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今回は、この「帰ってきた男」こと新島襄が本格始動。始動した途端にエバー初号機、暴走ならぬ

ジョー大暴れでございました。


覚馬さんがジョーに抱擁されてる現場にでくわし、泥棒ネコかと勘違いしたのか本気で驚く時栄さん(w

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史実でも、山本覚馬さんが、新島襄さんの学校(同志社英学校)のために、旧・薩摩藩邸の土地をお譲りしています。
同志社といえば、現在でも関西一のハイレベルな偏差値を誇る名門私立大学ですよね
学校の名前を同志社と名づけたのも一説に覚馬さんだとか。



あら~~ お似合いのお二人ですこと~ 

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音声消してみたら違うドラマになってた
と思います……

ジョーの目の潤み方がねぇ。
つねに潤んでるし。

同志社っていうとね、これに触れないわけにもいかないんですけどね、現代の中国語圏では同志=男性同性愛(者)を指すスラングみたいなもんだそうな。

だからこの番組で、覚馬さんとジョーがいかにもど、ど、ど、同志っぽい行動を・・・取るのは・・・いかなるものかと

キャッ☆


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どこをどう映しても、ジョーがいるのが今回(笑

ジョーをボーイと八重さんが当初間違えたっていうのは本当です。挨拶もしなかったとか。
あと着物にブーツ履いてるっていうのも。

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キリスト教の教えを学び始めた八重。

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汝の敵を愛せよ

という言い方にせよ、キリスト教は愛の教えだといわれますねー。

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親子して、何がなんだか分からないっていう風情ですが(w



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東京の山川家に、イェール大学を卒業、文学の研究をしたこの人・健次郎が帰ってきました。

売り言葉に買い言葉で、あの落城の時、切腹しないでよかったね~

官兵衛さんと元・大蔵ことヒロシさんが何度も卒業証書を手に取って眺めてる様が、年寄りくさかった(ww


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ちなみに巡査の格好の官兵衛さんですが、以前書いたとおり、彼は(前回やってた征韓論争の結果)新政府を飛び出していった西郷隆盛を担ぎ上げ、鹿児島の不平士族が始めた西南戦争の鎮圧に乗り出し、1877年、殉職しておられます。


朝ドラより朝ドラらしい内容というか、新島襄と(覚馬さんと)八重さんのイチャイチャが中心(ww


前回とは打って変わって、のんびりとした回でしたねぇ。
歌ってたし。(以前、はるかさんもCD出してましたねー。

「聖書にそう書いてあんべ」

って字幕がアレでしたがw

方言といえば、京で大きくなったのだから、(八重さんの姪の)みねは関西弁を話すようになってもおかしくないのに、ずっと会津弁…

話もどって。


前に、NHKのドラマで「白洲次郎」ってあったんだけど、その時も、賛美歌「わてのイエスはん」が登場しました。関西弁賛美歌。あの衝撃を思い出したことよ。

「主 我を愛す/Jesus Loves Me」が元々のバージョンですけど。


わてのイエスはん(歌詞 ☆いろんなバージョンがあるみたいですわ)

イエスはん わてを好いてはる
イエスはん 強いさかいに
浮き世は言うたかて
怖いことあらへん
わてのイエスはん わてのイエスはん

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そして同居開始!!!


って展開がすごく萌えアニメっぽい(w



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◇◇◇堀江宏樹の新刊もよろしくおねがいしまーす◇◇◇

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百人一首 うたもゑ

(日本じゃ)世界三大美人なんていわれてる小野小町。でもずっとモテる、恋をし続けるということは、あるいみ「たったひとりの誰か」に出逢えてないってことなんです。平安時代、百人一首に収められた歌人たちの歌をベースに展開する、絵空事ではないリアルにして美麗な恋愛絵巻まんがですー。

藩擬人化まんが 葵学園


大河ドラマでもそうですけど、江戸時代はなぜ「ああいう社会」なのか? なんで現在でも県民性は「ああいう風」に存在してるのか? …みたいなことが漫画+文でザックリと理解できます☆

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by horiehiroki | 2013-08-29 10:31 | 大河ドラマ

「プレシャス」 

見よう見ようと思ってて、見る機会がなかった映画をDVDで見てみました。
一枚目は「プレシャス」。

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そもそも、ココにいたってぼくがこの映画にどうして興味を持ったの、っておはなしなんですが。

1980年代のレーガン時代の「強いアメリカ」、それも貧富の差=文化の差である社会で、黒人、貧乏、ブス、巨デブ、教育なし、レイプされて妊娠、出産を経験したシングルマザー、その子らの父親は、プレシャスの実の父親であるという事実、しかも子の一人はダウン症・・・・・


しかも、映画が進むほどに凄い要素がさらにプラスになっていくんですけども、映画史上、こんなマイノリティとしての要素を付与されたヒロインは存在しなかったと思ったからなんです。

マライヤ・キャリーが(おそらく)初めて女優として肯定的な評価を受けた作品、なんてのも興味にありましたけど。

実際に見てみて、「リアル」な映画だとおもった。まず、まったく淡々としてるところがリアル。

一方で、衝撃をうけたー とか、立ち直れないー っていう感想を多くのひとに残す映画だと思うんです。
それを見ていて、凄く思いだすのは、昭和時代に行われたフェミニズム系の女性思想家と、元売春婦の対話。
「売春なんかさせられて、それは死ぬほど辛いことだった」って具体的な言葉を彼女たちから引き出したい運動家に対し、「それでも食べるものと暮らす家が与えられてたから・・・」とだけ応える元売春婦の老女たち。

死ぬほど辛い のと 本当に死ぬことの辛さとは、同じ大きな哀しみではあっても、まったく次元が別なんだよね、という話。

けっきょく、この映画を悲惨だ、ありえないっていう人たちと、ありえないどころか、あれしか日常生活ってものがないプレシャスたちの世界は、まったくの別物ってことですね。ありえないーっていってると、実際に存在してる(らしい)プレシャスの世界を理解するどころか、感じることすら難しいと思いました。

