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「20歳の時に知っておきたかったこと」で「創造性」を考える

ティナ・シーリグさんの「20歳の時に知っておきたかったこと」という本を読んでいます。
(参考:http://www.slideshare.net/tkanaya/ss-8481661)
かなりベストセラーになった本みたいですね。
「創造性」の重要性について説いた本です。
でも、昨今のマスコミの不調はまさにその「創造性」を失ってしまった結果だと思うんですよね。

そしてこの本を読みながら、ムクムクとアタマの中を想念が膨らみ、色んな記憶が飛び交うわけです。

大昔の話です。
今はどうかしりませんが、90年代の中盤以降、小論文なる科目が入試にさかんに導入されていた時期がありました。

その多くは短い文章を読ませられ、
「◎◎についてどう思うか、述べよ」
という問題文があって、XXXX文字内で論旨をまとめるのです。

たぶん、普通の試験問題では計れない「創造性」を見るため、とかなんとかいってましたが、この小論文自体が、もっとも「創造性」とはかけ離れた科目だったんだなぁと思えてならないのです。
たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチが残した膨大な研究ノートの中で、アートと科学が融合している様についてえんえんと述べた論文の一部をあなたが読ませられたとしましょうか。
ちなみに論文を自分で選ぶことはほぼ、できないのです。


あなたはそれを読んで、ダ・ヴィンチよりもミケランジェロのほうに、科学的な見地がむしろあるように思うと感じました、とします
ダ・ヴィンチは教会のルールではタブーとされてきた人体の解剖を行い、その中で肛門あたりの筋肉のカタチが、どうにもお花のように見えて仕方ない……なんて妄想力たくましい人でしたが、ミケランジェロはとにかく筋肉の構造自体が好きで好きでたまらなく好きな人でした。
だから、女性を描く時ですら、筋肉の位置や動きを「科学的」に表現するため、男性モデルを使用したんですね。ミケランジェロの科学的見地もある種の妄想力に支えられていることは事実でしょうが・・・・・・・・みたいなことをあなたは思いつき、「小論文」で書いていったとします。
ボクなら書いてしまいそうですが、そうすると、0点にちかい点数がつけられましたw
いや、大学入試では点数ついたかもしれませんが、すくなくとも模試などの時点では。

「テーマずれ」っていわれるんですね。「テーマずれ」はぜったいのタブーであり、不合格を意味する、恐ろしい評価でした。

つまり、その論文が「レオナルド・ダ・ヴィンチが残した膨大な研究ノートの中で、アートと科学が融合している様」だとしたら、そこだけ、それだけを「XXXX文字以内」であれば、所定の文字数の9割以上を費やして、永遠に語り続けなければならない。

つまりそれのどこに「創造性」があったのかな・・・と思えてならないんですよねー。
結局、どんな課題を与えられても、一瞬の乱れもなく、相手の言うことにだけ、できるだけ早く、的確に反応する、パソコンみたいなタイプの受け答えができるように、徹底して嗜好を躾け(しつけ)られる経験、それが小論文でした。

ティナ先生も番組でよくいっていましたが、旧来の教育は価値を作ることではなく、価値の再生産が重視されすぎている。
前提こそが命であり、それを覆すことは0点とする思考回路を植え付ける。小論文の試験とはまさにソレ…悪い言葉でいえば思考の去勢行為だったとおもうのです。

一方で、最近、企業家になることを目指す(各分野で研究をつづけている)学生たちに発想力をやしなってもらう様をフィーチャーした「スタンフォード大学 白熱教室」という番組があったことを思い出し、その主催者であるティナ・シーリグさんという女性のクチから何度も「クリエイティヴィティ(創造)」という言葉が零れるたびに、ニホンの入試の小論文にぼくが感じていた違和感をヒシヒシとなぜか、思い出していたんですよ。

ティナ先生は「課題」として、「5ドルを元手に、◎時間でできるだけたくさん稼いでください。しかし5ドルを封筒から出すと30分以内に使いきらねばなりません」として、学生のグループの発想力を問います。

ここで、小論文的教育を受けてしまったわたしは「5ドルを使う」という前提を死守することしかできませんでしたw
正解はいくつでもあるでしょうが、もっとも稼げたグループは前提として与えられた、5ドルには手を付けず(小論文的にいう「テーマずれ」ですけどね!)、無料で出来る何かを考える……ということに踏み出しました。
ティナ先生曰く、前提は「提案にすぎない」といいます。
たしかに入試なんてハコの外ではまさにそうなるはず。
なのにいつの間にか出来ない人間になってしまってるんですってば。

たとえば、週末になると異常に混む、でも予約できない人気レストランに行列し、人当たりのよい女性が列に並ぼうか悩んでいるカップルに「わたしたちがかわりに並びましょう」ともちかけ、その代価を受け取る・・・・・・というシステムで何百ドルも稼いだそうな。

要するに小論文に代表される教育で育てられるのは、他人の価値観を受け継ぐ時にだけ有効な思考回路なんですね。
一方で企業家だけでなく、クリエイターという人は価値をつくらねばならない。

クリエイティヴィティとは「ある種の誤解から生まれる」とすらいう人がいましたが、よりよいクリエィティヴィティとは、どれだけ「テーマずれ」できるか・・・ということにあるんだろうな、と思えてならないのですわ。
だからどんな教育を受けてきたか、とはどんな種類の足かせを発想力にあてはめるのが上手かったか・・・ということですらあるのです。

ほんと色々考えさせられますね





by horiehiroki | 2014-05-11 01:36 | 読書