の告白なんでしょうけど)は、久栄さんには告げられぬままおわり、その後21年以上も健次郎さんは彼女に執着しつづけた・・・・・というから、言葉を失ってしまいますわな。

新島襄と八重の夫婦ですが、ジョーはハートフルなところがあって、そこらへんが事情あって退学した生徒からも先生、先生と慕われる理由になったんだと思います。ところが、八重は彼のそういうやさしい対応ではなりゆかない現実問題をカバーするため、かなりキツい役目を引き受けてたんでしょうね。


ほかにも興味深い記述が何点かありました。

久代さんの母・時栄さんについてですが、これもドラマに書いた以上、また歴史の本なんかで読む以上にヘェーなコトが書いてありました。
まず、時栄さんは妊娠をかくしており、5ヶ月の時、体調をくずし、外国人医師が診察したところ、おめでたが判明した、と。
その先生が帰りがけ、山本覚馬に「おめでとうございます! もう五ヶ月です!」と玄関先から(足が悪いため奥座敷で生活してる覚馬に聞こえるよう)大声で叫んだところ、「身に覚えがない!」と覚馬が言ったため、家中が騒然としたそうな(w

また、山本覚馬が足が不自由になったのは、久栄さんが生まれたあとしばらく経ってからだそうです。
家中のものから誰の子か、と問い詰められたとき、時栄さんは山本家に養子婿としていれるつもりだった男性を最初かばって名前をいわず、鴨川で夕涼みしていたら、身も知らぬ男に犯されたといい、その口実がたたなくなると、今度は非を養子に投げかけた。
最後に自身養子を誘惑した一切の始末を自白して、涙と共にゆるしを乞うた、みたいな
一節が(文章は正確ではありませんが)、出てきました・・・

そして、何年か後、23歳で久栄さんが亡くなったということを、山本平馬(横井時雄と、みねの間に先週のドラマでうまれた長男)の名義で手紙がきて、健次郎さんは過去の恋が完全に終わったを知るのです。

そして

「その翌年の春、二十七の健次郎は二十一の処女と結婚した」という一文で小説はおわっているのでした。


処女、ですか。それは処女とはおもわれていなかった久栄さんに対するあてつけだったのかな、とも思います(でもスキスキダイスキなんですけどね)。

そして処女でないことがダメな若い女性の第一条件であるって考え方は、明治時代、女性の純潔に対してやかましくなった(シャイな)日本の男性特有の結婚相手選びのルールでありますが。

ふぇぇ


以上、これらの記述はあくまで”自伝小説”ではありますが、徳富蘆花はずーっと久栄さんのコトがスキだった・・・・・というより執着してますよね。
これはストーカーを思わせます。そこまで追いかけてはいないから健次郎さんはストーカーではないにしろ、ストーカーって相手を愛してる、スキだといいつつ、憎んでたりします。諦めきれないだけで、その執着を愛の美名のもとに隠して、憎んだり、世間的にも自分はヤバいことをしてるって気持ちを覆い隠そうとしていたりします。

久栄さんが若くして亡くなったあとも、執着だけは生き残り、蘆花として作家として成功したあとの健次郎さんを何年もの間、苦しめ続けたようです。
その執着と訣別し、自分の妻・愛子さんと真正面から向かい合うために、蘆花はこの小説を描きました。なんと3回目のチャレンジで、自分が納得いく出来になったこの作品「黒い眼と茶色の目」になったそうで。

この黒い眼って自分・・・・あるいは新島襄のことかな、と思います。

この時、結婚21年後です・・。
それまで、久栄は夢にこそほとんど出てこないが、昼、起きているときに幻として現れたのだそうで。

徳富蘆花はパソコンもない時代にはげしく遂行するという、文章にコダわりのある作家だったので、グチャグチャの原稿を、清書する必要がありました。

しかし、この小説を妻の愛子に清書させたというのは・・・・・彼の意図はわかるけど、ものすごい製造過程を経て世に出たみたいなんですね。
バルザックの「谷間の百合」は、ある男性がある恋人の女性から「あなたの運命の恋の話がききたい」っていわれて、それを書いたって体裁にいちおうなってるんだけど、長々と続いたその最後に「こんな下らないもの読ませられてソンした(恋の話が聞きたいって女がいうのを間にとらえてカッコ悪すぎ)」みたいな感想がチョロッと掲載されてて、はぁあーって溜息をつくわけですが、愛子さんもフランスの女ならそれくらいのことはしたかも。

あとね、この本、方言についても面白いコトがわかります。ドラマでは方言が花盛りでございますけども、この頃から関西弁って標準語につぐマジョリティなんですね。立場が強い。
そしてそれ以外の地方の方言はこの頃からずいぶんと立場が弱いようです。

九州の方言のある蘆花は兄や姉、同郷の友人いとこなどとは、お国言葉こと九州弁でしゃべりますが(そういう記述も出てきます)、久栄さんとは標準語(イントネーションはわからないためともかく)的な言葉でしゃべっています。

一方、生粋の関西人は関西弁を使用。たとえば久栄さんは京都弁です。

ちなみに八重さん、覚馬さんも標準語をしゃべってるようでした。




by horiehiroki | 2013-11-24 13:00 | 大河ドラマ