プレシャスの映画は最初、たどたどしい間違った綴りの英語の字幕がいくつか表示されて始まります。

母親に二グレクト(ムシ)されて育った彼女は文法はおろか、しゃべりですら、うまく自分を表現することもできないからです。

とんでもないくらい辛いことがあると、プレシャスの脳内には白日夢が再生されます。自分がセレブになってたり、「肌の色のうすい(黒人の)」イケメンボーイフレンドがかしづいてくれたり、はては憧れの数学の先生がやさしい言葉をかけてくれたり、母親が母親として娘を労ってくれる・・・そういうことすら、プレシャスにとっては「ありえない夢」なんですね・・・。ふぅ。


彼女は知的に優れてるので、数学の点数はよいわけです。
数学は数字とルールさえ分かれば、問題が解けるジャンルだから、ということもあるんでしょうね。でも読み書き、そして日常会話で自分を表現すること・・・・つまり、「フツーの人」ならダレでもできることが、まったく会話らしい会話を母親から許されてこなかったプレシャスはできないんです。

運命の男女が出会い、永遠に仲良く暮らしましたとさ!というロマンティックラブを信じてやまないプレシャスの母親は、プレシャスが実の父親に、子どもの時からレイプされつづけて子どもを妊娠するという目におちいっても、自分を護ってくれる男を取られた、と思ってるのが9割。残りの1割で大変なことになった、とは思ってるんだけど、何がどうしてあれだけ未成熟かつ自己中心的でいられるのか不明なほど、怪物的に意味不明な女がプレシャスの実の母親です。
まー、ものすごい弁は立つんだけど。

母親と娘って恐ろしい関係ですよね、思えば。

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左からプレシャス、母親、プレシャスが生んだダウン症の娘、通称「モンゴ」

その母親の母親、つまりプレシャスの祖母は厳格なんだけど、厳格であるというルールを盲目的に墨守することで自分で思考することを止めてるところがありますね。
永遠の恋に恋する娘キャラの母親と、厳格であることで自分の弱さが外に漏れ出さないように必死の祖母、そしてやっぱりどうかしているとしかいいようのない父親に挟まれ、プレシャスはきわめて苦しい生活を送ってきたはず、です。よその世界から見れば。

映画の大半がプレシャスの成長を描いています。彼女が「言葉」を得て、同時に「理性」を自分のものとし、「感情」を得て、それを表現するに至る様子が描かれるんだけど、彼女が通うフリースクールのクラスの面々も同じ。

・・・というのを、時にコミカルな描写を挟みつつも淡々と描くんですね。

淡々とえがかれる「日常」の中で、
もっともむごいとおもったのは
「わたしまだ恋をしたことがないのに」って
プレシャスが声を上げて泣くシーン。

「人間を表現すること」に興味がある人は見てみるといいと思いました。


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◇◇◇堀江宏樹の新刊もよろしくおねがいしまーす◇◇◇

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百人一首 うたもゑ

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by horiehiroki | 2013-08-25 01:42 | 映画

つらつらと。

23日は・・・「夢で会いましょう」が一夜限りの復活とのことで、母はえらく楽しみにしてました。
が、まぁ、実際の放送内容はわるくはないんだけど、よいとはお世辞にも言い難い出来だったようで、母がたいそう不機嫌になってしまい、・・・・・家族としてたいへんに困りました(w

歌、おしばい、笑い・・・そういうのが渾然一体としてあるのが、オリジナル版の夢で会いましょうの良さだったんでしょう。でも、あの頃のテレビマンみたいな構成力は現在の制作陣にはないようです。ビッグネームが出てる割りに、すべてがすべて友情出演というか、ちゅうとはんぱ。うっすい。

リメイクって新しく作るよりも、作り手の手腕が問われるんですねー。

ヘンにコントやらせるより、懐かしの映像を天海祐希が紹介する程度のほうがよかったのでは……と思ったりもしました。
淡路恵子がものすごくセクシーにタバコを吸うシーンがあったりしたそうで。
そういうのを知らない世代の自分も、そういう「夢で~」の黄金期の映像を、ピンクのスーツでスーダラ節のさだまさしのコントなどよりも見たかった……とかおもうわけです。
あとは「黒い花びら」とか「黄昏のビギン」なんかは熱演だったけど、アレンジ、ホントにあの曲に合ってたんだろうか、とチラホラ想いながら聞いてました。


この前は、一部で好評らしい「WOMAN」をみました。
今冬、一番おもしろかった(気がする)「最高の離婚」の脚本家・坂元裕二さんの新作みたいです、が。
あの台詞と行間で役者のみならず視聴者をも追い詰めてくる感じ。
・・・・ちょっと今回のは続けてみてらんないなーって思いました。


例によって、独白がなげーの(笑


小栗旬が水道工事の制服きて、おかーちゃんのトコをたずねるじゃないですか。
アパートにいってもおかーちゃんはいません。
隣の人に聞いたところ、おかーちゃんは田舎のセルフサービスのコーヒー屋でレジ係をやっているとのこと。
店をたずねる小栗さん。
おかーちゃんはそっけないです。
しかし、さりげない会話ののち、小栗さんのことを息子だと認識したんでしょうね。
「先に帰って待ってなさい」とカギを手渡す。

ここまではよかった。

帰宅してくるおかーちゃん。

「あのコーヒーまずいでしょ! わかしっぱなしだから!」のあと、

「これ・・・」と、小栗さんから花瓶を手渡されたら

「ちょっとお バカにしないでよ
花瓶じゃないでしょ花瓶じゃー

あんた、今、いくらもってるの?」

・・・と、けっこうオリジナルな会話の展開をみせる、おかーちゃんです(苦笑

さんざんグチったあげく

「あんた川島なお美知ってる? あのワインの・・・」とか。

なお美事務所にやっぱ、こういうのって了解とか取るわけですかね(w
こういう微妙な使われ方w


「あたしだってスカウトされてたのよー 芸能関係に

あんた生んでなきゃ、ワタシだって川島なお美みたいになってたわよ!


っていいながら、酒かっくらって寝ちゃう。スカウトって女子大生DJとかやってたんでしょうか?

