人気ブログランキング |

<   2013年 11月 ( 16 )   > この月の画像一覧

ちょっと遅れてしまいましたが、佐倉君の中の人たちのことを復習してみましょう。 今回は僕がやたらと惹かれる部分があったので、ちょいマニアックですw

佐倉藩主が堀田家の時代・・・

堀田正盛(1609ー1651)

家光が正盛が倒れた際に見舞に寄越した、阿部重次は正盛と同じ家光の小姓あがり。阿部重次も家光の死去に伴い、殉死。この人が、上様に愛された肌を世人に見せることはできない!っていって、着衣で切腹した男性ですね。詳しくは拙著「夜と愛の日本史スキャンダル」をどうぞ

これは自分たちの男色の関係がホンモノであることを証明するための自害だったといわれていますが、
堀田家は春日局の義理の子の一族。それを足がかりに、権力者・徳川家との関係をふかめ、なりあがった一家でした。

もともと、徳川家と敵対関係にあった豊臣家方についてた時代もながく、もともとは1000石程度の旗本(やや上流の武家)程度の地位だったんですね。

それが家光の寵愛を受けて一気に勢力拡大をした。それが堀田正盛の代のお話でした。
じつは武士の切腹には3種類があると当時から言われていました。


義腹・・・主君への愛という、殉死本来の意義からの切腹
論腹・・・同僚が切腹するだろうから、それに置くれてはみっともないとして、切腹
商腹・・・自分が主君に義理だてて切腹すれば、「なんて忠義モノの子だ」として、子孫が得をするだろうとおもっての切腹


の3種類で、堀田さんの切腹にはこの1-3全てが当てはまったと思います。中でも三番目の商腹という観点は絶対に見逃せないですね。ようするに徳川家の武将として、正盛は堀田家の位置づけをなんとか確定させたかったのだと想います。

実は徳川幕府初期は、幕府の中心人物たちの間でも地位の移動が激しく今では幕府の実力者とはいえ、その全てが大昔から徳川家につかえる武士というわけでもなく、意外となりあがったばかりの家もたくさん含まれてたんです。つまり、平和にはなったけど、今度は幕府の中で勢力の奪い合いという戦がはじまってた。

2 に つづく


by horiehiroki | 2013-11-30 10:32 | 作品紹介

いろんな仕事が。

来年は、小説書くかもしれません・・・・・・。

忙しくて八重さんレビューどころじゃなくなっちゃって

グッバイまた会いましょう状態ですが

おゆるしくだされ汗

by horiehiroki | 2013-11-30 01:43 | 仕事

八重の桜(45)

現在執筆中・・・ですが、
まずひとこと。

所要あって、ひさしぶりに自著の「愛と夜の日本史スキャンダル」を読み返してたんですが、自分の本だけどめっちゃ面白いよね(w

八重の桜(45)_e0253932_18163483.jpg


ウチのサイトのリンクからも手に入ります

是非ご一読ください。



平安時代ー20世紀くらいまでの著名人の女性関係、男性関係について触れまくって、その人の本質について考えるっていう企画でした。もともとFRIDAYに連載してたヤツなんですが。

で、それを読んでて改めておもうけど、今回の「八重の桜」の伊藤博文はどうも分かりやすくオオモノっぽさが演出されてる気がするんですわ。

伊藤博文の私生活なんかについても触れてるんだけど、とにかく巨万の貯蓄も、でかい家屋敷に住むのも興味もない清廉な人柄をウリにしてたんですよ、彼。
とにかく女性にも優しくてね。「よろしい」「よろしい」ってどんなワガママにも答えてくれたんですって。

今の八重の伊藤さんって、ものすごく黒いよね。雰囲気。よろしい、なんて言いそうもない(笑

しかし「私の趣味は公務の余暇に芸者遊びをすること・・・」なんていってたりもするのが伊藤さんでして、今の感覚じゃ考えられないカミングアウトをしてたことになります。

当時、伊藤博文さん(と周辺)のお妾に関する考え方なんかもみてたら、ある政治家がある芸者を落籍させて、伊藤さんに「この者何日かお留め置きくださいませ」とか手紙つきで「いきたプレゼント」にされた。

・・・・・のを、手紙を持っていかされた東京ではじめて知ったけど、伊藤さんの妾にさせていただけるなんて!と幸福をかみしめた、らしい。

ていうか、こういうやりとりを(政財界の)男同士でしてた・・・・・という・・・・・ねぇ? 

玄人になると、女もやりたい(やられたい?)放題。


なのに素人女性のままだと、久栄さんみたいな子ですら(とあえていうけど)、魔女扱いですよ。
蘆花くんの手記「黒い眼と茶色の目」だと一方的にあいつはビッチ的に悪く書かれてる気もするけど、久栄さんの気持ちって残ってないのかなぁと思う。

極端と極端を行き来してるよね。近代日本の貞操観念って。

しつこくでスイマセンが、「愛と夜の日本史スキャンダル」では、他にも毒婦っていわれたオナゴの話が出てくるんだけど、一体、処女ってなにで、それ以外(非処女のほうが圧倒的自由)のパワフルさって何って考えちゃった。


