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官兵衛さんは北京原人みたいになってしまってるのでレビューはおやすみです。

ってのはたぶん冗談で、

ダウントン・アビー(2)…第三話について_e0253932_21112936.jpg


ちょっと奥さんこれみてよ。
図書館で借りてきたクラシック音楽事典なんだけど・・・

モンテヴェルディの言葉なのに、その言葉の下の楽譜はしれっとモーツァルトだよ・・・

こういうのには、校正さんってつっこんでくれないんだね(w


で、ようやく本題。ダウントン・アビー。レビューは二回目ですが、第三話「欲望の代償」についてです。

メアリお嬢様が
初体験で男の腹上死を経験するというね。
よりすぐりのサゲ女っぷりバリバリで笑いましたw
まあ、あれはただの腹上死ではなさそうな気がしますが。


ダウントン・アビー(2)…第三話について_e0253932_21191051.jpg


寿退社希望しすぎのトーマス(ほも)と
メアリお嬢様って自分に自信たつぷり、
奔放なフリをしてるっていう意味で同類かとおもいますが、
いずれにせよ、選ばれない女の典型だなぁ、と。

メアリお嬢様は(使用人がアイロンかけてインク乾かしてる)新聞もロクに読んでないあたり、
そろそろ「花がなくなる(By バア様)」ってことにあせってて
前のめりな感じがいたします。

でもイザとなると気持ちが動転するらしい。

メアリお嬢様が寝室で寝る前のひとときをすごしてると
トルコ人がガウン姿で忍び込んできたんですけども、
その時、「わたしは!みかけほど!奔放でもなんでもないの!
はじめてなのよ~~~」とかいってましたが、やっぱり眉毛がクッキリ立派だったですね。

たぶん、奔放に生きるには弱すぎるし、フツーの淑女として生きるには我が強すぎるんだろう、と。
その象徴がアノ眉毛ですわ。

トルコの外交官なんかに手をだしても
どうしようもないわけですが、やはり恋の本質は情熱で
それが感じられない子爵はスルーになる・・・ってのは
当然のことですわな。

恋の情熱すらない相手(「花子とアン」におけるパルプテーションの有無)
とは続きませんもの。

ちなみにダウントン・アビーは
メアリお嬢様(眉毛)
トーマス(ほも)
オブライエンさん(オバサン)
くらいしかわたしも名前を覚えられてないですが、
「バア様」「アメリカ人」「もてない二女」「お父さん」とかコードネームで記憶すれば
なんとかなります。





by horiehiroki | 2014-05-29 21:20 | テレビ

ダウントン・アビー

ダウントン・アビー、先週の第一回からみていますが、面白いですよ!


第一話あらすじ

1912年。「ダウントン・アビー」当主のグランサム伯爵、ロバートに豪華客船タイタニック号沈没の知らせが入る。船には爵位と財産の継承者であるいとこと、その一人息子が乗っていたのだ。ロバートには3人の娘がいたが、女性には継承権がなく、悲報とともに相続人不在の事態に。次の継承権者は、面識もない中流階級の青年だった。一方、脚が悪いベイツが新しい従者として雇われる。その座を狙っていたトーマスは…。


グランサム伯家の継承問題なんですが、財産はともかく、貴族の爵位を女性がつぐことはできません。
ところがグランサム伯家には男の子がおらず、三人の娘がいるだけです(リア王みたい)。
また長女が性格わるいんですよね。でも「選ばれない女」ではある。

そして!
こういう迫力のあるババ…失礼、大奥様が登場でございますw

ダウントン・アビー_e0253932_345496.jpg


内容はほんと、何処の御家でも色々と見聞きするようなことが多い継承問題のこじれなんですけども、スケールがデカイんですよ。

現当主で伯爵のロバートは、三人の娘の誰か(というか、実際は長女と婚約していた)と、ロバートの従兄弟の一人息子が結婚することで、なんとかやりくりをしようと考えていたのですね。
が、タイタニック沈没によってこの二人の命が絶たれてしまった今、もっとも正統な手段は遠い血縁の「中流階級の青年」を探しだし、彼に継承権を与えること、くらいしか正統な問題の解決手段は残されていないんです。正義をおもんじる当主の伯爵はそうしようと決意しています。