てか、寝たふりをしている。

そういうおかーちゃんの白いシャツの背中にむかって、今度は小栗さんの独白がはじまるんですわ。

うらんではいないこと。家族とのこと。こんど地デジがみられるテレビ送ります、ってこと。

すると寝てたはずのおかーちゃんの目元は雪解け道みたいにグジャグチャにマスカラで黒く滲んでた、と。

おかーちゃんは、ああいう風にしか、息子に接するしかできないんですね。ほんとはごめんね、よくきてくれたね、っていって抱きしめたくても、それを自分に許せないんだろうなぁって。今さらっていう気持ちですな。


愛されたことを記憶する者にしか愛し方はわからないっていうけど、自分を教育しなおすことができた者にそのルールは適用されませんね。小栗さん演じるキャラみてておもいました、が。


まぁ、そういうことを思いつつも、この季節にあの湿度をふくんだ重苦しがつらくて、見る気が蒸発してました・・・

視聴者は勝手です・・・・・
いいから見るっていうわけでもない。

それで「夢で・・・」にもどるんですけど、新しい番組をもとめて、編成会議をしているってコントがあったんです。天海祐希と伊東四朗とかが出てるヤツ。
その中で天海祐希が「わたしたちテレビマンはテレビが大好き!」っていうんだけど、そのテレビ愛、われわれ視聴者には残念ながらないのかもしれない。

この愛の濃淡がさいきんの放送業界をさきぼそりにしてるのだなって思ったんです。






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テレビマンほど視聴者はテレビを愛していない。_e0253932_0453714.jpg


百人一首 うたもゑ

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by horiehiroki | 2013-08-24 01:32 | 日々

今回は川崎尚之助と八重の最後の対面を描いた内容がドラマの中心でした。

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正面から腕力で男性をなぎ倒すシーンもありましたが。




ドラマとして、よろしくもりあがっていたと思います。
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川崎尚之助がどんな事件にまきこまれていたのかをゾロッと調べてみると・・・・・


川崎尚之助は、斗南藩で、藩の収入をあげるために商取引をおこなう「開産掛」に任命された。

北海道・函館は、斗南藩からも近く、商業の盛んな土地だった。

とある斗南藩士と函館にわたった川崎は、そこで米座省三(よねざ しょうぞう)という、斗南藩士を名乗る男と出会う。

この男の紹介で、デンマーク人の商人・デュークと川崎は契約、食料にするための広東米(輸入米)の先物手形(要するに”契約証”です)を得ることができた。

しかし・・・・その先物手形を担保に、ヨネザは別の外国人商会からお金を借り、そのまま現金とともにいなくなるという盗難&詐欺事件が発生。

ヨネザは東京で逮捕されるが、その身元は斗南藩とはまったく関係がない、ただの地方の商人だった。

無事、川崎尚之助はデュークとの先物手形を回収できたのだが、問題は解決せず。

なぜなら、デュークが用意する広東米と交換するための大豆を、凶作に悩まされていた斗南藩は用意することができなかったからだ。

けっきょく契約不履行のカドで、川崎たち、そしてヨネザはデュークから訴えられることになった。

しかし、このとき、斗南藩が訴えられるハズなのに、斗南藩はこれは川崎たちの独断でやったことと言い切り、また川崎尚之助も「斗南藩の飢えたひとを助けようと独断でやった」と言い張った。

その結果、川崎尚之助たち”個人”がデュークに訴えられるという事態になり、東京での裁判のために移住させられることになった・・・・・というのが今回までの経緯。


しかも、この裁判中に川崎尚之助は3人も身元保証人が変わっています。(うち一人は、勝手に自分を尚之助の身元保証人にされたりしているみたい・・・すごいグダグダ感)

住所もテンテンとし、しかも斗南藩からの給料もなかったため、、川崎は極貧の生活を送っていたのでした。

それで、ちょうどその頃、八重が覚馬とともに例の京都府知事の槙村さんを釈放してもらうための嘆願で東京に来ていた、と。 これもウソみたいな事実です。



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しかし、本当にこの八重と尚之助の二人が再会できていたかは不明。


本当にドラマみたいな二人のやりとりを示す逸話はあるようですが、ある小説家の創作、らしい。


まぁーーー……会ってても不思議はないんですけどね。自分だったら会いに行くと思うなぁ。

ハッキリさせたいしね。

ドラマみたいにはじめて八重さんではなく、”八重・・・”って呼んだとか、”未来で、ずっと、まってる”という、「時を駆ける少女」みたいなやりとりがあったかは不明(w

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逸話だと、当時、川崎尚之助がいたのは保証人・川村三吉なる男性の自宅だったそうで。


いいシーンでしたけどね~

その後、川崎尚之助は栄養失調をこじらせ、肺病になり(この頃のおきまりのパターン)、現在の東大病院の前身に当たる施設で「慢性肺炎」にて死亡。
1875年3月のことでした。40歳の若さです。
その後、デュークの詐欺だ!という訴えが認められ、川崎は亡くなったので、ヨネザふくむ数人が有罪判決を受けたそうですよ。

あさくらゆう『川崎尚之助と八重 -一途に生きた男の生涯』という著書にこれらの経緯は詳しいようです。

自分も機会をみつけて読みたいな、と思うんですが、この本をベースにしたサイトも存在してます。こちらは川崎尚之助と八重さんのリンク。

このサイトによると、川崎尚之助の墓石は昭和四十年頃まで、彼の出身であった出石(いずし)のお寺にあったようですよ。現在は墓地の区画整理で、他家に土地の権利がうつり、墓石も消えてしまったようですが。

余談ですけど、こういうのって現在ではかなりよくあることです。川崎家が特別というわけではない。
前にあるお寺を訪問したら、ある有名な大名家のゴッドマザーといえる女性の名前を刻んだ墓碑が横に倒されてるじゃないですか。半年後に訪問したら、その墓碑は撤去されてました。
うちの実家も似たようなことを先年、一部の墓地に執り行いましたし。