それで、

八重の桜(45)_e0253932_18163477.jpg


今回は佐賀君の中の人(の一部)・大隈さんも出てきたりしてたので、彼の生まれ育った環境などは↑で。


・・・っていうか、相当、政治家がドギツく描かれてるけど、


以上、つづきます。


また見に来てね♥
by horiehiroki | 2013-11-25 08:58 | 大河ドラマ

徳富蘆花(ドラマでは健次郎さん)著「黒い眼と茶色の目」を読んでみました。

ちなみに下は青年時代の徳富蘆花。

八重の桜(44-2) 「黒い眼と茶色の目」にみる「駆け落ち」の真相_e0253932_5394647.jpg




わりと色んな図書館に蔵書として納められてるみたいですし、かなり面白かったので、ぜひ、ご一読を。いちはやく、あらすじが知りたい方は同志社公認とおもわれる、このリンク先にある講演記録でも読んでみてください♥


時栄さんについても色々出てきましたよー。

いちおう自伝小説ではありますが、感想や書かれてるコトをドラマ内容と対比しつつ、まとめてみますね。


八重の桜(44-2) 「黒い眼と茶色の目」にみる「駆け落ち」の真相_e0253932_61758100.jpg


かんたんにいうと、時栄さんのドラマの時もそうだったけど、その娘・久栄さんと健次郎さんの関係は、ドラマでやってたようなキレイにまとまる話ではまーったくありませんでした。

すくなくとも蘆花さんの中では。

写真みたいなステキシーンもないし。ま、たしかに(ある程度の年齢以上の)男女席をおなじうせず・・・の当時、この演出みたいなことは”道義上”ありえなかったとおもうんですけども(w

まず久栄さんの、山本家での立ち位置がかなり悪いんですよ。不品行が問題で離縁された時栄さんという母親のせいかもしれませんが。

新島襄をモデルとする飯島先生が

「それに、親戚の者ですが(略)寿代(久栄)と云ふ女、よくない女です。今勉強の最中に、妻をきめるはまだ早いです。(略)好い妻が欲しいなら勉強すべしです」
という理由で、久栄さんに執着する健次郎さんを止めようとしていること。おそらく不良あつかいなんですよね。洋行したい、という夢はあったそうで頭は良かったみたいなんですが。

さらに、本人もこの寿代(ひさよ、以降、久栄とかきますわ)を、生まれつきにせよ茶色い髪の毛、目の色をして、横着で、礼儀もしらず、さらに美人でもなく、良いパーソナリティの持ち主でもなく、さらにさらに処女ですらない・・・・・・極め付けは「恐ろしい女」などとすら思ってるのですよ。


なのになぜかものすごく惹かれてる。

惹かれるっても、理由がそこまでさだかではないのです。

たとえば、19歳の蘆花は、3歳だか年下の久栄さんとデートなどをしたことはほとんどないわけで、一緒に京の夏の風物詩である五山の送り火きを眺め

「最早(もう)消える」
「消えます」
「最早(もう)あんなになった」

と言い合った・・・・・くらいしか思い出らしい思い出ないんですよねー。あとはお寺だの墓場(!)だのどっかで待ち合わせして言葉を交わし合った・・・・とか。詳しい内容がないんです。書いてないだけ、かもしれませんが。

さらに、親戚だの、兄姉だの、久栄の親戚(山本家)だの、色んな所から猛反対をうけて、そのたび「交際をやめます!」っていったり、誓書をかいたり、勢いづくんだけど、その後、「本人と会って話して納得したうえで別れたいんだ・・・」ってことをすると(百人一首の「ひとづてならで あふよしもがな」の歌そのもの)、アラアラ不思議、必ず関係は復活してるんですよねえ(笑

健次郎さんってすごくシャイで、十代始めから手や足が人よりもかなり毛深く、それを人から見られるのがひどく恥ずかしいため「そっと剃ったこともあった」とかいう記述も出てきました。

(ちなみに当時は、色白で顔にはまだヒゲがないわりに、手足だけ毛深いのだそうです)

夏の庭に水まきしているときに健次郎さんは腕まくり、足まくりをしていたんですが、そういう姿を久栄さんふくむ女性に目撃されたとき、恥ずかしさのあまり、ひしゃくを投げ捨てた(隠れようとした?)とかいうシーンまで書いてある。

・・・・・・・だから、この細かさにくらべて、久栄さんとのことを書いていないのは、今の初恋中学生カップルなんかよりもさらに恋人らしいことはなにもしてない、淡い関係だったんじゃないかなぁっておもうんです。


しかも作中には(他の女性が久栄を称して)「御転婆娘」という表現が出てきたり、作中でも次平さんとして登場する、健次郎のいとこ竹崎土平をゾッコンにさせてしまい、彼から交際を真正面から告白されたとき、「健次郎さんがスキだ」と、問われるがまま婉曲な表現にせよ、うまく断ったりする女が久栄さんなんですよね。

「十四で浮名を流して、こんな密会にも健次郎が知らぬ経験を持っているらしい」なんて書かれてますし、実際のことはともかく、かなり肉食系とおもわれてる女の子だったみたいですね。こういう女性を、慶次郎(自称・童貞)は、恐怖心をもって眺めていた・・・・・・らしい。それ「が」怖くて、手もにぎれないんですって。

あるときなんて、山本家に健次郎さんを呼んでおきながら、久栄さんは自分は別室に引き上げ、健次郎さんにご飯を食べさせるんですけど、女中にも軽んじられている健次郎さん、「ご飯は温かいのにします? お冷やにします?」なんて京都弁でいわれて、激怒しています。
怒りで震えながらも”冷や飯でいいです”といって、それを喰らって帰る小心者なんですけども(w
健次郎さんが熱弁するに、彼の故郷の九州では次男は冷や飯でもくっとけ、みたいな風習があったらしく、優秀さにおいても徳富蘇峰ことイイチロウさんには頭もあがらず、ときどきDV奮われてた健次郎さんとしては、冷や飯をあてがわれても拒絶できない何かがあったみたいですね。

八重の桜(44-2) 「黒い眼と茶色の目」にみる「駆け落ち」の真相_e0253932_624213.jpg


まあこういうキムラ緑子みたいな女中だったんかもしれまへんけどなあ!