ところが、血がつながっている程度で、今はなんの縁もゆかりもない状態の「中流階級の青年」にすべてもっていかれることを危惧する人々が伯爵家にもいました。
かつては没落一歩手前にあった伯爵家をその莫大な持参金で救った、伯爵の妻、そして伯爵の母親の勢力です。
とくに妻にとっては血をわけた娘の誰もが継承とは無関係の蚊帳の外に放りだされるのは、大変屈辱的でショックな気分でしょう。
そもそも、その継承財産から、彼女がもってきた持参金を取り除けないのか…と思うものですが、彼女は英国貴族の出身ではなく、おそらくはアメリカの成金の出である・・・ということがドラマが進むにつれて見えてきたんですね。
だからこそ、名門貴族である現当主・ロバートの父親は、相当強気な態度で、この金持ち「なだけ」の娘とその実家に強気でいどめた。だから、妻の持参金を伯爵家の固有の資産と分割するようなことはもはや出来なくなっている、というリアルな設定は実に興味深いものでした。


これらの「雲の上の住人」に加え、使用人たちのドロドロした人間関係もみものです。

しれっと「モーリス」とか「アナザーカントリー」ばりにホモ♥な要素が紛れ込んでたり(w、わりと彼らも頑張ってます。

ダウントン・アビー_e0253932_373764.jpg


そーそーこの人。
がんばってるんだけど、ほんと最後の最後で実はイイ人であるぶぶんが出ちゃうというか、
イマイチ、つめが甘すぎる彼…。

精神的には、今の日本でいう「こじらせ女子」ってやつですわ。


ちなみに銀器で紅茶をいれても、味には影響ないってこの前勉強しました・・・
手入れの楽さからも、値段からも、そして科学的に見て、丸形の陶器がいちばん上手く紅茶を入れられるそうでございます。


・・・ということで、昨日の放送が第二話でしたから、まだ間に合います。
うちのブログの読者さんにはもってこいの内容かと思われますが、来週から見てみません?w


by horiehiroki | 2014-05-19 12:48 | テレビ

仕事のメールの都合で、
義昭さんの蹴鞠シーンが見られなかった・・・汗
ま、仕方ありませんな。

kADOKAWAから
「乙女の日本史」が文庫化されるということで
書き下ろしコラム多数ふくむ内容の編集作業に
おわれております・・・。
7月の発売にむけて、正念場です。

あと他にも色々とご報告できるニュースがあるのでよろしくお願いいたします。

最近、自分がいそがしい理由のひとつですw

それで……官兵衛さんですが、最近、大変なことになっとりますがな。
官兵衛さんもそうですけど、周囲も大変そう。

江口洋介えんじるノブ様のメイクが
青黒くて
わりと心配な感じです(w

今回、官兵衛さんは牢屋のお引っ越しをしてましたけど。

秀吉の手紙に「城の中にいる」という記述がありまして。
荒木さんの台詞にも「城から外にだせー!」みたいなことが
あったように記憶してますが、色々考えて創ってるんだねぇ、大河って。
そして、今回から美術さん渾身の土牢に移動させられたわけですよ。

ムカデだの鼠だの色々いるわりには、教会の近くで歌声がきこえてくるという
深淵(w


ちなみに来週、信長さんが殺せと命じた
官兵衛の子どもを半兵衛(・・・ややこしい・・・)が身柄確保していたという話、
あれはいわゆる歴史的な資料にも見られるけど
創作らしいです。





by horiehiroki | 2014-05-19 03:04 | 大河ドラマ

ティナ・シーリグさんの「20歳の時に知っておきたかったこと」という本を読んでいます。
(参考:http://www.slideshare.net/tkanaya/ss-8481661)
かなりベストセラーになった本みたいですね。
「創造性」の重要性について説いた本です。
でも、昨今のマスコミの不調はまさにその「創造性」を失ってしまった結果だと思うんですよね。