で、思い出してるうちに書いておくけど、白虎隊の最期も結局、ハラキリしたところで終わってしまって出てきませんでしたね、このドラマ。しれっと省略的な。


尚之助さんのエピソードもキレイに省略されてたので、いちおう調べてみましたー(w



それから、話が飛びますが、このおっさん。

三条実美さん。

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久しぶりに登場したかとおもいきや、ヒエーって失神してました。この三條さんの卒倒、まさかの史実です。


のみならず、精神錯乱状態になっちゃったらしくて、ドラマみたいにお笑いではすまず、征韓論者は衝撃をうけたそうな。

そもそもドラマみたいに、征韓論を主張する人(主に西郷隆盛)とそれに反対する人たち(大久保、岩倉、その他)の激しい議論が直前にあったのではなく、いきなり辞職と官位返上(大久保)などのアクションがあり、大臣として三條は非常に厳しい立場に追い込まれてました。というか会議がサボタージュの連続でなりたたない。政府は実質的にすでに瓦解していたんですけど、それでもなんとか取りまとめなきゃ!っておもう三條さんはカラダをはりすぎたのです。

さて、この頃、朝鮮の李王朝は何をしてたんでしょうか。
14世紀の建国以来、徹底的な身分制度があり、貴族階級だけでも数十以上に厳別されていた”文治主義国家”李王朝では、とにかく政治的マンネリと軍事的な弱体化が問題になってました。

しかし、それを乗り切ろうとして、李王朝は日本などとは真逆で、徹底的な鎖国路線、国王の権利拡大など攘夷&鎖国&保守化の政策を、なんと19世紀半ばでも取ろうとしてたんですね。

幕府時代、李王朝とつきあいがあった、といわれていますが、実際の話、それは李王朝の使節を日本側が江戸まで好意で迎え入れているだけで、李王朝側はさらに徹底した鎖国を強いていますから、対馬藩のお侍を歓待するための屋敷に閉じ込め、それで”おわり”でした。

まぁ、そういうクローズすぎる国家でしたので、貴族たちが利権を奪い合い、政治的暗闘をくりかえすという伝統が出来上がっており、それ以外の広い視座を持つことが出来なかったんです。

どんどんやばいことになっている朝鮮はこの頃、(「韓国併合への道」などの新書にくわしいですが)世界的な情勢から立ち後れていたのは事実です。

まあ日本からみれば、いいカモだったのかもねー。

西郷の意図をドラマみたいに不平士族の不満を外に向けるためだけでなく、朝鮮や中国を「楯」に(保護という名目に)、日本の立場を再興していくべき・・・という大きな視点も持っていた・・・かどうか・・・はよくわかりません。
いずれにせよ、三條さんはよく働いたのですが、強硬な西郷さんと瓦解する新政府の面々との”間”に立つことにホトホト疲れ、バターンと失神してしまった・・・というのが現実みたいですね。

そもそも、アヤフヤな基盤しかもたない”新政府”をかかげる当時の日本が、その状態において「外国に手を出す」ということは、亡国をもたらしかねない重大問題であり、それを決済せねばならない立場にあった三條さんには深く同情します。



あと、八重さんがやってる女紅場の舎監(しゃかん)。
龍馬と結婚したと言い張ってた千葉さな子もああいう感じで女子学習院で仕事してたんだろうか・・・と思ったり。


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このドリームを語るシーンよかったです。





あと、視聴率も調べてみたら、前回の13.9%→15.9%まで2%上昇したようです。

最近の幕末編→京都編への所でみてると、12%から16%までの間を数%ずつ上昇、または下降しつつ数字が移動してる模様・・・。

12が14になり、それが16になったら、また12に下がり・・・みたいな感じ(苦笑
数字を見てる限り、一定のファンは付いてることがわかります。
清盛みたいに視聴者に置いてけぼりをくらってるわけでもない。

ただ、数字に対していうと、この前の日曜日、用事があって、夜8時頃ぼくは外出してたんですね。
そしたら夜の8時って、たぶんこのドラマが有力な想定視聴者としてたハズの20-30代の男女はようやく外出から最寄り駅に帰ってきてて、スーパーのデリだの寿司屋だのによって、夕食の買い物してるんですよねー。

大河がすごい数字を出してた頃、一昔前の日曜・夜の8時といえば、日曜日の”終わりの時間帯”だったはずが、今では多くのひとが家庭にすらたどりついてない。


その時間にテレビの前にいることが視聴率の前提ですから・・・・・・・大河が数字を取るには日曜夜八時に在宅してテレビを付ける人たち(たぶん必然的に年配)がなにを求めてるか、なんでしょうね。

大河といえば、BSプレミアムとかで、日曜の夕方にもやってるし、土曜日の昼にもやってる。
しかし、・・・これらの時間の全てが、有力な想定視聴者であるハズの20-30代の男女にとっては家にはいない時間帯なんですわな。

制作陣は日曜夜八時の街を歩くことから始めるべきかもでござるな。



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◇◇◇堀江宏樹の新刊もよろしくおねがいしまーす◇◇◇

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百人一首 うたもゑ

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by horiehiroki | 2013-08-22 10:22 | 大河ドラマ

チョウの羽化

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ほんの少しずつですが、朝夕には秋の兆しが感じられるような・・・。
アサガオの世話をしていると、チョウがさなぎから羽化してるのに
気付きました。
カラダを乾かしてるんだと思います。
羽化して時間が経つ毎にハネの色が少しずつ濃くなっていったようで。
さっき見たら黒いさなぎだけが残されてましたとさ。


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◇◇◇堀江宏樹の新刊もよろしくおねがいしまーす◇◇◇

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by horiehiroki | 2013-08-18 05:19 | 日々

1年以上前に録画してたまんまになってた歴史秘話ヒストリアを見てたら、人見 絹枝さんという女性アスリートのお話で、これが感動的でした。みなさんご存じでした?