それを平気で放置してる久栄にハラがたった・・・とかなんとか(でもスキなんですけども)



それから、いわゆるすくなくとも明治~この本が刊行された大正はじめ頃までには、仲の良い男子同士が同じ布団で寝たり、そこで抱き合ったり、キスをしあったりしつつ、お互い好きな女のことを語り合う風潮、確実にあったようです。
この本にも出てきまーす。
アレよね、同性愛は別腹スイーツ感覚なんだよね


蘆花は九州のある地域にはこういう風習があり、自分自身も12歳ごろ、数学で悩み、面積の求め方を先輩に教えてもらっていたら、とつぜん押し倒された、みたいな表現で初体験♥を披露しているのでございました。
この頃から色白で、手足だけ毛深い後輩に先輩は思わずウホッてなったんでしょうか。・・・

・・・・・と久栄さんとの恋の話なのに、同性体験のほうがよほど色濃く、鮮烈に書いてあるのが奇妙っちゃ奇妙ですが、処女(でなくてもそう見せかけたい、そういうの)が大事な時代の話だから、男女はほんとに婚約者でもないかぎり、そうとうな監視下に置かれたのかもしれません。
とくに久栄さんは財産家の娘ってコトでしたから。


そして、久代さんとの交際に反対する飯島先生こと新島襄とその夫人・八重については、
「蒼白い叔父さんと赤い脂ぎった叔母さん」なんて書いてます。

どうしても東京に戻る(ドラマとはちがって、一時東京にいったりはしてるんだけど、なんだかんだいって京都にもどっていた健次郎さんは、脚気の療養を京の山のほうでやってたんですが、その下宿で久栄さんみたいな女にかかずりあっていては、自分の人生があやうい!って思いたち、突貫するか、死か!みたいな台詞を吐き吐き、別れを(何度目かですが)決意するんですね。


とっかん クワン【突貫】→♪[0]
(名)スル (1)突き通すこと。
(2)全力をあげて一気に事を進めること。「―工事」
(3)大声をあげて、敵陣に攻め込むこと。突撃。吶喊(トツカン)。「全軍が―する


それで、「レ・ミゼラブル」をふくむ蔵書類、家財道具を売り払ったわけです。

そして久栄さんとも会いたい、最後に別れるということを本人に告げたい・・・といって
「だって会いたくないって本人が言ってるんですから!」と新島八重に声高に断られるんです。
ところがそこでも言葉はともかく、未練タップリの様子を健次郎さんが示したため、
八重は「そういうことなら、自宅で会わせましょう(ウチで待っててください)」、と。
健次郎さんは新島家に現れで、出てきた新島襄に「奥さんに待つようにいわれました」というと、「ああそうですか」などと(まるで他人事のように)淡々と反応され、久栄が現れるの待つことに。

しばらくして八重が久栄をつれて帰宅、「ちょっとアナタ!」とジョーを呼んで、その後二人がヒソヒソ、健次郎が現れた事情を話しているのを健次郎さんは聞いています(笑

しかし、そういうこういうで、久栄さんと健次郎さんの最期の面会は、この夫婦が見ている前でした。

二人きりにしてくれ、別れがいいたいから、という健次郎さんの願いを新島夫妻は拒絶。

健次郎「それなら帰ります」
襄「お帰り下さい」

というえらくクールなやりとりのすえ、けっきょく、人伝ではなく、言葉で伝えたいっていう別れの言葉(という名の愛の告白なんでしょうけど)は、久栄さんには告げられぬままおわり、その後21年以上も健次郎さんは彼女に執着しつづけた・・・・・というから、言葉を失ってしまいますわな。

新島襄と八重の夫婦ですが、ジョーはハートフルなところがあって、そこらへんが事情あって退学した生徒からも先生、先生と慕われる理由になったんだと思います。ところが、八重は彼のそういうやさしい対応ではなりゆかない現実問題をカバーするため、かなりキツい役目を引き受けてたんでしょうね。


ほかにも興味深い記述が何点かありました。

久代さんの母・時栄さんについてですが、これもドラマに書いた以上、また歴史の本なんかで読む以上にヘェーなコトが書いてありました。
まず、時栄さんは妊娠をかくしており、5ヶ月の時、体調をくずし、外国人医師が診察したところ、おめでたが判明した、と。
その先生が帰りがけ、山本覚馬に「おめでとうございます! もう五ヶ月です!」と玄関先から(足が悪いため奥座敷で生活してる覚馬に聞こえるよう)大声で叫んだところ、「身に覚えがない!」と覚馬が言ったため、家中が騒然としたそうな(w

また、山本覚馬が足が不自由になったのは、久栄さんが生まれたあとしばらく経ってからだそうです。
家中のものから誰の子か、と問い詰められたとき、時栄さんは山本家に養子婿としていれるつもりだった男性を最初かばって名前をいわず、鴨川で夕涼みしていたら、身も知らぬ男に犯されたといい、その口実がたたなくなると、今度は非を養子に投げかけた。
最後に自身養子を誘惑した一切の始末を自白して、涙と共にゆるしを乞うた、みたいな
一節が(文章は正確ではありませんが)、出てきました・・・

