昭和記念公園にコスモスを見に行ってきました。
影と日向のバランスが印象派の絵画のようです。
400万本のコスモスが見られるという「花の丘」が満開になったと聞いて出かけたのですが、秋晴れの日差しがまるで真夏のように強い午後のことで、ダイオウダリアの花弁が光に透け、きらきらと輝いてるほどでした。
そう書くと詩的ですが実際のところは、自分などはもうただただ、シャッターを押すので必死、ぐうぜんキレイに撮れていた程度でして、土の中から外に放り出されたムシなどが右往左往するのとまるで同じでした。眩暈がするほどの光量だったのです。
それでも午後四時近くなると、日差しはとたんに秋めいてきます。高い空が美しい。芝生の中央にあるのは大ケヤキです。
1999年頃、日本で開発された、黄色いコスモスたち。写真はたぶん「サンセットイエロー」です(キバナコスモスとは異なります)。
こうやって見ていると、どこか異世界につながっている道が現れそう…。
臨死体験経験者が「コスモスが咲いている野辺を~」なんていわれる理由が分かる気もします…。
実は今年、コスモスを見に訪れた人が最初にみる光景がこの黄色いコスモスの群れなんですが、日暮れ時にみたほうが美しいと感じました。新聞の記事によると、今年は子どもやクルマイスの人が見やすいように背丈の低い種類を今年は選んで植えつけ、また途中はなしかけてくださったご婦人によると、この公園のコスモスは植えつけに相当、変化があったとのこと。
昭和記念公園では昭和天皇記念館などもありますが、無料で昭和三十年代くらいまでの農村の暮らしを追体験するスペースがあります。こもれびの里といって、名主を江戸時代にやっていた一族の実際に暮らしていた家(250年前…西洋でいうとモーツァルトの時代位ですけれど、その頃に建造され、その後は昭和半ばまで実際に住まれていた)が狛江市から移築されているとのこと。当時の農村生活を知るガイドの方が色々と教えてくださいました。いろりに火が入っていましたが、換気扇がないとあれって相当に温かいけれど、けむたいものでもあるのですね。はじめて知りました。
以前は布の値段が非常に高く、高価な衣服に身をつつんでいる上流階級が男女ともに料理はしないことが望ましい…とされていた理由が、具体的にピーンとわかりました。イレギュラーなケースとして、自ら炊事をやった天皇の御所の内…御所全体というより、彼の暮らしたスペースが、ということだとお思いますが、ススで真っ黒なので、黒戸御所などと呼ばれていた光格天皇のお話を思い出しました。
それで調べたところ、ソースは吉田兼好の「徒然草」で、即位前には一般人として(裕福ではなく)暮らしていた光格天皇が、当時の暮らしを忘れないで、炊事なども自分でしていた…という下りです。具体的には「黒戸は、小松御門、位に即かせ給ひて、昔、たゞ人にておはしましし時、まさな事せさせ給ひしを忘れ給はで、常に営ませ給ひける間なり。御薪に煤けたれば、黒戸と言ふとぞ」という一節です。
日本庭園なるスペースもあり、ここでは京都の山中にいるような気持ちになれました。係の方が大勢おられて、熱心に美観維持のための作業をしておられました。やはり、野放図にほうっておいても自然の美は生まれないのだなぁと感じました…。
自然の美といえば、盆栽コーナーがありました。
もはや一つの小さな森林ですね…。
最近は盆栽づくりを植物虐待のように感じる人がいるかもしれませんし、そういう風に賢しく発言する人も園内にチラホラいましたが、人間の知恵と植物自身の意思が通じ合った時にだけ実現する奇跡のような自然の美しさだと僕などは思いました。