人見さんは岡山の農家に生まれ、昔から男の子たちより走るのが早かったそうです。
成人後は170センチを超える長身で手足が長く、しかも頭脳明晰だったこともアスリートとして恵まれてたんでしょうねー。

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競技中の人見絹枝さん。(わかるとおもうけど、左



現在の日本女子体育大学の前身・二階堂体操女塾出身のジャーナリスト兼アスリートという経歴も、20世紀前半までの運動会だからこそありえた設定のような気がします。
某水泳の選手さんは20代中盤になるまで、ATMを使ったことがないとかあるとかツイートしたそうですが、最近の人たちは専門が先鋭化しすぎてる所があるか、と。それは残念だな、と。

これは芸術の分野(とくに僕が見ているかぎり、クラシック音楽など)でもいえると思いますが、やっぱりトップのアスリートは特別な感性、能力をもってる人たちなんで知的な反射神経もすごいとおもうんですよね。太宰治の弟子とされる小説家で、オリンピック選手だった田中英光が「オリムポスの果実」という小説を残したりしてます。

人見さんもわずか24年の生涯でジャーナリスト兼ノンフィクション作家として5冊も本を書いているそうです。

ヒストリアで紹介されたエピソードの数々はまぁビックリで、一度もやったことのない円盤投げで銀メダルとか、いかに世界的な規模でも人見さんの資質は優れてたのかとわかる内容だったんですよねー。

というか、もともと、女性競技者は古代ギリシャにならって男性のみで運営されてたオリンピックに入ることができず、フランス人女性富豪の出資による万国女子オリンピックなる競技会を独自に行うところから始まったといいます。これは現代とくらべると競技の種類は限られたものでした。
ちなみに女性は男性にくらべると体力がない・・・ということを理由に、フルマラソンが女性競技者の種目として正式に採用されたのは、1984年のロサンゼルス・オリンピックが最初だったみたいですよー。

で、人見さんは個人としてこれらの大会、さらには「フツーの」オリンピックに女性が参加できるようになってからはそこでも才能をエースとして発揮すると同時に、後進たちの育成にこそ、大きなチカラを注いだそうです。

ヒストリアの中で触れてたけど、人見さんをはじめとした「運動少女」に注目があつまると、美人姉妹なんて仇名でよばれた人たちは、●子は清楚な白百合、○子はにおいつよき赤薔薇… とかいわれて(セクハラっぽい)、勝手にモデルにされて小説化、ある一人の男性を奪い合うなんて設定にされたそうです(あきらかにセクハラ)。

※人見さんは小説にされてないのに

人見さんもキレイだとぼくはおもいますけどね・・・現代風な美なのかもしれません。

ちなみに関東大震災までは浅草の名所だった高僧タワー・凌雲閣(りょううんかく)での日本初の美人コンテストでも、一位になった人ってすげー男顔っていうか・・・女装みたいな芸者さんなんですよね。B・・・ではないとはおもうけど、美人とも・・・いえる?(聞くなよw

明治生まれの女性アスリート・人見絹枝さん_e0253932_0434167.jpg




ホントの顔立ちより、お化粧が大きな問題になってることは言えるけど、今の感覚とは違うかなーって思ったりしたり。

彼女のパトロンである旦那たちの組織票でしょうかね(なんかの総選挙みたいww)。
投票はAKBよろしく、熱戦だったみたいですよ。


いずれにせよ、日本人は目パッチリ、鼻筋クッキリの顔がすき。その”具合”が時代の文化であり、違いなんでしょうーねー。




くわしくはこちらで



って例によって話がずれました♥
by horiehiroki | 2013-08-16 00:48 | 歴史・文化

セイヨウアサガオ(3)

今朝はすこし涼しかったからか、3、4日ぶりくらいに5つ開花しました。

ツボミが大きくなって開く直前までいって、朝8時に高温すぎてそのまま開かずに終わる・・・というようなことが2日つづき、その後、ツボミすら大きくならなくなっていたという。

あと10日は大気の状態が熱っぽいみたいですが、少しはかわりつつあるのかな、と。
園芸始めてるとポジティブになれるってやつでございますかね(w

おなじくヴェニスブルーという品種です。
だんだんと紫のラインと白地のバランスが美しい花が咲くようになりました。

普通ではない暑さか、それともツボミが大きくなってからのこの前の液肥が原因か。
ヴェニスブルーの開花はしばらく沈黙。
となりのなんとかいう品種もツボミの成長がずいぶん遅れたような。そのぶん、蔓は茂りましたけどね(もう要らないw)

セイヨウアサガオが咲いたとか咲かないとかいってる間に、近所の公園のニホンアサガオはすでに種をつくるべく、花房部分が膨らんできています。すこしもらってこようかな・・・。


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◇◇◇堀江宏樹の新刊もよろしくおねがいしまーす◇◇◇

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百人一首 うたもゑ

(日本じゃ)世界三大美人なんていわれてる小野小町。でもずっとモテる、恋をし続けるということは、あるいみ「たったひとりの誰か」に出逢えてないってことなんです。平安時代、百人一首に収められた歌人たちの歌をベースに展開する、絵空事ではないリアルにして美麗な恋愛絵巻まんがですー。

藩擬人化まんが 葵学園


大河ドラマでもそうですけど、江戸時代はなぜ「ああいう社会」なのか? なんで現在でも県民性は「ああいう風」に存在してるのか? …みたいなことが漫画+文でザックリと理解できます☆

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by horiehiroki | 2013-08-15 23:43 | 日々

東京の空間人類学

陣内秀信さんの名著「東京の空間人類学 (ちくま学芸文庫版)」をいただきまして。ちらほら読んでいってます。

土地の高低による街の性格差、これはおもしろいですよね。

ぼくが家を買うときには、ほんとに坂の上の物件を推奨されました。地盤的な問題です。

たしかに家を買うには、つきつめれば建物ではなく土地を買うのだっていう意識が必要です。

でも地震対策だけが最初にありき、だけではちょっと寂しいところもありますわいな。


この本には土地の高低による地域差で、街の性格がかわってくる江戸から現代にかけてのゆたかな日本文化のあり方が考察されています。これは興味深かった。
壁をはりめぐらし、その向こうに広々とした森や田園地帯といってよいような丘がひろがる大名屋敷に代表されるような、ひっそり住まうことがステイタスの山の手に対し、下町はコミュニティの中にいかに目立って住まえるかという意識が盛ん。