そして、何年か後、23歳で久栄さんが亡くなったということを、山本平馬(横井時雄と、みねの間に先週のドラマでうまれた長男)の名義で手紙がきて、健次郎さんは過去の恋が完全に終わったを知るのです。

そして

「その翌年の春、二十七の健次郎は二十一の処女と結婚した」という一文で小説はおわっているのでした。


処女、ですか。それは処女とはおもわれていなかった久栄さんに対するあてつけだったのかな、とも思います(でもスキスキダイスキなんですけどね)。

そして処女でないことがダメな若い女性の第一条件であるって考え方は、明治時代、女性の純潔に対してやかましくなった(シャイな)日本の男性特有の結婚相手選びのルールでありますが。

ふぇぇ


以上、これらの記述はあくまで”自伝小説”ではありますが、徳富蘆花はずーっと久栄さんのコトがスキだった・・・・・というより執着してますよね。
これはストーカーを思わせます。そこまで追いかけてはいないから健次郎さんはストーカーではないにしろ、ストーカーって相手を愛してる、スキだといいつつ、憎んでたりします。諦めきれないだけで、その執着を愛の美名のもとに隠して、憎んだり、世間的にも自分はヤバいことをしてるって気持ちを覆い隠そうとしていたりします。

久栄さんが若くして亡くなったあとも、執着だけは生き残り、蘆花として作家として成功したあとの健次郎さんを何年もの間、苦しめ続けたようです。
その執着と訣別し、自分の妻・愛子さんと真正面から向かい合うために、蘆花はこの小説を描きました。なんと3回目のチャレンジで、自分が納得いく出来になったこの作品「黒い眼と茶色の目」になったそうで。

この黒い眼って自分・・・・あるいは新島襄のことかな、と思います。

この時、結婚21年後です・・。
それまで、久栄は夢にこそほとんど出てこないが、昼、起きているときに幻として現れたのだそうで。

徳富蘆花はパソコンもない時代にはげしく遂行するという、文章にコダわりのある作家だったので、グチャグチャの原稿を、清書する必要がありました。

しかし、この小説を妻の愛子に清書させたというのは・・・・・彼の意図はわかるけど、ものすごい製造過程を経て世に出たみたいなんですね。
バルザックの「谷間の百合」は、ある男性がある恋人の女性から「あなたの運命の恋の話がききたい」っていわれて、それを書いたって体裁にいちおうなってるんだけど、長々と続いたその最後に「こんな下らないもの読ませられてソンした(恋の話が聞きたいって女がいうのを間にとらえてカッコ悪すぎ)」みたいな感想がチョロッと掲載されてて、はぁあーって溜息をつくわけですが、愛子さんもフランスの女ならそれくらいのことはしたかも。

あとね、この本、方言についても面白いコトがわかります。ドラマでは方言が花盛りでございますけども、この頃から関西弁って標準語につぐマジョリティなんですね。立場が強い。
そしてそれ以外の地方の方言はこの頃からずいぶんと立場が弱いようです。

九州の方言のある蘆花は兄や姉、同郷の友人いとこなどとは、お国言葉こと九州弁でしゃべりますが(そういう記述も出てきます)、久栄さんとは標準語(イントネーションはわからないためともかく)的な言葉でしゃべっています。

一方、生粋の関西人は関西弁を使用。たとえば久栄さんは京都弁です。

ちなみに八重さん、覚馬さんも標準語をしゃべってるようでした。




by horiehiroki | 2013-11-24 13:00 | 大河ドラマ

時栄さんが去ったあとの山本家で、
つぎは久栄さんが恋愛事件ってことで、どうなるのか・・・っておもったら、まさかのニューカマーが主役(w
健次郎さん(未来の徳富蘆花)しか映ってなかった気がする回でした~


健次郎さん役の太賀さんって、ビミョーにちょいちょいって感じですが「あまちゃん」にも出てたし、重要な箇所に呼ばれて顔出してますよね。
「江」で秀頼役で出てましたけど、あの時より段違いに上手くなってて、凄いなぁっておもった。負けん気のつよいいかにも九州っぽい男性として、そして芸術家の卵としてのプライドと不安さの間で揺れ動く健次郎さん。そういう彼を、他の役者さんの演技と呼吸を合わせて表現できてて素晴らしかったですわ。
とくに、間の取り方。太賀さん、やはりかなり逸材です。

八重の桜(44) 駆け落ち_e0253932_13591191.jpg



しかし
健次郎さん、髪のセットに時間がかかりそう。


八重の桜(44) 駆け落ち_e0253932_13591273.jpg



あと久栄さん役の門脇麦さん。この人は今回のドラマで初めてしったけど、喩えるなら「泣きぼくろのある」的なうすぐらさのある演技、よろしいですな。


八重の桜(44) 駆け落ち_e0253932_13591016.jpg

八重の桜(44) 駆け落ち_e0253932_1359103.jpg


健次郎さんは東京のお兄さん(徳富蘇峰)を頼って一人で上京。
久栄さんは置いて行かれたんだけど、その時、「こうなるとおもてた 勝手な人や」とかいいつつも、決して責めたりはしない所ね。苦労してる分大人だなぁって思った。