そしてこの本を読みながら、ムクムクとアタマの中を想念が膨らみ、色んな記憶が飛び交うわけです。

大昔の話です。
今はどうかしりませんが、90年代の中盤以降、小論文なる科目が入試にさかんに導入されていた時期がありました。

その多くは短い文章を読ませられ、
「◎◎についてどう思うか、述べよ」
という問題文があって、XXXX文字内で論旨をまとめるのです。

たぶん、普通の試験問題では計れない「創造性」を見るため、とかなんとかいってましたが、この小論文自体が、もっとも「創造性」とはかけ離れた科目だったんだなぁと思えてならないのです。
たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチが残した膨大な研究ノートの中で、アートと科学が融合している様についてえんえんと述べた論文の一部をあなたが読ませられたとしましょうか。
ちなみに論文を自分で選ぶことはほぼ、できないのです。


あなたはそれを読んで、ダ・ヴィンチよりもミケランジェロのほうに、科学的な見地がむしろあるように思うと感じました、とします
ダ・ヴィンチは教会のルールではタブーとされてきた人体の解剖を行い、その中で肛門あたりの筋肉のカタチが、どうにもお花のように見えて仕方ない……なんて妄想力たくましい人でしたが、ミケランジェロはとにかく筋肉の構造自体が好きで好きでたまらなく好きな人でした。
だから、女性を描く時ですら、筋肉の位置や動きを「科学的」に表現するため、男性モデルを使用したんですね。ミケランジェロの科学的見地もある種の妄想力に支えられていることは事実でしょうが・・・・・・・・みたいなことをあなたは思いつき、「小論文」で書いていったとします。
ボクなら書いてしまいそうですが、そうすると、0点にちかい点数がつけられましたw
いや、大学入試では点数ついたかもしれませんが、すくなくとも模試などの時点では。

「テーマずれ」っていわれるんですね。「テーマずれ」はぜったいのタブーであり、不合格を意味する、恐ろしい評価でした。

つまり、その論文が「レオナルド・ダ・ヴィンチが残した膨大な研究ノートの中で、アートと科学が融合している様」だとしたら、そこだけ、それだけを「XXXX文字以内」であれば、所定の文字数の9割以上を費やして、永遠に語り続けなければならない。

つまりそれのどこに「創造性」があったのかな・・・と思えてならないんですよねー。
結局、どんな課題を与えられても、一瞬の乱れもなく、相手の言うことにだけ、できるだけ早く、的確に反応する、パソコンみたいなタイプの受け答えができるように、徹底して嗜好を躾け(しつけ)られる経験、それが小論文でした。

ティナ先生も番組でよくいっていましたが、旧来の教育は価値を作ることではなく、価値の再生産が重視されすぎている。
前提こそが命であり、それを覆すことは0点とする思考回路を植え付ける。小論文の試験とはまさにソレ…悪い言葉でいえば思考の去勢行為だったとおもうのです。

一方で、最近、企業家になることを目指す(各分野で研究をつづけている)学生たちに発想力をやしなってもらう様をフィーチャーした「スタンフォード大学 白熱教室」という番組があったことを思い出し、その主催者であるティナ・シーリグさんという女性のクチから何度も「クリエイティヴィティ(創造)」という言葉が零れるたびに、ニホンの入試の小論文にぼくが感じていた違和感をヒシヒシとなぜか、思い出していたんですよ。

ティナ先生は「課題」として、「5ドルを元手に、◎時間でできるだけたくさん稼いでください。しかし5ドルを封筒から出すと30分以内に使いきらねばなりません」として、学生のグループの発想力を問います。

ここで、小論文的教育を受けてしまったわたしは「5ドルを使う」という前提を死守することしかできませんでしたw
正解はいくつでもあるでしょうが、もっとも稼げたグループは前提として与えられた、5ドルには手を付けず(小論文的にいう「テーマずれ」ですけどね!)、無料で出来る何かを考える……ということに踏み出しました。
ティナ先生曰く、前提は「提案にすぎない」といいます。
たしかに入試なんてハコの外ではまさにそうなるはず。
なのにいつの間にか出来ない人間になってしまってるんですってば。