それで、ハデな立派な店構えを大通りに構えるのが最高のステイタスとされた、と(住居部分は質素なんですって。

山の手の人は坂を下り、下町で経済活動に消費というかたちでくわわり、また経済活動とは別の世界である山の上に戻っていく・・・という繰り返しだったそうです。

これは為政者層がビジネス活動に積極的にかかわらない日本独特のシステムだと。

なお、いわゆる現在の(小さめの)庭付き一戸建て(数十坪~百坪)は、江戸の御家人の住宅の基本構造を踏襲してるそうです。


それで思い出すのは、新宿の中井にある林芙美子(作家)の旧邸が文学館になってるんだけど、これが平地と坂の間にちょうど位置してるんですね。


かなり坂が急なエリアなんだけど、その坂がキツくなる直前までが林さんの土地になっています。

竹藪などが目立つ、旅館みたいな家なんだけど、この坂の途中の家は大名家の下屋敷なんかの作り方を踏襲してるみたいなんですよねー。
規模でいえば、何千坪が一般的な大名屋敷のコンパクト版です。
これは自分がじっさいに訪問してみて思ったことで、この本にはかいてないことですが・・・。

坂の途中に住まうと、水を高いところから低いところまで流して、おもむきのある庭を造れるのがよいそうです。
大名家がわざわざ坂の途中に屋敷を持ちたがったというのは、地形を活かして水の流れを人がおっていける、廻廊式庭園にするためだったそうですが。
林芙美子って家を造るにあたり、ものすごく勉強したそうですが・・・つきつめると、大名になりたかったのか(w



そしてこの本、水の都市としての江戸の通称・下町を描いてる部分が美しいのです。坂の下の街ってことですね。水辺の。
たしかに現在の下町のガヤガヤした雰囲気とはちがって、江戸時代は将軍のお膝元であるというプライドが、静かな町並みを作っていたのであろうことは(関東大震災までは雰囲気が現存してたそうです)、数々の浮世絵でもわかります。

けれども、気になったのはやはり地震による災害。建物は潰れなかったんでしょうか?
やはり気になるのは低地ゆえの地盤の問題です。江戸時代の地震といえば、たしか一杯あったような・・・っておもったので調べてみました。


江戸時代の主な地震



1605年 慶長地震  ・・・ ”慶長大地震(けいちょうおおじしん)”は慶長年間(1596年-1615年)に日本列島で起こった地震の総称。豊臣家の滅亡~徳川家の天下取り、など非常に動乱の多い時期に起きているので、昔の人は不安だっただろう、と。


とくに1605年の地震を”慶長地震”と称し、東海・東南海・南海連動型地震型です。マグニチュード7.5~7.9(あるいはそれ以上)!

しかし、地震動による被害はほとんどなく,津波が房総,伊豆,紀伊,四国,九州を襲ったことが大きかった…とされるようです。


1611年 慶長三陸地震・・・三陸沖 マグニチュードは推定8.1。

1703年 元禄地震  (関東)・・・元禄16年11月23日南関東に起った大地震。震源は房総半島野島崎沖。マグニチュード7.9~8.2。



1707年 宝永地震 ・・・1707(宝永4).10.4に関東甲信越から中国・四国・九州の広い範囲で起ったわが国最大級の地震の一つ 東海道・紀伊半島を中心に倒壊6万戸、流失2万戸、死者約2万人。


これに関連した地殻変動で、富士山が中腹から噴火。

江戸の街まで火山灰はとどく。
なお、1703、1707年の地震ともに綱吉の時代



1854年 安政東海地震・南海地・・・
1854(嘉永7/安政1).11.4に東海・東山・南海道で起った東海地震と,その翌5日に畿内・東海・東山・北陸・南海・山陰・山陽道で起った南海地震の総称。

2日続きで広い範囲に地震が起ったことになり,どちらの地震による被害か区別できないものが多いが,東海地震では沼津から伊勢湾にかけての海岸沿いの地域の被害が大きかった。





・・・ということで、これらのほぼすべての大地震に巻き込まれてる東海エリアは大変でしたが、江戸が凄まじい地震の犠牲になることはあまり、なかったのかも。
最初、壊れたら作り直すしかないというある種の諦めというか、無常感というか、そういうのが江戸人の心にはあって、水辺の街は作られていったのかな・・・と思うんだけど、どうやら違うようです。火事のほうがよほど深刻だ・・・という意識が水辺の街作りを加速化させたのかもしれません。

なお、江戸時代に隅田川沿いの寺院周辺土地の商業的賑わいは、ルール厳守の町奉行ではなく、寺社奉行の管轄地だったがゆえの自由さがあって生まれた・・・そうな。

江戸時代は一般的に寒冷だったんだけど、夏は相応に暑かった。
ということで、川縁が好まれたところもあるようですよ。


大阪というと現在でも道頓堀など、水辺の繁華街が盛んだけど、あれと同じイメージで江戸の歓楽街も運営されてたんですって。それが残ってるのは大阪だけってのが寂しいですけど。


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百人一首 うたもゑ

(日本じゃ)世界三大美人なんていわれてる小野小町。でもずっとモテる、恋をし続けるということは、あるいみ「たったひとりの誰か」に出逢えてないってことなんです。平安時代、百人一首に収められた歌人たちの歌をベースに展開する、絵空事ではないリアルにして美麗な恋愛絵巻まんがですー。

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by horiehiroki | 2013-08-14 09:26 | 読書

どすこーーーーい

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みんなびっくりですがな



今回の八重の桜、京都編=ホームドラマ編スタートで、脚本家さんの人物さばき、めきめき精細を発揮しはじめた気がします・・・歴史ドラマとしては、ゴニャゴニャの幕末関係、あんまりスマートには扱えて無かった気もするぶん、よけいに。


今回も筆者には衝撃がありました。それは八重さんの服の色です。

兄との再会、および時栄さんとの初対面の時の服装格差には驚いたって前回も書きましたけどね。



時栄さんはたしかに”既婚”とはいえ十代ですから、明るい色の、あきらかに正絹とわかる着物をお召しになっており、さらに帯留めまで付けてていたと。

(本日の時栄さん)