別れといえば、ジョーの父上がなくなり
八重の桜(44) 駆け落ち_e0253932_13591544.jpg


みねまでが若くしてなくなり(夫に跡継ぎを授けた変わりに自分がいのちを落とすとは・・・

八重の桜(44) 駆け落ち_e0253932_13591190.jpg

八重の桜(44) 駆け落ち_e0253932_13591449.jpg


で、剛力アヤメことユキさんが再登場という(w

八重の桜(44) 駆け落ち_e0253932_13591624.jpg



こんな大きなお子さんがいるようにはみえねえ!
・・・ってまぁ、ほんとにね(w

とりあえず、最近の八重さんって↓みたいに殺気立ってる印象が強い気がするので、

八重の桜(44) 駆け落ち_e0253932_13591744.jpg


ひさびさに笑ってる顔が見れてよがっだよがっだ

それで、本日、徳富蘆花が久栄さんとの恋の想ひ出を描いた自伝的小説
「黒い眼と茶色の目」を借りてきたのです、が、
なんかドラマとまったく違うないようで、久栄さんがモデルとおもわしき
少女がハーフっぽい茶色い髪&瞳のビッチ

・・・として描かれてるっぽいんですよ(ww

彼の出世作「不如帰」なんかに比べると
戯曲っぽさというか無理矢理の口語っぽさは影をひそめ、話し言葉特有の
テンポの良さが見られる感じの文体です。

ちょっと読んでみますわ。

この項を改稿するか、別にレビューあげるかは
内容の面白さによりますので、また覗いてみてください!




by horiehiroki | 2013-11-22 22:12 | 大河ドラマ

佐倉君がずいぶんとイッちゃってますが。

佐倉君の中のひとが、森先生の解説にもあるように、ここまでの問題をおこしても
切腹させられないのは、理由がいくつかあるかと。しかし周囲の人間に迷惑かけまくりですけどもねw、それでも同情的な人がいた、ってことなんです。

まず佐倉君の中の人なんですが、御血筋がよかった。

徳川幕府のゴッドマザーには二人いて、一人目は家康の母親である於大の方(おだいのかた)。そしてゴッドマザーの二人目が春日局。

よくもわるくもウツワがでっかかった家光さんの乳母が春日局ですが、彼女が乳母になる前、まだ福と名乗っていたころに結婚していたのが堀田正成という男でした。

先妻の生んだ子が、堀田正盛。

つまり福を乳母とした家光にとっては義理の(義理の)兄弟みたいな人でした
家光の乳母になった春日局との血縁があったため、家光の寵臣になり、恋人にもなっていったというあの人です。
で、正盛さんは家光が亡くなると殉死してしまった。

徳川将軍家も家光から家綱に代替わり、
堀田家(佐倉藩主)も、正盛から正信に代替わりしたのです、が、
家綱は家光とはまったく別モノのパーソナリティの持ち主でした。

変な話、もともと家光と正盛のラブい関係って、家光は正盛が好きだったんでしょうけど、正盛は、家光のことだけ、というより将軍家自体を好いていたんだとおもうんですね。徳川将軍家=上様=家光・・・っていう。
家光との同性愛が、要するに堀田家全体の将軍家への忠誠心の現れであり、将軍家への愛につながるって感覚。
で、その将軍家へのラブを父親から引き継いでしまったのが正信なんだ、と。

今じゃちょい分かりにくいかもね

イギリスそのものにはあんまり興味なくても
ヘタリアの眉毛のイギリスだけはものすごく好きだったり人。
両方好きな人、いますよね。

堀田さんの家のひとは両方、ものすごく好きだったんです。



でね、今の佐倉きゅんの中の人・・・・森先生は藩擬人化ってゆうより
藩主擬人化だね、とはおっしゃってるけど、江戸幕府初期の堀田家の気風の
擬人化にちゃんとなってると僕はおもいますよー。
だって、よくかんがえるとアレでしょ、
父親から将軍家ひいては将軍その人・・・つまりは家綱へのラブを引き継いでるのに、
家綱は、そういうパーソナリティの在り方をみとめてない。

パーソナリティの在り方ってかいたけど、実は、戦国時代にこういうタイプの
「ラブ」で代々むすばれる上様と家臣っていたんですわ。
たとえば有名所でいえば、伊達政宗と片倉景綱(通称・小十郎。正宗より10歳上)。
大阪の陣を前に、片倉景綱は病気で先陣を切ることができなくなりました。
しかしその息子の重綱(この人も父親とおなじ、通称・小十郎を名乗っている)は
まだ年若く、先陣を任せることが難しかった。
片倉家は代々伊達家ラブという設定で、愛をひきついだ重綱は伊達政宗にとりすがって
「どうか、わたしを! 病身の父に代わって! 先陣をかけることを! どうかおゆるしください!!」って熱心に頼み込んだらしいんです。
そしたら、政宗さんは(徳川四代将軍・家綱とはちがって)ホロりときて、
「お前以外に任せるヒトはいないよ♥」っていって、ついでにほっぺにチュウしたんですって。
ほっぺにチュウされたって誉れを片倉家の家史は書いてるわけよ。

・・・・・・だから、ホントは今の佐倉きゅんの中の人および堀田家や堀田家家臣一同は、家風としての愛を、家綱にも受け入れてほしかったんだろーけど、それが無理だった。
家綱は、そういう戦国時代っぽい色んなモノを出来る限り削ぎ落として、太平の世にふさわしい、冷徹な官僚組織としての幕府を作ろうとしてた人です。一方、家綱の弟である綱吉(五代将軍)は、また将軍のカリスマで動いていく幕府を目指そうとしていた。
ま、中の人の理想によって、ホントに葵学園も乱があったのでございますよ。






by horiehiroki | 2013-11-19 23:25 | 作品紹介

某全力教室


講師に、IKKOが登場!片付けができない女性たちを相手に、熱血授業を展開!『全力教室』
という先週日曜日に放送された番組に対し、ネットでは「美容家のIKKOさんが、ある女性の発言にキレて、カツラを脱ぎ捨て激怒」、みたいな所にばっかり(?)注目が集まってるんですよね。