たとえば、週末になると異常に混む、でも予約できない人気レストランに行列し、人当たりのよい女性が列に並ぼうか悩んでいるカップルに「わたしたちがかわりに並びましょう」ともちかけ、その代価を受け取る・・・・・・というシステムで何百ドルも稼いだそうな。

要するに小論文に代表される教育で育てられるのは、他人の価値観を受け継ぐ時にだけ有効な思考回路なんですね。
一方で企業家だけでなく、クリエイターという人は価値をつくらねばならない。

クリエイティヴィティとは「ある種の誤解から生まれる」とすらいう人がいましたが、よりよいクリエィティヴィティとは、どれだけ「テーマずれ」できるか・・・ということにあるんだろうな、と思えてならないのですわ。
だからどんな教育を受けてきたか、とはどんな種類の足かせを発想力にあてはめるのが上手かったか・・・ということですらあるのです。

ほんと色々考えさせられますね





by horiehiroki | 2014-05-11 01:36 | 読書

スチール写真ではスターの”大きさ”って計れないなぁって、痛感しましたー。
動いた時、さらには舞台に立った時の迫力が凄いんですよ。
NHKスペシャル"宝塚トップ伝説~熱狂の100年~見てて、ビックリしました。
途中(我が家で)、キスシーンは女同士(タカラヅカ)のほうが
男同士(歌舞伎など)より、ずっとリアルだという話になりました。

実際にキス(など)はしてないのに、してるように見せるというのはどちらも
様式美の世界なんだけど、歌舞伎は「してないですよ」「それは、ほれ、様式美の世界ですから」というのを全面/前面に出して、あるいみで逃げてはいる。キレイにまとめすぎている。

(というか口づけ的なシーンって、近松モノ以外にあったりしただろうか、というくらい、印象が淡い。自分がよく歌舞伎を見にいってたころ、ある演目の場の転換シーン、ブラックアウトしながら福助演じる女郎かなにかが、橋之助演じる恋人に呼びかける声の色っぽさ・艶っぽさが、やたらと突出してたのをいまだに覚えてるくらい)

しかし、タカラヅカは「してないですよ」という前提を死守する一方で、
果敢に攻め込んでいる。

10年に一人の逸材とされるの柚季礼音さんが「眠らない男 ナポレオン」という舞台で、ナポレオンを演じておられるのですが、この公演にはなんどもなんどもキスシーンがあります。
柚季礼音さんは、その度にすごい工夫をしてるわけです。演出家のように相手役の女性に演技を(リクエストというカタチで)つけていく。スターは劇空間すべてを支配しているんだなぁと思わせられる。舞台は「スターの世界」なんですね。

何人もスターが今回登場しましたが、とくに柚季さんの演技力や歌唱力には目を見張らせられました。

NHKスペシャル\"宝塚トップ伝説~熱狂の100年~_e0253932_6384621.jpg


これは青年時代(下級貴族出身の仕官時代)のナポレオンだけど、ほんとにイメージをつかんでいる。


他のスターさんだったかな。とにかくある方がいってたけど、
役者の何をお客様が見たいと思っているか。

それが一番大事とする価値観は男同士の舞台の世界でも絶対にあるはずですが、
歌舞伎のさらっとした表現は、お客が舞台に何を求めているのか、その違いかもしれない。
いや、現代歌舞伎での「濡れ場」は(基本的に)行為自体の表現というより、愛の空気を描くことに「たっぷり」と努力してる傾向があるような気がします。

(そもそも濡れ場って歌舞伎から生まれた言葉ですよね)

…とはいえ、歌舞伎は(一部の)役者が売色に加担してきたタイプの演劇であります。
だからこそ、いや、とくに現在のエスタブリッシュメント化した歌舞伎では、キスシーン一つにせよ色恋の表現に慎重であるべきと考えるのかもしれませんな。