八重の桜(31)~兄の見取り図_e0253932_3533042.jpg



イイとこの奥様奥様していた、と。

じっさい、覚馬さんの月収は当時の日本の労働者の平均月収が2~3円程度のところ、45円ほどもお役人としてもらっていた(明治時代の役人の給料相場はすさまじく高い)・・・ということもあるんでしょうけどね。

そこに、会津から着の身着のままで山本家の女性が到着した、と。

その格差たるや、と(w


で、こんかい、台所からの気配を感じて、目を覚ました八重さんの枕元には旅館よろしく、衣裳がおかれ、ちゃんと帯留めも置かれていた・・・・・・という(笑

19世紀末以降~今日の帯留めは、ただの装飾具で、サファイアがついてたりするわけですが、幕末・明治初期、帯留めにはその名のとおり帯が乱れるのを防ぐための実用的な要素が強かった、ともいいますね(調べましたが)

いずれにせよ、帯留めもおかれてたんだけど、八重さんの着物は真っ黒なまま。もっと言うとお母さんの着物と同じ配色なんですわ。

八重の桜(31)~兄の見取り図_e0253932_3533043.jpg


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あの着物って到着のままのヤツでしたっけ?

それとも、覚馬さんが「(別の女性がいるにせよ、離縁になるとは思っていなかった妻の)うらに」って、用意させていた着物と同じように、時栄さんが用意してた新品??

だって覚馬さんは目が見えないわけで、その着物を誂えてるのはどうかんがえても時栄さんなわけです。

まぁ、そこらへんわかりませんけど、時栄さんってイケズやなぁ♥って少し思いました。

この時は。

だって、八重さん、コジュウトメとはいえ、まだ20代後半ですよ。たしかにショウノスケさんとは離縁というか、そういうことになってますけど(来週、川崎尚之助、史実を裏切ってw 最後の登場みたいですけどねー)、それなのにあの色…。


そのあと、時栄さん、じつはいい人なんではないか・・・って思いましたけどね。
谷村美月さんの所作がまた美しく、いいとこの奥様奥様していて、清潔さもあって、控えめで…みたいな感じがね・・・いいわけです。


でもあの隙のなさは完全に彼女の戦闘モードなんだとおもう。

時栄さんが、意識してるかどうかはしりまへんけどな~

イジワルな気持ちではなくても、主婦は一人しか必要ないですから。

そして主婦は自分の牙城であるべき台所を、お手伝いという名目にせよ、他人に荒らされることを、ものすごく嫌います。勝手が異なる人に入り込まれるのは迷惑でしかないから、嫌って当然なんですけどね。


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でも、そういうワタシの人生、最終楽章♥な色の着物を着せられてても、つまりそういう扱いをうけてもおかしくない年齢に達していても、八重さんは英語や、「重力」とか、色んな新しい言葉で書かれた(明治時代の造語ですね)「万国公法」をはじめ、西洋文化について研究をはじめていくんです。

立派だと思いませんか?


今回は、色んな表情の八重さんが出てきたけど、ほんとに綾瀬はるかさんは、素晴らしい女優だなっておもいましたわ。
表情のつくりかた、声の出し方、色んな意味で、八重さんになりきっている。女優としての器のおおきさをまざまざと見せられました。
容貌としては、フツーにいえば美人っていうのとは少し違う、ファニーフェイスなかわいさがウリだとおもうんだけど・・・だからこそ彼女ってときどきハッとするほど美しい表情を見せるんですよねー。

で、覚馬さんに家を出て、女紅場で働きながら学びなさいといわれる八重さん。

女紅場なる耳慣れぬ名前が連発されました。
じょこうば。

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女紅場(女工場)
(じょこうば)

明治初期,女子に裁縫,機織,袋物,押絵などの手芸をさずけ,あわせて読・書・算の初歩や礼法を教えた簡易な教育機関を主としていう。これらの手芸を〈女紅〉とも称したので,女紅場といわれたが,〈女工場〉〈女紅伝習所〉などといったところもある。学校制度が未整備であった明治初期に,関西を中心に一定の普及をみた。

しかし女紅場のなかには,1872年(明治5)に設立された京都府立女紅場のように,イギリス人女教師による英語の教授とともに女紅をさずけるなど,中等教育機関に相当するものもあった。京都府では,74年に女紅場規則を制定し府下小学校に女紅場の付設を奨励しただけでなく,76年からは府立女紅場で女紅場教師の養成も行っている。

一方,75年に新潟県が県女紅場を開設し,神奈川県でも77年から機械,原料などを貸与して機織の仕事をする女紅場開設を各地で奨励しているが,これらは,教育機関というより,授産所あるいは特産物づくりの場という性格のほうがつよかった。     千野 陽一

世界大百科事典



なお、広辞苑によると

じょこう‐ば【女功場・女紅場】(ヂヨ‥)
女子の仕事場。
女子に裁縫その他の手仕事を教えるために、明治初年各地に設けられた女学校。今、京都の舞妓の学校にその名が残る。

広辞苑第五版


後身が舞妓学校・・・ってなんだか凄いなぁ(笑


しかし、英語の勉強が出来た、というのは日本でも有数の先進的な学校であったとおもわれます。
一般的には、女子教育でいうと、通称・女今川シリーズくらいしかなかったなか、新しい時代には新しい女性の教育が求められた、のですが。

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八重さんも女今川などを頭にたたき込まれて成長したようで、新島襄ことジョーが家でよくない振る舞いをすると、冗談めかしつつも、少女がまなぶ「女今川」ではそういうことやったらダメなんだよ(小さな女の子でも知ってる内容を、オトナの貴男、しらないの?!)って説いて聞かせた、とかなんとか。

つまり女今川は西洋的な意味での学問っていうより、こういうことをやると嫌われます、みたいなマナーを説いて聞かせるための実用書です。
だからこの手の本たちを総称で女訓書というのですが、この女訓書で辞書をひくと



江戸時代,妻女としての道徳を教諭する書。一般に,七去・三従や貞節など男尊女卑の道徳を説いた。江戸前期に中国の女訓書を翻案した仮名書きのものが出版されるようになり,中期には民衆向けにより平易な教訓を手習い用の教科書に仕立てた「女今川」「女実語教」なども出版された。1716(享保1)「女大学宝箱」の刊行以降,<女大学>の名を冠する類本が多数出版され,「女大学」が通俗的女訓書の代名詞となった。「