でもこの番組を見て、自分は思うことがあったなぁー。

IKKOさんって凄いですよね。

失礼ながら初めてそう思いましたわ。

たぶんテレビ側としては、お部屋を片付けられず、汚いままで生活してしまう女性たちを、美は高い美意識からしか生まれないって持論のIKKOさんが叱り、はげまし、云々・・・って小綺麗な展開を考えてたんでしょうけどねー。

ホントに部屋が汚いままでずーっと住んでる人って、ぼくも信じられないんですよ。

たんにだらしない女ならまだマシ。
それよりウチらの(出版)業界とか、ホントにいまでも「働きマン」みたいなヒト(を劣化させたようなシロモノが、特に女に)多くてね。ま、その人らの自宅がどうなってるかは知りませんけど。たぶん自分では家事はまともにしてないとおもう。

仕事してるからいいだろ、と。
仕事がんばったら全部帳消しになるだろ、と。

そういうヒトに共通するのは、自分以外は全部モノ扱いという傲慢さなんですよね。

なんでそういうことができるかっていうと、生活を軽視してて、生活してる人間もバカにして、自分はまともな生活しようともしてないから人間じゃなくなってきてるんです。
自分もモノに近くなってる。
自分のコンプレックスやらなにやら、すべて仕事の成績ではね返そうとイジ張って、ヒトの気持ちもまったく考えることもできなくて、すべてがすべて自分の自己実現の道具とかモノみたいに扱ったりしてくるんです。


ウチの業界に関わらないんですけども、ものすごくイヤな目に合わされたこと、何回もありました。
もう怒ったりとかそういうレベルではなくて、呆れたっていうかなんていうか。

他人がいま、どういう状態にいるのか。
とかまったく考えもしないし、想像もできないし、なんでもかんでも自分の都合の良い風に解釈して、それを勝手に信じ込んでて、違うとなると猛然と叩いてくる、というような。

本って誰かの人生を変えるかもしれないもんじゃないですか。
他人と向かう術もしらず、自分の世話も自分で出来ないような人間が、そんな大事な作業に携わっていいの?って思ったりもしたことがあります。

でも今でも何か書いてるのは、少しでも誰かのために生きられたらって思うからです。

僕自身もね、本当にある時、人間力が足りてないって痛感して、辛い目にもあって、変わろうと決心するまで、掃除も家事もやらないままで30くらいまで来ちゃってました。

「生活? 召し使いにまかせておけばいい」とかいうリラダン伯爵の言葉かなんかがあるんですけど、そういうことを標榜して、掃除機すらほとんどかけたがらないズボラーなイキモノだったんですわ。親にぜんぶ任せてしまってね。自分は仕事して、あとはふわふわ遊び回るだけ。
そういう人生送ってきたのは、恥ずかしいです。

それでも、そんな人生だとホントに色んな大事なものを失ってることに気付いて(人間としても、表現者としても)、その頃仕事で・・・たぶん「篤姫」の幾島を演じてた関係でのインタビューだったとおもうんだけど、女優の松坂慶子さんが「丁寧に生きることを大事にしてる」って仰ってるのに直に接したりする中で、「生活の大事さ」に意識が向かっていったんです。

自分は美しいモノについて描いたりすることも多いけど、そんな自分の世話もできないような汚い部屋にすんでる人間が、美について描けるのかっていう根本的な疑問ですね。



・・・で、話がずれたけど、IKKOさんがやりたかったのは、そういう(自分で自分の世話すらできず)汚い部屋に住むようにいたる女の根性のたたき直しなんだと思いました。
そもそもキレイになりたい、モテたいってクチでいってるだけで、まったく美意識の片鱗ももってない。
美意識を説いて聞かせるには、あまりにも生徒の意識が低すぎたんだと思います(笑

たとえば、夫と共同で会社をたちあげ、経営していく中で忙しくなり、それでも主婦として、(外では夫と同じ仕事をしてるにもかかわらず)家事をやるのはいつでも女の私だ、と。
それに重圧を感じすぎてウツ気味になって、通院までしたって女性が出てきましたよね。
自分が休日にエステを3つも通ってキレイになることに時間を費やすけど、炊事も掃除もしたくない!って固執することに潜んでる病理みたいなのに、IKKOさんは突進していくわけです。

(彼女の場合、譲れないとおもうところには、過去に従業員にナメられた、それも優しく接しようと努力してた時に・・・って苦い経験もあったみたいだけど)

彼女は「私が妥協して、今は彼のために洗濯くらいはやってやって「あげてる」んだけど、彼は家事を手伝うことは断固拒否したまま。腹がたつ」なんて発言をつづけます。
私だって仕事してるんだし、コレ以上妥協なんかしたくないって思ってる・・・という女性に対して、「好きだったらやってやればいいじゃない」「女なんですから!」というような独特のフシまわし、言いまわしですが、IKKOさんはアドバイスしていきます。

ここらへんが次の火だねを孕んでたんですけども、真意としては次の様な感じ。

イジ張っても仕方ないんだよ(ホントにしんどいときに、家事やれなんて私はいえないけど)、と。
相手がおれないとき、相手を好きなら、自分が折れてやるしかないじゃない(すくなくとも最初は)、と。