いやらしい歌舞伎って、現代では実現が難しい気がしますが。


NHKスペシャル\"宝塚トップ伝説~熱狂の100年~_e0253932_6512746.jpg


※海老蔵と福助の「桜姫~」の有名な「濡れ場」。



そして、現役時代はおろか、舞台を下りた後も、タカラヅカのスターたちは、「スター」という生き物なんだなぁ・・・ということも実感しました。


それにしても!
今日は地震があったせいか、体調悪いですわー。
ま、がんばって大河のレビューかいておこうっと。

by horiehiroki | 2014-05-05 22:49 | テレビ

田渕句美子さんの
「異端の皇女と女房歌人」 式子内親王たちの新古今集
という本を読んでおります。

式子内親王といえば、百人一首にも入った
「玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば 忍ぶることの弱りもぞする」
の歌の読み手として非常に有名ではありますが、
実生活があまりにも見えてこない、ナゾの女性でもありました。
そういうナゾが彼女の魅力の秘密でもあり、
自分も漫画「うたもゑ」なんかの中で、悲恋の皇女としての
キャラ造形を試みたりもしました。

「異端の皇女と女房歌人」 式子内親王たちの新古今集_e0253932_4593519.jpg

↑「光琳かるた」の式子内親王のふだ

しかし、本書は歌の解釈と彼女の人生をむやみに合体させるでもなく、
式子という「異端の皇女」のどこが「異端」=「ユニーク」かを説いています。
身分の高さをものともせず、自分の親しい人(身分的には臣下であっても)に見舞の歌や手紙を送ったり、記念のアルバムに相当する絵巻物などを作って贈ったりする式子さんの在り方は、非常にフランクな人、常識を気にするような人ではなかったのかもしれない……と思われてならないです。
その一方で、甥にあたる後鳥羽院(後鳥羽天皇の父・高倉天皇は、式子内親王の弟)が、式子を慕い、式子の暮らす御所で蹴鞠の会(日々、静かにくらしている式子の暮らしを、一瞬でも華やかに、にぎやかにしてあげようと思ったようですね)の時の様子を見ていると、だいたいどこの家でも浮気な女房が御簾のハジ近くで、どんな公達が鞠を蹴っておられるのかしら?!とソワソワしている姿が見られるのに、式子の御屋敷では女主人である式子をはじめ、ほかの女房たちも誰もそんな行いはしなかった…という記録が「源家永日記」という史料にあるそうです。
もっとも、この「源家永日記」、物語風の記述を採用している部分があって、似たような文体、内容で、ほかの内親王の屋敷の催しを書いていたりもするんで、どこらへんまでが真実かは不明だそうですが。

歌の「読み方」&「詠み方」も、当時の貴人は基本的に公の場に出す歌は、「お題」にそった「題詠」をするため、そこに本人の心情がどの程度反映されてるかは不明・・・というようなことがいわれたりします。
「忍る恋」というお題で詠まれた、あの有名な「玉の緒よ絶えなば絶えね」…の歌だけど、基本的に「忍る恋」というお題自体が、とくに恋の初期における、苦悩する男性の気持ちを読むべきテーマだった…という指摘を踏まえ、本当は恋いこがれる式子の姿ではなく、「源氏物語」で女三宮に絶望的な恋をして死んでいく柏木の姿などを想像すべき…という指摘は、非常に面白かったです。

たしかに女流歌人の詠んだ歌はなぜか、自身の体験として受け取られやすい傾向についても指摘がありますが、その通りですね……

ただし、その一方で、やはり自分が着ない服、着こなせないセンスのモードを漫画家が上手く描けないように、歌人も自分の感情のイロのパレットの中でしか、言葉を選べない、その言葉では描けないのだと思われてなりません。

それにしても最晩年の式子が、藤原定家の娘・因子に贈ったという絵巻物。四季にちなんだ歌や文学作品からの書き抜きに絵を添えたものだったらしいのですが、彼女自身が筆を取っていたかもしれないそうですね。

どんな絵を描いていたんでしょうか。見てみたかったなぁ。


by horiehiroki | 2014-05-05 01:49 | 読書