(岩波歴史事典)


などの内容がでてきます。わりとハードな内容がおもわれますよね(笑


七去、というのは、妻を離縁できるための条件です。
ようするにダメな女の条件w


一つ、義理の父、母(舅、姑)に従わない。
二つ、子供を産めない。無子。
三つ、無駄話しする。多言。
四つ、盗難

・・・

とつづきます。興味のあるひとは調べてくださいw 

たぶん、乙女の日本史 文学編 の中でも少し触れたので、手元にある人はみてください。



こういう伝統的道徳教育の内容を覚えるため、書道の手本として、文をかき写すという程度が江戸時代を通じて・・・さらにはヘタすると明治時代なんかの日本でも、女性のための教育でした。

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「女性は子どもを産めばいいのです」式の旧弊な(あえていうけど)教育がさずけられてました。おそるべきことだけど、これは身分の高低を問いません。


女今川、おんないまがわは、女性用の「今川」・・・つまり、室町時代の今川了俊(いまがわ りょうしゅん)という歌人が書いた、こどもの教育についての本を、女性教育用に編纂しなおしたものってことです。ほかに、女大学というものもあります。これも時代によって内容を多少かえた、また、作者を複数もつ「シリーズ」です。

「女大学」の原型、つまりシリーズの一番最初は貝原益軒(かいばら えきけん)が原作ともいわれています。

貝原益軒っていうのは、健康のための本(『養生訓』)とか色々書いてる(主に)民間の学者です。

「女大学」は女性蔑視のテキストみたいにフェミ側からはいわれるんだけど、『養生訓』は、虚弱だった自分、そして病弱な愛妻のために、作った健康を護るための教科書で、妻への深い愛が感じられる内容でもあります。


そういう貝原さんという人があえて書いた〈女子を教ゆるの法〉(《和俗童子訓》の中、第五巻)がどういうものかというと・・・


〈女は陰性(いんしょう。陽=男性。陰=女性)なり。故に女は男に比ぶるに,愚かにして目の前なる然るべきことをも知らず〉

といきなり強烈なパンチをうってきますw  フェミ大激怒ですw

〈総じて婦人の道は,人に従うにあり〉

〈婦人は別に主君なし。夫を主人と思い,敬い慎みて事うべし(=つかえるべし)〉

〈万のこと舅姑に問うて,其の教えに任すべし〉


・・・・・・・・・・・・・ってこれを見て何を僕が思うかというと、ここまでして抑え込まないと、女の子は昔から、パワフルすぎたのだっていう話だと思います。

それで話がずれましたが、女紅場の設立者であるらしい「長州の少禄者」マキムラさんの下品さには圧倒されました、ってか槙村正直って歴史辞書にも登録ないんですね汗


その女紅場での八重さんですがな。

で、じっさいに八重さんは
「兄の推薦により京都女紅場(後の府立第一高女)の権舎長・教道試補となる」らしい。

しかし、キリスト教の学校(同志社)を作ろうとしてた新島襄が、京都の坊さんたちに猛烈に嫌われており、その人と結婚した八重も女紅場を解雇されちゃったみたいです。また、この女紅場の教師としてつとめていた、裏千家の奥様から茶道を学び(学び直すってかんじでしょうか?)、生涯の趣味になった、と。

八重さんは、着物+洋服の格好もしてたぶん、そこらへんをチグハグ、いろんな動物の身体の部分がくっついた妖怪。ヌエみたいだっていわれてたんだけど。(これは悪い意味
心も良い意味でヌエというか。
キリスト教を学び、入信し、西洋文明の勉強をする一方で、茶道もする、みたいなところがあったんだな、と思います。



あと、覚馬さんの土地転がしの才能についてはいろいろとこの前も触れたけど、どのようにして薩摩藩邸を手に入れたんでしょうかね。

会津藩士から、新政府のお役人という覚馬さんの”転身”については、ほんと、いろいろドラマみたいなきれい事ではいかないことも多かったでしょうけども。

ーーー実は、あの時期、いわゆる京都御所も荒れてしまい、今のお金で数千万程度、都心なら小さなマンションか中古の3LDKかえるほどの価格で建物ごと、売りにだされてたんですよねー。


ほかにも歴史的史跡が多数、売りに出されてたんですけど、これらを食い止めさせたのがアノ岩倉具視です。



みたいなことを考えてたら、昨晩は買い物でいくつかミスってしまいました 汗



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センターは譲れないわ・・・



チアリーダーの控え室みたいな悪い空気

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◇◇◇堀江宏樹の新刊もよろしくおねがいしまーす◇◇◇

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百人一首 うたもゑ

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by horiehiroki | 2013-08-12 11:46 | 大河ドラマ

セイヨウアサガオ(2)

あまりに暑いと開花しないのかな……。写真撮影は7時半なのにまだ咲いてないです。

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セイヨウアサガオ(2)_e0253932_7433343.jpg


昨日もこういう現象があったんだけど、新潟大のこのページによると興味深い研究結果が。

(アサガオは)季節が進むにつれて早くなり、10月には真夜中に開くようになる。同じ季節でも、夜明けの気温が低い日は開花時刻は早く、気温が高い日は遅い。


アサガオは朝になってから開く花ではなく、朝には咲いている花とのことです。

いちおうセイヨウアサガオではなくニホンアサガオの話なんだけど、気温が低ければ割く時間が遅いとのこと。
ほかには暗くなることが開花に必要で、暗くなってたとえば10時間後に開く…と言う反応を見せる、らしい。
この一定時間以上、暗い期間が続かない場合、ツボミは開花直前の段階で萎れてしまうとのこと。
日本朝顔の蕾のついた茎をこの前もらって活けてみたんだけど、最初の一つ二つが咲いただけ、ほかの蕾たちは萎れてしまった現象がなんとなく分かった気がします…。




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by horiehiroki | 2013-08-11 07:52 | 日々