・・・・・というように翻訳が必要な編集内容でね、
そういうのがすっごく残念でしたけども。

編集だけでなく、会場にいる生徒さんにもその辺りはつたわりきれず、次の爆弾が爆発します。

カツラ脱ぎ捨てるに到ったあたりも、ハスに構えたコメントですわ。

「女でもないくせに女のアタシに”女なんだからちゃんとしろ”とか説教すんなよ」的なことを、その別の女性がいい出すんですね。

そりゃ人間って感情の動物だから、言葉そのものでなく、何をこの人は言おうとしてるのかって判じなきゃいけないときもあるじゃないですか。

でも、その女性は主張とか論点以前の段階で誰かの思想を封じこめてしまう、そういう言葉をIKKOさんに投げつけます。で、IKKOさんがキレてみせたのは、そんなことは、ヒトに一番失礼な行為なんだ、と思わせるためなんでしょうか。

あとイジメについて。
イジメッ子が全部悪いんです!って言い出したメガネの女性に対してキレたのも、結局、主張ではなくて言葉尻をつかまえて反論してくるのってどーなの、というところかと。

こういうふうに言葉にまとめるとメチャクチャシンプルで誰にでも通るんだけど、「(女性に対し)アンタ、ヒステリックね!!」って激昂しつつ、直接向かい合いすぎて、シャウトしつつの全力授業ですから、まぁーーー、ね。

あの場にいない限りはなかなか真意が人には伝わらないかもな、と思いつつ見てました。あれはあれでおもしろかったけど。

7時間もしゃべってシャウトして泣いて、叱咤激励したのが40分弱のVTR,それも心ない発言にいくら講師として呼ばれたとしても、ヒトとしては許せないところがあったんでしょう、カツラ脱ぎ捨てて・・・みたいなところに番組のツボがいっちゃってるから。
そういうところが残念。

でもね、自分もこの番組見た理由って、カツラ脱ぎ捨てってIKKOさんの芸風って、今はそういう風になっちゃったんだ(笑)、みたいな高みの見物決め込むつもりだったんですけど、しかも飽きたら途中でやめよ、とかおもいつつも結局、全部見ちゃってました。

で、・・・・・・見終わったら何が残ったかっていうと、IKKOさんてすっげーな、という畏敬の念ですわ。

全力で誰か・・・・それも別に今日別れたら、次に会うことなんてないかもしれないヒトにも向き合う、なんてこと、それこそ全力で避けてますよね。
時間もったいないし、とか思うし。
しかし、IKKOさんってあくまでそういうことはしなくて、熱血なんですよねー。
クチでいうのは簡単だけど貫くのはホントに困難なことだと思う。

「美容術とかじゃなくて、あえてこういうテーマにしたのは、わたしのメイクの全盛期はとっくの昔に過ぎてる」なんてポロッと口にしてる冷静さ、客観的な分析力と裏腹なまでの情熱ですわ。

「どんだけ~」ってIKKOさんがテレビに出始めたのって、かなり前ですが、いまだにずっと「背負い投げ~」とかいいつつも仕事が続いてるのって、やっぱりIKKOさんの人間力なんだろうなぁって感じる。
部屋片付けるとか片付けないの前にね。


てかさ、その前にカツラとって、メイクまでハギとらせて、すっぴんになったIKKOさんをあの番組、見せすぎ(笑
たしかにブログとか調べるとIKKOさん、最近はすっぴん画像をよくUPしてるみたいですけどね。
あの番組はあくまで、美のカリスマ・IKKOが講師として教室に降臨、ガチンコ勝負に全力で挑む…というのであって、です。
それは魂が裸になれるかどうかの問題であって、カツラネタはともかく、控え室画像もIKKOさんのアイデンティティである、キレイな自分、こうでありたいと思う自分に変身した姿で通してあげてほしかったな、とは思いました。 ご本人の意思かもしれないけどw


by horiehiroki | 2013-11-19 14:24 | テレビ

急にバタバタと



書籍化にむけ原稿作業中ですー!
タイトルも決めていかねばなりません。

タイトルって難しいね。

図書館で

「ロマンティックな旅へ アメリカ編」

って借りてきたんですけど、アメリカの話のほうが少なかった(w



by horiehiroki | 2013-11-19 01:27 | 仕事

菊の開花

菊の開花_e0253932_716338.jpg

菊の開花_e0253932_7162660.jpg


色々ある菊にいっせいにツボミが付き始めたのは10月はじめ。
なんと完全に花開くまで、1ヶ月以上かかった計算になります。
小学生のころ、菊を育てていたのですが、こんなんだったかな・・・。
とにかく今年は剪定がうまくいかず、巨大化する一方だったんですが
そのぶん蕾はビッシリとついて、一気に花咲いてくれました

昨年はあまり園芸にタッチしてなかったんで
記憶が曖昧なのですが。
約4種類あった菊のうち、全種類が1株ずつ生き残ったと
思ってたのに今年はエンジ色(写真では真っ赤に見えてるけど)の菊が二株、
ピンクは消失していました。
残念。
でも面白いのはまったく同じ株のはずなのに、二株あるエンジの紅さが違うんですよ。
不思議・・・

クロッカスやムスカリ、水仙なども何種類か植えたんですが、
ようやく芽吹き始めてるので嬉しい限りです。
これも植えてから芽が出るまで1ヶ月もかかるとはビックリ・・・。
ちなみに毎年恒例のヒヤシンスの水栽培では、黄色の成績が
あまりよろしくなく、急遽、土植えに変更したりしてます。

沙羅双樹も紅葉をはじめ、赤くなっていて美しいです。
来夏はいっぱい花開くといいなぁ。

とかいいつつ、今年はひとつも花開くことがなかった
琉球朝顔はいまだにアオアオと茂ってるし、ヒョロヒョロと蔓を伸ばして元気です。
玄関脇に、アイビーとかツタの変わりの観葉植物と化してますね。
枯れる気配0。
このまま三階のものおき兼サンルームみたいな所に置いておくつもりです。

しかし、この寒さはなんなんだろう、と。

季節もまだ十分に紅葉する前にこの寒さで、どーなることか。
いちはやく紅茶にショウガのエキスを抽出したのを混ぜて飲んだりしています。

それで昨日、イースト・プレスのMさんと打ち合わせだったんですが
新刊の方向性がきまってきました。

以前出版した「あたらしい源氏物語の教科書」、地味ですが着々と
売れてるらしくて有りがたいとおもいました。
今でも時々、タイトルで検索してこのブログに来て下さる方がおられますよね。
by horiehiroki | 2013-11-14 10:14 | 日々


前記事に人気が集まってるので、時間を見つけて記事をかきました。

森先生のブログで、先日から新シリーズ「憂いの佐倉君」がはじまっております。


余談ですが、ぐそぐそとした情念の話がぼくは好きです


くわしくはウチの前記事と森先生のブログで。

で、今回はその続きと+αのお話をしようかと

森先生の漫画でも出てきてますが、佐倉君に対してだけでなく
家光と家綱はセイジの方針がまったく逆でした。家光と家綱は方針がまったく逆。

家綱はよくもわるくも官僚機構の長!みたいな感じ。
自分自身がリーダーシップを取るというより、家臣の決定を尊重し、みたいな傾向がやや強め。

でも先代の家光はよくもわるくも親分肌で、すきなヤツにはすきなことをやらせる、的なドンブリ勘定だったんですな。人生が。

あとね、家光(三代)と家綱(四代)の将軍交代劇の影に、
尾張君こと尾張藩の中の人・徳川義直との軋轢もちらほらみられまして。


ほら、江戸君の中の人(将軍)って、実子があれば基本的にその子が継いでいくんだけど、尾張君の中の人、もしくは紀州君の中の人も、家康さんの実子の家柄なわけで、いくら将軍=上様でも、適任者ではない!!!って判断されちゃうと地位がやばくね?! みたいなことになっちゃったんです。
まだいろいろと固定されてない、江戸幕府初期特有のあやうさ。

徳川家光(将軍) 1604年8月12日うまれ ーーーー 1651年6月8日死亡

徳川義直(尾張藩主)1601年1月2日うまれ ーーーーー 1650年6月5日死亡

ね、しかも、ほぼ同世代なんですわ。


家光は家康の孫です。家綱は家光の側室がうんだ子。

ところが、義直は家康の直の子、なんですね。

だから義直は自分より、甥のほうが偉くなっててイライラしてた。
さらにある種の(佐倉君とか)寵臣に寵愛をそそぐ家光の方針に、イライラしてる家臣も多々いたわけですよ。

(だから、漫画にあるとおり、四代将軍・家綱はそのガス抜きを行ってる。
中の人がかわって、もじどおり人が変わったような江戸さんに佐倉君は、はじきとばされる。)


三代将軍・家光なんですけど、しょっちゅう重病で倒れました。乳母。春日局をヤキモキさせたというアレです。

中でも1634年のこと。江戸君の中の人・家光さんが重病!っていうときに、
なんと尾張君の中の人・義直は、江戸城からも至近距離にあった、尾張藩の上屋敷に大軍を率いて名古屋から上京なさったと。

尾張藩上屋敷=現在の市ヶ谷あたりです。


歴史用語なんですが、上屋敷=表のカオは各藩の迎賓館みたいなもの。一方で、多数の藩士を収容できるシェルターでもありいざとなったときは要塞代わりでした。とくに重要とされる藩の上屋敷ほど、江戸城の周辺に固められていたんですね。


もともと江戸城を守るための要塞(その名の通り、カナメのスポット)として作られたのが、現在市ヶ谷の自衛隊駐屯地とかあのあたりの土地だったんですが、そこを大軍の、しかも反乱軍にセンキョされたら、もう江戸城は終わりです(尾張名古屋だけにw

幕府だけでなく、江戸全体が騒然として、尾張様が御謀反かっっっ?!?!
みたいな凄い雰囲気が漂ったんですけど、義直は
「その気はなかった お見舞いお見舞い  あれっ、びびっちゃたあ (ゝ。∂)~☆」
などとヌラヌラ交わした。

義直は家康公の子どもで、とにかくえらい人だから、周りの人間はきつくは言えない。

お見舞いってw

ンなわけないよねw

たぶん色々と”整わなかった”だけ、なんだと思う。
いつでもこういうことやってあげるから。
覚悟してなさい?
みたいな意思表示にせよ、
ただのイヤがらせにせよ、ね。
KYな行動でござった。



しかし、この後、当然ながら、江戸君は尾張君を警戒するようになり、その地位はじょじょに落ちていった、と。
「おまえのクビなんかかんたんに飛ぶんだぞ」と言いたかっただけ、ってもそのKYな行動がきっかけで、尾張君はよけいにイライラさせられるハメになっていくんでした。

それがもう一度爆発するのが、六代将軍・家宣が亡くなり、さらにすぐにその子・七代将軍・家継が亡くなるという将軍交代劇が頻発した時代のことであります。また機会あればお話しましょう


で、





そういうこういうで最近、宣伝わすれてましたが、県民性の源流、藩民性について
かかせてもらいました「藩擬人化まんが 葵学園」(集英社)もご購入、よろしくですわー。
マジでマジで。


by horiehiroki | 2013-11-12 20:39 | 作品紹介